第93話 教皇の決意

帝都の城の奥深くある一室にレン・ウィンダー侯爵に関わる6人の人々が集められていた。

城の奥でもあるため、警戒は特に厳しく近衛騎士団が周辺で厳しい目を光らせている。

部屋の中は、調度品は落ち着いた色彩のもので統一され、部屋にいるもの達に安らぎを与えるものが選ばれている。

執事とメイド達がお茶を用意。

それぞれにお茶を出し終えると一礼して部屋から出ていった。

部屋の中には集まった6人だけとなる。

ソファーには集まった人々が座っていた。

祖父であり帝都の魔王の二つ名を持つハワード・スペリオル。

祖母であり氷結の魔女の二つ名を持つルナ・スペリオル。

前帝国皇帝 ジェラルド・アラステア。

宰相 ジェイク・ギルバード。

元聖女 シンシア。

皆、無言のまま一人の人物を見ていた。

その視線の先には、慈母神アーテルを主祭神とする教会のトップである教皇ハロルド。

教皇ハロルドは柔和な笑顔を見せながらもその視線は厳しい。


「君たち五人は、学生時代から先輩であり生徒会長であった私を困らせてばかりだね。もういい歳なんだから落ち着いてくれないかね」


五人は無言のままソファーに座っている。


「君たちは困るといつも無言だよね。さて、使徒様のことを黙っていた言い訳を聞こうか。シンシア答えなさい」

「えっ・・いや、あの・レン・ウィンダーはまだ幼いですし、公になれば大騒動になると判断しましたので・・」

「使徒様の件であれば、教会の最高責任者である私にも話がなければおかしいでしょう。少なくともあなたから私に直接報告できるのですから、余人に情報が漏れることはないはずでしょ。他の枢機卿や司祭達であれば大騒動にもなるでしょうが、直接私に報告ならそんなことにはならない。それとも、私が状況判断もできない愚者とでも思っていたのかね」

「申し訳ありません」


「ハワード前公爵殿」

教皇ハロルドの視線がハワード・スペリオルに向く。

ハワードは、視線に気がつくとその視線から目を逸らす。

「身・・身内のことだ」

「そんな問題では済まないと思うのだが」

「いいじゃないか」

「君の溺愛していた馬鹿息子夫妻が色々やっているみたいじゃないか。もしも使徒様に何かあったらどうするのだ。あの夫妻のレン様に対する憎しみは異常だ。以前、帝都にあるハワードの屋敷前を通りかかった時に、異常なほど魔法陣を仕掛けているのが見てとれて不思議だったが、ようやく謎が解けたよ」

「防御は固めねばならん」

「すでに事態はそんなレベルを遥かに超えている。他国から暗殺や謀略を専門に扱う暗部まで入って来ているじゃないか」

「今のところ問題はない」

「問題あり過ぎだ。帝都市街地でスケルトンが暴れた時、誰が鎮圧したかわかっているのか。レン様が自ら鎮圧したのだぞ」

「あの程度に遅れは取らん」

「いくらレン様が帝国内でも屈指の実力があると言っても、警護の者達が動いておらず、レン様が自ら戦っている時点でダメだろう」

教皇ハロルドの指摘に渋い表情のハワードとルナ。


「ジェラルド殿。他国の暗部とレン様が帝都市街地で戦う事態となっている。それでいいのか。他国の暗部を引き入れたのは実の親であるスペリオル現公爵の可能性が非常に高い」

「レン・ウィンダー侯爵には帝国の影を付けている」

「隠密活動を得意とする者達ですね。ですが役に立っているように見えませんね」

「そ・それは・・」

「これなら教会から聖騎士を派遣して堂々と警護した方がマシです」

聖騎士は教皇と帝都教会庁の警護を主任務にしており少数精鋭でありながら一人一人が一騎当千の強者揃いと言われている大陸屈指の騎士団。

人格・武力共に優れた者の中から選ばれる。

「聖騎士は教皇の警護。それを回すのは不味い。教皇の警護が薄くなる」

「私の代わりはいくらでも居ます。使徒様の代わりはいません。問題無いです。すぐに手配します。いいですね」

「待ってくれ」

「ジェラルド殿は、スペリオル現公爵をどうにかすべきでしょう。教会の調査部の最新の報告では、スペリオル現公爵は強力な精神操作を掛けられている可能性があると報告が上がって来ています」


教皇ハロルドの発言に一同が驚きの声をあげる。

「精神操作・・そんな馬鹿な」

「現公爵に精神操作をかけるなどとは・・」

「あの子に精神操作なんて・・」

「流石にそれは無いだろう」

「ありえない」


「フッ・・信用しませんか。日和見で問題から目を背けてきた方々には信じられないでしょうな。我ら教会の調査部は神聖魔法をベースにした特殊な調査魔法を駆使する。そのため誰にも気づかれずに各種状態異常を含めた異常を感知することができます。スペリオル現公爵に掛けられているのは、おそらく魅了の魔眼による操作。しかもかなり長期に渡り何度も強力にかけられています」

「魅了の魔眼の持ち主が近くにいると言うのですか」

「ルナ殿。おそらく魅了の魔眼の持ち主は、公爵夫人であろうとの報告があります」

「なんですって!」

驚愕し、涙を流すルナをハワードが支える。


「さて、ジェラルド殿。帝国が動かない以上は、これより教会が公爵を断罪します。このハロルドが全ての聖騎士を率いて公爵の元に乗り込み罪を明らかにして断罪します。すでに、全聖騎士には招集をかけ待機命令を出してあります。それでは失礼する」

教皇ハロルドは、立ち上がり部屋を出て行こうとする。

「待て、それでは教皇の命が危うい」

「信仰に生きる者には何の障害にもなりません。日和見で手をこまねいて知らん顔している者達より遥かにマシな生き方でしょう」

「待ってくれ、それでは戦いになる」

「市民には被害が出ないようにいたしますから心配無用」

「待ってくれ、必ず帝国として方をつける。だから待ってくれ」

「長いこと放置してきた以上、帝国で解決することは無理でしょう」

「1週間・1週間だけ待ってくれ、必ず帝国として方をつける」

教皇ハロルドはしばらく無言となる。

「分かりました。1週間だけ待ちます。それで無理ならば何と言われようと我らは動き、公爵を排除いたします。それは失礼する」

教皇ハロルドは、部屋を出て行った。

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