第80話 二つ名

帝都学園の学園長室で,アリシアはレンを前に帝龍祭完全制覇に向けて動き出せたことに手応えを感じていた。

帝龍祭新人王初戦を圧倒して見せたレン達の活躍の結果に,アリシア学園長はご満悦の表情をしている。

実に嬉しそうだ。


「クククク・・ほどほどに手を抜いて戦うような口ぶりだったが,しっかりと戦っているじゃないか。しかも使った魔法は,かなり情け容赦ないほどの強力な魔法だ。相手には気の毒だが,我が校の勝利のためには仕方ないだろう。レンに出てもらって正解だった」

「そんなにえげつないことはしたつもりは無いのですが」


学園長の言葉に反論するレン。


「相変わらず自覚の無い男だ。だいたいあんな強烈なツナミ魔法を広範囲に放てることがおかしいぞ」

「あの程度の威力の魔法であればそれなりに使い手はいるでしょう」

「何を言っている。20mのツナミ魔法を放っている時点ですでにおかしいぞ」

「そんなことはないでしょう。水魔法ツナミは20m程度が普通と聞きましたが」

「正面の一箇所,幅数mで距離100m程度あれば,高さ10mのツナミ魔法を放てる者はそれなりの数はいるが,高さ20mをあれだけの広範囲で放てるのは,お前さんだけだ。だいたいそんな非常識なことを教えたのは誰だ」

「非常識?」

「そう,非常識だ。とんでもないほどに非常識だ」


レンにツナミ魔法を教えたのは水の大精霊ウィンであり,水魔法の中級魔法使い手であれば20mの高さで広範囲の放てるのはごく普通だと教えられていた。

非常識の言葉を聞いて認識の違いに気がつく。


「確認ですが,ツナミ魔法は中級魔法ですか」

「ツナミ魔法は,起こせる事象の規模で魔法分類が変わることで知られている水魔法だ。先ほど言った高さ10mで距離100mで中級魔法だ。お前さんが放った範囲を高さ10mのツナミ魔法で放てば上級魔法だろう」

「高さ20mならば」

「お前さんが起こした規模であれば,上級を超えて戦略級魔法もしくは殲滅魔法に分類される。広範囲で大規模だから戦略級になるか」

「学園長の契約精霊であるラミアを呼んでもらえますか」


学園長がラミアを呼ぶ前にすでに水の精霊ラミアが現れた。


「レン様。お話は聞いておりました。まず確認ですがレン様にツナミ魔法を教えたのはウィン様ですね」

レンは無言で頷く。

「ハァ〜,やはりそうですか。おそらくウィン様は単に中級魔法の使い手としか言っていないのではないですか」

「確かにそう言っていたよ」

「人とは言っていないのでしょう」

ラミアの言葉に驚くレン。

「人では無いと・・・」

「現在世界中の魔法使いでこの規模のツナミ魔法を起こせるのはレン様だけです。同じ規模のツナミ魔法を起こせるのは,水の精霊たちで中級以上の魔法を使える者達のみです。おそらくウィン様が中級魔法でごく普通だと言ったのは,中級以上の水の精霊たちの中では普通だということなのでしょう」


水の精霊ラミアの説明に頭を抱えるレン。


「これは,かなりマズいのでは」

「マズいのかどうかは分からんが,新人王戦の初戦は会場の魔導画面で多くの庶民も見ているし,多くの貴族も見ている。少なくとも帝国中にお前さんが尋常ならざる水魔法の使い手だと知れ渡ったことだろうな。その結果どうなるかは判断がつかん。だが,陛下も見ておられたが,かなり喜んでいたようだぞ」


レンは,アリシア学園長とラミアの言葉に自分の認識の甘さを知ることになった。


「どうすれば」

「どうもこうもない。自分がやったことだ。諦めろ。いっその事,水魔法と氷魔法の大家とでも名乗ったらどうだ。そのほうがかえってスッキリするだろう。そもそも他の1年の使う魔法と同じものを使えば良かっただけだろう。ツナミ魔法やあの氷壁魔法を使った時点で完全にダメだろう。やりすぎだ」

「えっ,氷壁もですか」

「あれだけのストーンフォールを受けて傷一つ付かない時点で問題ありだろう。生徒たちであれば単純に硬い氷壁程度の認識ですむが,ある程度の魔法使いたちなら,あの氷壁の異常さに気がつく。せめてヒビが入るくらいの小細工でもしておけば良かったな。まあ,それは今更か。もう少し常識を・・ハワードとルナの孫である時点でそれも無理だったな」

「それは少し酷すぎません」

「お前の祖父と祖母にはかなり手を焼いたぞ。順調に同じ道を進んでいるな。もう面倒だから手加減なしで魔法を使ったらどうだ。中途半端に隠しているからボロが出る。お前の祖父母同様に手加減無用で力を振るった方がいいんじゃないか。怖くて有象無象の輩は近寄って来んぞ」

「普通に生活したいのですけど」

「何を基準に普通と言っているのかな?すでに十分なくらいに異常だと思うが」

「人を化け物みたいに言わないでください」

アリシアが急に黙り込んでしまう。


「学園長。どうしたんですか。黙り込んで」

「お前さんの二つ名を考えていた。どうせならそれを広めて仕舞えばさらに箔がつくだろう」

「やめてください。二つ名なんていりませんから,考えないでください」

どうせ碌でもない二つ名になる事は予想できるため,必死にやめてくれるように話すレン。

「いいじゃないか。激流の破壊者なんていいんじゃないか」

「いりません」

「なら,青の魔王とか」

「いりません」

「それならすでに言われているいるハーレム野郎で定着かな」

「ちょっと待ってください。それこそ何ですか」

「知らんのか,すでに学園内で一部の者たちはお前さんのことを陰でそう呼んでいるぞ。学園の生徒で,すでに嫁が二人も決まっている者は他にいないからな。自然とそう呼ばれることになるだろう。嫌なら他の二つ名を考えて広めることだな」

「そんな二つ名,尚更いりませんから。そもそも二つ名そのものが不要です」

レンの願いとは裏腹に,帝龍祭を見た人々はレンが昔帝都の魔王と呼ばれたハワードの孫であることを知っているため,帝都の魔王の孫はやはり同じだということで水の魔王と呼ばれ始めていた。

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