第99話 逃亡者

帝国の北に広がる森の中、ひたすら北へと向かう一行がいた。

魔物が跋扈する森の中の道。

普通の者であれば恐ろしくて、決してここを通ることは無い。

魔物を狩る冒険者、動物を狩る猟師が通る程度である。

人数は30名ほどであり、中に身分の高そうな服を着ている者達もいる。

エレンとその父親であるファーレン子爵である。

グレイン王国を目指す一行からは特に悲壮感は感じられない。


「お父様、グレイン王国は大丈夫なのですか」

「心配はいらん。既に次男アレン、三男ジャックが向こうで屋敷を構えている。国境を越えてしまえば問題ない。国境近くまで迎えが来るてはずだ。お前は子供を置いてきて大丈夫なのか」

「連れに戻る余裕はありませんでしたから諦めるしかないでしょう」

「やれやれ、ずいぶんとあっさりしたものだ」

「まさか教皇様が現れて、その場で全てをバラされるとは思っていませんでしたから、逃げ出すので精一杯でした。お父様が密かに魔物の召喚魔法陣を設置しておいてくれて助かりました」

「密かに城に設置しておいた召喚魔法陣が役に立ってよかった」

「この森は魔物が出ると聞いています。この道は大丈夫なのですか」

「儂らが普段から密貿易に使っている道だ。通い慣れた道で安全だよ。魔物避けの香を定期的に散布してある。この森にいる魔物程度なら近寄ってこない」

「なら、安心ですね。しかし、お父様定期的に魔物避けの香を散布するなんて、かなり資金がかかるでしょう」

「その代わり得られる利益は莫大だぞ。次男アラン、三男ジャックがグレイン王国内で作り上げた違法薬物を帝国内の闇のルートで売る。帝国内のスラムの連中を捕まえて奴隷としてグレイン王国へ売る。グレイン王国と儂らは持ちつ持たれつだ」

「噂に聞く依存性のある薬物はお父様でしたか」

「これから貴族連中にばら撒いてやろうとしてたんだが、教皇は気が付いていたんだろう。だが、証拠になるものが無い。そこでエレンから攻め込むつもりで謁見の間に呼び出した。そんなところだろう」

「ごめんなさい。私のミスで」

「教皇に天眼などという秘密のスキルがあるとは誰も思わん。これは仕方あるまい。だが教皇といえどもグレイン王国まで手は出せん」

「お兄様は大丈夫なのですか。街道を進んでいると聞きましたが」

「帝国の目は街道を進むバイロンを追いかけるが捉える事はできん。お前もよく知っているだろう。あやつの移動スキルは誰も追いつけん。昔よりもさらに早くなっている。帝国で捕まえることができるやつはいない。グレイン王国には儂らよりも先に着いているだろう」

「お父様、少し寒くありませんか」

吐き出す吐息が白くなっている。

「まだそんな季節では無いはずなのにこれはいったい」


一行は訝しみながら前へと進む。

しばらくすると急に広く木々が無く開けた場所に出た。


「お父様、急に森が開けた場所に出ましたけどここはいったい」

「こんな場所は無い。この道の途中にこのような場所は無い。これはいったいどうしたことだ」


一行が開けた場所に入った瞬間、周囲を氷の壁が覆う。


「氷の壁だと」

慌てて従者や騎士達が氷の壁を叩くが欠けるどころかヒビ一つ入らない。

魔法使いが火魔法をぶつけるが溶けることも破壊することもできなかった。

「これほどの高威力の氷魔法・・誰が」

どこからともなく拍手が聞こえてきた。

すると100mほど先に一人の人物が現れた。


「よくぞ、ここまで来ましたね」

「貴様、レン・ウィンダー」


そこに立っていたのはレン・ウィンダー侯爵であった。

レンは精霊達に頼んでエレンの行方を探させていた。

精霊から北の森の中を進んでいるとの情報を得て、大精霊ウィンと共に先回りしていたのだ。


「僕は大いに反省しているのですよ」

「反省?」

「もっと早く父と向かい合っていれば、父が魅了による洗脳状態にあることが分かったはず。そうすればもっと早く父を救えたかもしれなかった」

「何を言っている。無能の分際で」

「そうすれば、そこにいる父を騙し洗脳した奴をもっと早く断罪できた。必要な時には躊躇わずに力を示すべきだった。そう言っているのですよ」

「何を寝ぼけたことを」

「既に父からは僕の記憶も思い出も全て消えてしまった。僕のことを知る父を力一杯殴ってやりたかった。だが、僕の記憶を失い赤の他人としか思わない人を殴っても、母に謝罪させることもできない。確かに僕は無能だ」

「撃て!」


レンの向かって一斉に魔法が放たれた。

炎の槍、岩の槍、雷の球体。

それらは、レンの手前で何かに阻まれた。

そこには透明な氷の壁があった。

よく見ないと分からないほど、透明な氷であった。

気泡もなく、光を屈折することもなく、透明な氷の壁。


「無駄ですよ。あなた達の力ではこの氷の壁は壊せません」

「馬鹿な・・ヒビ一つ入らんだと」

「この氷の壁を壊したければ、少なくともLv8の魔法を使う必要がありますよ」

「何を言っている。そんな高レベルの魔法を使える者はこの世界に数人しかいない」

「分からない人たちですね。つまり、僕の作り出しているこの氷の壁はLv 8以上の魔法だと言っているんですよ」

「たかが氷の壁がLv8以上の魔法だと、そんなはずが・・」

必死にレン・ウィンダーに向けてあらゆる魔法を放つが氷の壁を壊すことはできなかった。

「どうしました。そんな攻撃ではヒビ一つ入りませんよ。急がないと皆さんは氷の彫像になりますよ」

気温が急激に低下しているのは分かっているが、ファーレン子爵には打つ手が無い状態になりつつあった。

「そんな・・」

「ああ、言っておきますが、ここでは使い捨ての転移の魔道具は使えませんから」

その言葉に懐の魔石を取り出す。

複雑な魔法陣が刻まれた魔石に魔力を流すが何も反応しない。

「なぜ、反応しない」

「空間魔法を使えば簡単ですよ。説明は面倒なので省きます」

「儂らを殺すつもりか」

「感情のままにそうすれば簡単なんですけど、何を企んでいたのか調べる必要がありますから近衛騎士団に引き渡しますよ。間も無く来ますから他の人たちのように大人しくしていてください」

ファーレン子爵は周りを見渡すと既に他の者達は動かなくなっている。

「死んではいません。一時的に仮死状態になっているだけですよ。それではおやすみなさい」

ファーレン子爵もやがて氷像となり動きを止めた。

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