第77話 水の大精霊ウィンの帝都散策(2)

水の大精霊ウィンは、自然に敬意を払おうとせず泉を汚す学生達に罰を下し、すっかりご満悦である。

そして、今は帝都の中で水の精霊ミィが見つけた、怪しげな魔法陣を次々に気の向くままに書き換えていた。

ミィの案内で次々に移動しては魔法陣を書き換え、最後は帝龍祭本会場の周辺の4ヶ所を書き換えて終了した。


『これで全部かな』

『はい、これで全てだと思います』

『久しぶりにいい仕事したよ』

『どんな風に書き換えたのですか』

『それは魔法陣を起動させてのお楽しみだ。起動装置を持っている連中も、魔法陣を起動させたら感動することは確実さ。きっと満足してもらえるはずだよ。感動のあまり涙が止まらなくなるはずだ』


ウィンはやり切った満足感に浸っている。

ミィはウィンの性格から考えて、きっと相手が絶望するように魔改造したのだろうと思った。

水の大精霊ウィンは、満足感に浸りながら精霊の湖に向けてゆっくりと移動していく。

その途中で路地裏で揉めている学生達を見つけた。

1人の男子学生を20人近い別の学園の生徒が取り囲んでいる。

それぞれ制服を着ているが囲まれている学生と、取り囲んでいる集団の制服は違っている。

集団の方は同じ制服を着ている。

それぞれ帝都学園の制服とは違うから、地方の学園の制服のようだ。

水の大精霊ウィンは民家の屋根の上に座り、揉めている学生達の声を拾う。


「なんの真似だ」

「だからさっきから言っているだろう。レオン、帝龍祭個人戦と新人王戦は棄権してくれよ」

「何度も言っている。そんな脅しに屈するつもりは無い」

「人聞きの悪ことを言ってくれるな。これは、脅しじゃ無いさ。寄親である俺の命令だ」

その男の表情からは、驕り高ぶった他人を見下す表情が露わになっている。

「レンブル。恥ずかしくないのか。お前の父上であるガーデル侯爵が知ったら激怒されるぞ」

「ハァ〜、あの親父は何事も人の模範であれとか、正しくあれなんてくだらん事ばかり言いやがる」

「当たり前だ。貴様が間違っている。ガーデル侯爵から厳しい叱責を受けることになるぞ」

「ハハハ・・・それは心配無い。親父は重い病で長く無いだろう。もうベッドから起きることもできん。次期当主はこの俺様だ。敵対する弟を蹴落として、俺が侯爵となるためには箔が必要だ。帝龍祭優勝は絶好の箔付けだろう。個人戦優勝最有力であり、セルディア学園の新人王戦司令塔であり、参加学園の中で最高司令塔と噂されているお前さえいなければ問題ないさ。そうなれば個人戦そして新人王戦も優勝して一躍このレンブルの名が知れ渡ることになる」

「馬鹿な、ガーデル侯爵閣下は先月までは元気に魔物を狩っておられたはず」

レンブルは、おかしくて仕方がないと言わんばかりに笑い始める。

「人の運命なんて分からんものさ。どんなに元気でも急に病にかかることもある。それが、たまたま死に至る病だっただけさ」

「まさか、貴様。ガーデル侯爵に何をした」

「貴様が知る必要は無い。貴様は棄権すればいいだけだ」

「どこまでも愚かなのだ。そんなことが通用するはずがないだろう」

「通用するさ。お前さえ黙っていれば」

レンブルと呼ばれた男の後ろから猿轡をされた女の子で連れてこられた。

「つい先ほど貴様の妹を保護したんだ」

「クレア」

「運が良かったな、人攫いの盗賊に攫われた貴様の妹を、たまたま通りかかった俺様が助け出して保護してやったぞ」

「この恥知らずが」

「人聞きの悪いことを言うなよ。保護したと言っただろう。誘拐した盗賊から保護してやったんだぞ。礼のひとつぐらい言うべきだろう。ああ、そうだ。ついでだから帝龍祭が終わるまで俺の屋敷で保護しておいてやる。ありがたく思え」

レオンが飛びかかろうとしたら、クレアの首元に短剣が突きつけられていた。

「レオン。もう少し利口になれよ」

「レンブル。貴様という奴はどこまで腐り果てたんだ。俺一人が出ないくらいで帝龍祭個人戦や新人王戦で優勝できるはずがないだろう。他校には俺よりも強い人がいくらでもいる。特に今年の帝都学園1年生は歴代最強と噂されている」

「学生で現役侯爵様であるレン・ウィンダーのことか。強いと言っても所詮は祖父であるハワード元公爵の後ろ盾による七光のおかげだ。実の父であるスペリオル公爵閣下は、出来損ない呼ばわりしているぞ。実際はそこまででは無いだろう。そして人間には違いない。運悪く不慮の事故で棄権もあり得るだろう」


レオンは、怒りで拳を握り締め、レンブルを睨みつけている。


ウィンは所詮学生貴族のくだらない勢力争いだから放っておくつもりであった。

しかし、レン・ウィンダーの名前が出され、さらにレンに何か仕掛けようとしていると聞き、ウィンの顔が怒りの表情に変わる。

それを見た水の精霊ミィは慌てる。


『ウィン様、落ち着いてください。まだレン様に手出しすると決まったわけではありません』

『危険の目は早いうちに摘んでおくに限る』

『相手は所詮学生ですよ。それに街中です』

『分かっているよ。ちゃんと手加減はするさ・・死なない程度にね』


ウィンの言葉が終わると同時に少女を拘束している男に、死角になる方向から水球が放たれ、その水球は男の頭をすっぽりと包み込む。

突如、水に包まれ息が出来なくなりナイフを落としもがき始める。

その隙にリオンは妹を救い出す。


「レオン。貴様」

「馬鹿を言うな。水魔法なんて俺も妹も使えないことぐらい知っているだろう」


レンブルの手下が声を上げた。

「おい!上を見ろ」

その言葉に全員が上を見た。

上空には大量の水球が浮かんでいた。

それが一斉に落ちてきて男たちを包み込み始める。

息が気なくなりもがき始めて次々に意識を失っていく。

レンブルの手下は全員意識を失い倒れている。

残るはレンブルのみとなり、その周囲を大量の水球が浮かびながら取り囲んでいた。

「これは・どうなっているんだ。誰だ」

やがて水球が合体して巨大な水球に変わり、レンブルの全身を飲み込む。

しばらく水の中で暴れていたがやがて意識を失った。

意識の失った者達の水球は自然に解除されている。


レオンの妹クレアがその光景を見ながら呟く。

「噂話に聞いた水の牢獄なんじゃ・・水の精霊様による水の牢獄だよ」

「水の牢獄・・・昔、帝都の精霊の湖に悪戯で魔法を打ち込んだ人が、怒った水の精霊に罰せられたときに水の精霊が使った水の牢獄」

「そうだよ。きっとそうだよ。水の精霊様が助けてくれたんだよ」

危機を脱することができた二人は、精霊に感謝しつつ急いでこの場を離れるのであった。

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