第102話 撃退

帝都の夜。

帝都にあるレン・ウィンダー侯爵邸に忍び込むふたつの影。


「へぇ〜、こいつは凄いや。これだけの数の魔法陣の罠を仕掛けているなんて、ちょっとお目にかかれないね」


嫉妬のテッドは、レン・ウィンダーの帝都の邸における防犯体制に驚いていた。


「クソ・・面倒なことだ」


暴食のデクスターはうんざりしたように呟いていた。


「数多くの盗賊団達を捕獲して葬ってきたそうだから、気をつけないとね」


魔法陣の上をゆっくりと進むが、なぜが魔法陣は無反応であった。

多くの盗賊や侵入者に例外なく反応して、攻撃・捕獲を行なってきた魔法陣の罠が反応していなかった。

二人は魔法陣の上を何事もないかのようにゆっくりと移動していく。

魔法陣に素早く干渉して魔法陣の回路を無反応状態にして、侵入者に反応させないようにしていた。


「しかし、よくこれだけの魔法陣を用意できたもんだ。一つでも反応したら次々に連鎖的に反応してしまうぞ」

「でも僕らには問題ないでしょ。あっ・脳筋のデクスターには無理かな」

「てめえ何抜かしてんだよ。ここで葬ってやろうか。俺様がこれしきの罠で困るとでも思ってんのか」

「デクスターなら、うっかり魔法陣を起動させてしまいそうだからだよ」

「本当に死にたいらしいな。一度、試しに死んでみるか」

「お試しで死ぬわけにはいかないでしょ・・・あれ・・」

「どうした」

「本当に魔法陣を起動させたんじゃないの」

「貴様は・・」

「お出迎えがいるよ」


嫉妬のテッドが指差した先には、レン・ウィンダー本人が立っていた。


「遠路ようこそ。魔法陣を反応させず侵入してくるとは、流石は暗黒魔導士を自称するだけはあるのかな」

「おかしいな。魔法陣は起動させてないのになぜ気がついたのかな。それと自称のつもりはないけどね」


レンの屋敷には数多くの精霊達がいる。

土の精霊、草木の精霊、水の精霊。

精霊を見ることが出来きたり契約できるものは限られており、暗黒魔導士を名乗る二人は精霊の存在を感じることができなかった。

精霊達は、侵入者を発見したため、すぐにレンに知らせていたからであった。


「フフフフ・・・手の内を教えるわけないでしょ。大人しく捕縛されてくれませんか。今なら3食付きの牢屋にご招待しますよ」

「ウ〜ン。流石にそれは辞退しておくよ。しかしおかしいな、なんでバレたんだろう・・今回は無かったことにして、後日再度訪問でどうかな」

「面白いこと言いますね。そんなことが通るとでも」

「だよね〜」


侵入がバレて危機的状況にも関わらず、嫉妬のテッドは気楽な態度のままであった。


「ずいぶん余裕がありますね。逃げ切れる自信があるということですか。逃すつもりは無いですけど」

「てめえらさっきから、うるせえんだよ。ぶちのめせばいいだけだろ。ぶちのめせば、喰らえ暴食の海」


暴食のデクスターから放たれた漆黒の巨大な影がレンに襲いかかる。


「神級魔法・・聖なる壁」

レンが小声で呟くと、レンの前に光り輝く壁が現れた。


「そんな壁で防げると思っているのか、あらゆるものを飲み込む闇を防ぐことはできんぞ。そんな壁如き食い破ってやるぜ」


デクスターの言葉とは裏腹に、その巨大な影は光の壁に阻まれ前に進むことができないでいた。

驚きの声をあげるデクスター。


「なんだと、暴食の海を防いでいるだと」

「へぇ〜、やるじゃん。暴食の海を防ぐなんて、どんな仕組みなんだろう。想像もつかないよ。教えてよ、どうして防げてるの」

「そんなこと話す訳ないでしょ」

「え〜、いいじゃん。魔法界の発展のために教えてよ」

「何が魔法界の発展ですか、悪用するのがオチでしょ」

「テッド。テメエ敵と仲良くくっちゃべってんじゃねえ。手伝え、馬鹿野郎」

「え〜!大事な話をしてるんだよ。デクスターはもう少し一人で頑張ってよ」

「手伝えと言ってんだよ」

「暴食の海が通じないなら逃げるしかないだろう。さっさと逃げるよ」

「何寝ぼけたことを言いやがって、ここまできて逃げるなんてできるか。まだ奥の手がある」

「ゲッ・・好きにしてくれ、僕は先に帰るよ。巻き添えはごめんだからね」

「逃げられると思っているのですか」

「ハハハ・・・僕を捕まえるなんて無理無理。僕は最初からここに居ないからね」

嫉妬のテッドの体がどんどん透明になっていく。

「バイロン・ファーレンと同じ幻惑魔法か」

「ここにいる僕は幻。本体は遠くにいる。バイロンの幻惑魔法は僕が手解きしてあげたのさ。バイロンに教えたのは、幻を敵に追わせて、本人は姿を変えて普通に目的地に行く。ただそれだけの魔法なんだが、理解できない連中は、高速移動のスキルと勘違いしていたみたいだけど」

「なるほど、あんたがあの魔法の師匠ということか。古文書を見て覚えたと言っていたが、まず嘘だと思っていた。ならば誰から、あれほど本物そっくりの幻を作り出す魔法を教わったのか謎だったんだが、その完成度を見れば納得だ」

「師匠が誰だろうが関係ない。要は本人のセンスと努力。それだけさ。バイロンは適性があったということ」


嫉妬のテッドの姿はどんどん薄くなり、やがてを消した。

同時にデクスターから強大な魔力が湧き上がってくる。上空にいくつもの漆黒の球体が現れ、次々にレンに向かって放たれる。

光の壁に次々に当たり大爆発を起こすが光の壁は壊れること無く姿を保っていた。


「チッ・・子供の形をした俺たち以上の化け物かよ」

「化け物は酷いですよ。無駄なことが分かりましたか」

「コイツはどうだ」


一際巨大な漆黒の球体が光の壁に撃ち込まれ再び爆発が起きた。

爆発が収まるとすでにデクスターの姿は無かった。


「逃げましたか、逃げ足は早いようですね」


デクスターのいた場所に魔石がひとつ落ちていた。

そこに水の大精霊ウィンがやってきた。

『その魔石は、入れ替わりの魔法を刻んだものみたいだな』

「へぇ〜、入れ替わりね。使い手がまだいたんだね」


あらかじめ決めておいたものに魔法陣を刻み、それぞれ離れたところで魔力を流すと入れ替わることができる一種の魔道具。

古代には多く使われた魔道具であったが、扱いの難しさから使い手がいなくなっていたものだった。

暗黒魔導士を名乗る者達の知識と技術に少し感心するレンであった。

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