第104話 爪痕
レンは祖父ハワードと共にスペリオル公爵領を視察していた。
領都の人通りはかなり少ない。
代々手堅く運営され、地味ではあるが帝国内でもかなり発展していた領都。
それが見る影もないほどに衰退しているのが一目でわかるほどである。
閉店している商店がかなりあった。
「メイン通りなのに多くの店が閉店してますね」
「馬鹿どもがとんでもないほど高額の税を課したため、どんどん領民が逃げ出したのだ」
「とんでもないほどとは、いったいどれほど」
「税率9割もの高額税を課していたのだ」
「えっ!それはいくらなんでも無茶でしょ」
「当然だ。城での一件の後、すぐさまスペリオル領に入り調べていたら分かったのだ。分かった時点ですぐさま大幅に引き下げ本来の姿に戻したが、既に手遅れで多くの領民が逃げ出した後であった。領都はまだマシだ。農村などは村丸ごと人々がいなくなったところさえある」
「もしかして逃げ出した領民たちは・・」
「ほとんどがウィンダー領に逃げ出している」
重税のスペリオル領から逃げ出した領民の多くは、レンの治めるウィンダー領に逃げ出していた。
何もない領地に次々と特産品を生み出し、短期間で帝国一豊かと称されるほどの大発展をしている。
元々はスペリオル公爵の正統な跡取りでありながら、公爵との不仲からスペリオル前公爵や皇帝陛下の後押しを受け、ウィンダー侯爵として独立していることも後押しとなっていた。
ウィンダー領に入ってしまえば、スペリオル公爵と言えども手出しできないことも大きかった。
多くの人々が流入してくればスラムが生まれ治安が悪化するものだが、ウィンダー領はスラムができず治安が悪化しなかった。
多くの人々の流入が更なる発展の後押しとなって、それが更に多くの人々がスペリオル領都から逃げ出すことの後押しともなっている。
「申し訳ありません」
「レンが悪い訳では無い。それに今更戻れとも言えないだろう。言ったところでほとんどの人々は戻ることは無い。新しく手に入れた生活が良ければそちらを優先するのは当然だからだ」
「それはそうですが・・もしかしてスペリオル家を継ぐことも考えてくれと言われたのは」
「ウィンダー領にスペリオル領を吸収合併させ、スペリオル領の領都をウィンダー領の地方都市扱いとすることが現実的だろうと考えている。その上でレンがスペリオル公爵を継げば問題無い。実はレンのスペリオル公爵の継承権はまだ生きている」
「流石にそれは」
「ここまで寂れてしまえば簡単には戻らん。領民からすれば、行政力があり、ウィンダー領を発展させた実績もあり、公爵家正統継承者一位のレンに継いでもらった方が納得するだろう。領都を崩壊させたエレンの血を引くあの二人では、陛下も領民も納得しないだろう」
寂れ果てた街並みを見るハワードの寂しそうな表情。
レンは心が締め付けられる思いであった。
「お爺さま。分かりました。継承と合併の件は承知しました。詳細は事務方に詰めさせます」
「面倒をかけてすまんな」
「そんな事はありません。少しでもお爺さまのお役に立てれば嬉しいです」
二人はこのまま馬車に乗り郊外にある農村を視察に向かった。
半日ほど進むと荒廃した農村が見えてくる。
農村の手前で馬車を降りた。
農村を囲うように設置されていた柵は朽ちて壊れかけている。
壊れ開いたままの門から村に入った。
人の気配はしない。
「この村は、もはや誰も住んでいない」
「無人なのですね」
「村人達が村を放棄。ウィンダー領に移住した」
レンは戸が開いたままの建物を覗く。
中は何も置いていない。
完全に空である。
「建物の中も空っぽですね」
「当然、逃げ出す時に全て持って行っただろうからな。このまま無人のままではまずいことになりかねん。特に、盗賊団や魔物が棲みついたら問題だ。それを防ぐために無人となった村は、公爵家の管理地とすることで定期的に騎士団に巡回をさせている」
「盗賊団か魔物ですか、あり得ますね」
「このような無人となった村はいくつもある」
「お爺さま、ここは公爵家の管理地となっているのですね」
「そうだ。無人となった農村は全て公爵家の管理地となっている」
領民の住んでいない公爵家管理地であれば、レンはやり方次第では面白いことができるかもしれないと考えていた。
畑も含めて丸ごと丈夫な壁で囲い。
その中で新種の農産物などの育成する。
もしくは錬金術の工房を置いて、研究開発の特別区のようにしてしまうこともいいのかもしれない。
考え込むレンをハワード達は静かに待っていた。
「お爺さま。このような公爵家管理地がいくつもあると聞きましたが、いくつか扱いは任せてもらえますか」
「それは構わん。何か考えついたのか」
「いくつか試してみたいことがあります」
「試したいことか、良かろう。結果が出たら教えてくれ」
「分かりました。きっといい結果になると思いますよ。あっ、そうだ。建物は全て壊してしまってもいいのですか」
「村丸ごと放棄され、公爵家の管理地となった時点で所有権は公爵家にある。自由にしてもらって構わん」
「承知しました。おそらく全て取り壊すと思います」
「分かった」
一行は、領都へと戻って行った。
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