第98話 南離宮
皇帝陛下が住み、帝国の行政府が入った城が立つ広大な敷地。
その敷地の外れにひっそりと佇む建物がある。
その建物は南離宮と呼ばれる。
王族やそれに連なる者達が重罪で幽閉される場合に使われる場所。
周辺には幾重にも厳重な警備が敷かれ、魔道具や魔法陣による厳しい警戒も加わる。
レンは、そんな南離宮へと侵入しようとしていた。
少し離れた場所で姿を隠して神眼を発動させ、警護の隙がないか見ていく。
「これは・・隙がないじゃないか」
あまりに強固な警備体制に驚く。
警備の兵士は少ないが、それを補うように魔法陣や魔道具が配置されている。
どんな警備にも必ず穴があるものだが、ここにはそれが無い。一つ突破してもすぐに他の警戒網に引っかかってしまう。
どうしたものかと思案していると南離宮の正門が開き、中から純白の服を着た人物が出てきた。
教皇ハロルドであった。
隠れているはずなのに、視線が合ってしまった。
天眼を使ったのだろう。
教皇ハロルドがレンの方に歩いてくる。
「レン様、お待ちしておりました」
「えっ」
「そろそろ来ることだと思っていましたから」
「来ると思っていたのですか」
「はい、必ずいらっしゃると思っていました。陛下には許可をいただいております。どうぞこちらへ」
「えっ、陛下に許可ですか」
教皇ハロルドは微笑む頷く。
「今回限りの特別措置です」
「ですが、教皇様にかなり無理をされたのでは」
「ハロルドと呼び捨てで結構です」
「ですが教皇様」
「ハロルドとお呼びください」
「はぁ〜、ハロルド・・さん」
「さんは不要です」
「これ以上は無理です。ハロルドさん」
「はぁ〜、仕方ありません。それで手を打ちましょう」
不満そうな表情をする教皇ハロルド。
「普通は、この中には入れないでしょう」
「まあ、貸しが山ほどありますからそれを少しだけ、ほんの少しだけ返してもらっただけです」
「いったい、どれだけ貸しがあるのですか」
「そうですな、100を超えたあたりから数えるのをやめました」
「はぁ!100ですか」
「100以上ですね」
「申し訳ありません。僕と両親のために・・・そもそも僕が早く神眼を使って二人を見ればすぐに分かったことです。それを二人の顔が見たく無いばかりに、まともに顔を合わそうとせず放置したことが原因です」
「レン様。それは違います。根本的原因はあの二人にあります。ですが、私は誰も不幸になって欲しくは無いのですよ。全ての人々が仲良く笑って楽しく暮らしてくれたらいいのです。私の言うことはしょせん、綺麗事なのかもしれません。ですが、法も権威も権力も、そのためにあるのだと思っています。まあ、それが分からぬうつけものが多いのが問題なのですがね」
「ありがとうございます」
「さあ、行きましょう」
教皇ハロルドはレンを伴い、南離宮へと歩いていく。
入り口を守っている騎士は、二人が近づくと全員体の向きをかえ、二人を見ないようにする。
そんな中を教皇ハロルドとレンは進んでいく。
騎士達は二人が通り過ぎると、順次正面を向き直して何事もなかったように警備を続ける。
建物に入り長い通路をゆっくりと進む。
やがて奥まったところに、教会の聖騎士二人が立っている部屋の前に来る。
重々しい扉がある。
神眼で見るといくつもの魔法錠が掛けられた特殊な作りのようだ。
聖騎士二人は軽く会釈をする。
「開けてくれ」
教皇ハロルドの言葉を受け聖騎士たちが、いくつもの物理的な鍵と魔法杖を使い、解錠の魔法を行使すると扉が自然に開いた。
「行きましょう」
二人は扉を通り部屋の中に入る。
割と広い部屋の中には一通りの家財道具があり、奥にはベットが置かれている。
そのベットに部屋の主が寝ているようだ。
ゆっくりと進んでいくとベットで寝ていた人物が起き上がった。
ダニエル・スペリオル前公爵。レンの実の父であった。
以前に比べれば少し痩せたように見えた。
三重の顎が二重になり、腹回りは一回りほど小さくなったように感じる。
祖父ハワードにやはりどことなく似ているように思えた。
「どなたですか」
「ハロルドです。気分はどうです」
「おかげさまで、少し気分が落ち着きました」
「それは良かった」
「そちらの子は?」
「私の補佐をしてくれる子ですよ」
「それは、その歳で優秀なのですね」
「なかなか優秀なのですよ」
「どことなく、亡くなったマリアに似ていますね。もしかしてマリアの実家であるカリオス侯爵の血縁者ですか」
「どうやら遠い縁戚のようです」
「なるほど、私とも遠い縁戚になりますね。カリオス侯爵の一族は死に絶えてほとんど残っていないのです。久しぶりにカリオス侯爵の血縁者にあえて嬉しいです。名前はなんというのですか」
ダニエルに問われレンが答えた。
「レ・・・レン・・と言います」
「レン・・・レン。いい名前です」
そしてダニエルはしばし考え込む素振りを見せる。
「レン・・・レン・・・なんとなく懐かしいような名前だ」
レンは拳を握り締め、唇を噛み締める。
「レン・くん。もういいかな」
「・・・は・い・・」
「それでは失礼するよ。体をいたわりなさい」
「ありがとうございます」
二人は部屋から出ていくと扉が自動で閉まった。
同時にレンの頬を涙が伝う。
「お父上はかなり記憶の混濁があります。多くの記憶が飛んでしまっています。これ以上の改善は望めないかもしれません」
「いえ、このままの方がいいかもしれません。全ての記憶が戻ったらおそらく心がもたないでしょう。あの目は、穏やかな目をしています。おそらくあれが本来の姿なのでしょう。記憶が戻らぬ方が穏やかに暮らせるでしょう」
「いいのですか」
「全てが明らかになることばかりがいいわけでは無いでしょう。それに、あの人からは、僕の記憶は全て無くなっています。しょせんはその程度だったということです」
レンは寂しそうに俯く。
「レン様を大切に思ってくれる人たちはたくさんいますよ。前を向いてください」
「ありがとうございます」
二人は南離宮を後にするのであった。
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