第100話 幻惑
帝国の北西に位置するセレン公国へ向かう街道。
帝都からセレン公国へ向かう街道であることから、いつもなら多くの行商人や領民が行き交う街道であり、100年以上戦乱の無い場所であることから、のんびりとした空気が漂う街道なのだが、今は行き交う人も無く剣呑とした空気に包まれているかのようであった。
そんな街道を帝国騎士団の騎馬隊が必死の形相で馬を走らせていた。
「クソッ、まだ見えて来ないのか」
「もしかして、既にセレン公国へ入ってしまったのでは無いでしょうか」
「流石にこの短時間では無理だろう」
「ですが、ならばとっくに馬車に追いついて良いはず」
「騎馬隊が馬車に追いつけないとは一体・・」
騎馬隊は疑問を胸に必死に馬を走らせる。
「隊長、前方にそれらしき馬車がおります」
「いたぞ。あの馬車につけられた紋章は、ファーレン子爵のものだ。あの馬車の進路を抑え馬車を止めろ」
黒塗りの馬車を追いかける帝国騎士団。
帝国騎士団は、城での魔物召喚事件の直後に帝都にあるファーレン子爵家の屋敷を捜索。
しかし、屋敷には小間使い程度の使用人しか残っておらず、ファーレン家のものは誰一人いなかった。
使用人達に問いただしても、領地に向かったと聞いていると答えるのみで、実際には領地に向かった形跡が無く、どこに向かったのかのか不明。
そんな時、帝国の情報部から帝国北部の北の森と帝国北西に位置するセレン公国へ、それぞれ黒塗りの馬車が1台向かったとの情報が入った。
北へ逃げた馬車は近衛騎士団、北西へ逃げた馬車は帝国騎士団が受け持つことにして、それぞれ部隊の中から特に早い騎馬隊を選抜して追いかけたのである。
北西へ逃げた馬車を追いかけていた帝国騎士団は目的の馬車を発見。
さらに速度を上げて捕らえようとした。
しかし、馬に騎乗して追いかけている騎士団が、馬車に追いつけないでいる。
重く速度の出ないはずの馬車に追いつくどころか徐々に離されていく。
追いつけない状況に焦りの色が浮かぶ騎馬隊。
さらに馬車は、徐々に速度を上げ騎馬隊を引き離し始めている。
「馬鹿な・・なぜ、馬車に追いつけない。我らより馬車が早いはずが・・」
「隊長。離されていきます。どうします」
「仕方あるまい。魔法による攻撃を許可する。ただし、殺さぬ程度にせよ」
馬を操り逃げる馬車を追いかけている騎士団は、魔法師団では無い騎士団でも使える魔法の中で、操作しやすい魔法を選び放つ。
複数のファイヤーボールが馬車に襲いかかるがことごとくすり抜けてしまった。
街道沿いの草むらが燃え始め、所々では爆発が起きて土煙が上がっている。
「攻撃が馬車を通り抜けた?」
「そんな馬鹿な」
追いかける騎士団は自分たちが目にした光景に驚きながらも、再び魔法を放つが再び馬車をすり抜ける。
「クッ・・なぜ、攻撃が馬車をすり抜けるのだ」
「それより、重いはずの馬車に我々が追いつけない方がおかしいです」
「ファーレン子爵の馬車にどんなカラクリがあるのかわからんが、逃すわけにはいかん」
「しかし、どんどん離されていきます」
騎士団の操る馬は徐々に疲れが出てきて、走る速度が落ちていく。
馬車は変わらぬ速度で走り続け、やがて帝国騎士団の視界から消えた。
ーーーーー
帝国騎士団がファーレン子爵の馬車を見失った場所から帝都側に少し戻った場所。
白い口髭を蓄えた一人の老人が、ゆっくりとした速度で荷馬車を操り帝都を目指していた。
荷馬車は白い布の幌があるだけの簡素な馬車である。
荷馬車の進む先に、荷馬車の進路を塞ぐように一人の少年がいた。
レン・ウィンダーである。
「お爺さん、ちょっと良いですか」
老人は荷馬車を止める。
「坊や、なんだい。乗せて欲しいのかい」
「ちょっと人を探していまして、もしかして知っていないかと」
「誰を探しているのかな」
「そいつは、ものすごく嫌な奴なんですよ」
「ほぉ・・・嫌なやつ」
「ええ、小心者のくせに傲慢で猜疑心が強くて周りの人間を常に見下しているんですよ」
「・・そいつは困った奴だね」
老人は目を少し見開き少し困ったような表情をする。
「女性を見れば、常に盛りのついた犬みたいになる困った人物なんですよ。ちなみに名前はバイロンというゴミみたいな奴です」
「バイロンね。バイロン。お貴族様に知り合いはいないからわからんね」
「そうなんですか」
「分からんよ」
「つれないですね。義理の叔父じゃないですか、バイロン・ファーレン子爵。あっ・・今は爵位が無くなり、ただのバイロンになってましたね」
レンは老人をじっと見つめている。
「何の事か分からんよ。儂はただの・・」
「僕は最初、バイロンとしか言ってませんよ。なぜ、それだけで貴族と分かるのですか」
「・・・・・」
「北に向かっていたファーレン子爵一行は全員捕まりましたよ。今頃は帝都に連行されている頃です。観念したらどうですか」
老人の目から激しいまでの憎悪が溢れてくる。
「何を言っている」
「ちなみに、北に向かったファーレン子爵一行を捕まえたのは僕です。僕が捕らえて近衛騎士団に引き渡しました。その近衛騎士団が、もうすぐこちらにあなたの身柄を受け取りに来ますから、ここで大人しく捕まってもらえませんか」
「大人しく貴様も幻の馬車を追っていれば良いものを」
「僕の目は誤魔化せませんよ」
「貴様に私が捕まえられるとも思っているのか」
「どんな特殊な魔法でも、人の身で使える魔法には限度があります。限界のある魔法使いとそれを超えている魔法使い。どちらが勝つと思いますか」
「限界だと・・何を言っている」
「子供にも分かるように簡単に言いましょう。あなた程度の魔法では、僕に勝てないと言っているのですよ」
「貴様」
老人の姿が消え、そこには30歳後半に見える神経質そうな男がいた。
「姿を戻して大丈夫なんですか。その姿は秘密なんでしょ」
「貴様を葬って、別の姿になれば良いだけだ」
「幻影魔法!よくそんな魔法を習得できましたね。強力ですが他人から教えてもらえるような魔法では無いはず。確か教会から禁術指定されているはず」
「よく分かったな。古文書を紐解き自ら習得したのさ」
「やれやれ、兄妹揃って人を騙すことがお好きのようで、今までどれだけの人々をその魔法で騙してきたのですか」
「貴様もすぐにその仲間入りさせてやる。幻の世界の中で狂い死にするがいい」
「無理ですよ」
「死ね。
色とりどりの色彩の花が空中に乱舞し始めて、レンを包み込もうとする。
「神聖魔法。聖なる輝き」
レンの体が薄っすらと白い光に包まれ、その白い光にバイロンの幻惑世界の魔法が触れた瞬間、ガラスが割れるかのような音がして、空中の花が一瞬にして消えた。
「な・なんだと・・魔法が消えた」
「どんなに強力でも、所詮人の精神や心を縛り幻を見せるだけの魔法。ネタが分かっていればかかることは無い」
「そんな馬鹿な、分かるからと言ってこの魔法は防げるものでは無いぞ。貴様何をした」
バイロンの叫び声と同時にレンの鎖魔法でバイロンが縛り上げられる。
「手の内を教えるはずが無いでしょう。ああ、それとその鎖は縛りあげた相手の魔力を乱す力があるから、魔法は使えませんよ」
「貴様、離せ、無能の分際で」
「黙ってくれませんか」
鎖が大きさを変えて口を縛り上げていく。
「近衛騎士団の厳しい取り調べが待ってますよ。せいぜい頑張ってください」
しばらくすると帝都から近衛騎士団がレンのところに到着して、鎖で縛り上げられているバイロンを連行していった。
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