第59話 新しい特産品

ウィンダー領は,元々はヨーク領と呼ばれているが,ウィンダー侯爵の治める地として,他では手に入らないいくつもの特産品を生み出しているため,世間ではウィンダー領と呼ばれるようになってきている。

逆に本来のヨーク領と呼ぶと不思議そうな表情をされるくらいだ。

特にワインの名前に‘’ウィンダー‘’を入れたためのようだ。

ワインの影響力は恐るべしといったところか。

そんなウィンダー領は活況を呈している。

レンが生み出した特産品が売れまくっているからだ。

そして,多くの領民が何らかの形で特産品の生産・加工・販売に関わっている。

学園長が同行してくるため,お婆さまと総執事長セバスが先乗りで屋敷に到着して待っていた。

馬車はゆっくりと屋敷の玄関に横付けする。

馬車のドアが開かれると順番に降りていき,お婆さまの前に行く。


「お婆さま,今到着しました」

「レン。疲れたかい。今日はゆっくりして疲れを取りなさいよ」


ルナは,レンの到着を喜び優しい笑顔を見せる。


「ルナ。久しぶりだね。元気にしていたかい」


学園長のアリシアが少し偉そうに挨拶する。

馬車の中でルミナスから次々にダメ出しを受けてしまい,メッキがはげてしまいすっかり駄目エルフの醜態を晒していたが,今は立ち直り昔の教え子前では威厳を保とうとしていた。

そんなアリシアには,これ以上傷口に塩を塗り込むような真似をする訳にはいかない為,ルミナスと二人して,余計なことは言わないことにした。


「アリシア様,お久しぶりでございます。どうぞごゆっくり御寛ぎください」


二人は嬉しそうに歓談しながら奥へと向かう。

そんなアリシアを見ていたルミナスが小声で呟いた。


「駄目弟子のくせに偉そうよね・・・あの自信はどこから来るのかしら」

「真実は知らない方がうまく行くときもありますからいいのではないですか。それに帝国の魔法使いのほとんどはアリシア学園長の教え子みたいなものですから」

「そもそも,みんなあの駄目弟子の教え子というのが問題よね」

「それは今更でしょ。ルミナス以外の前では有能ですから問題ないでしょ」

「まぁ,それもそうね」


レンとルミナスも屋敷の奥へと入っていく。

客間に行くとすぐにお茶が出される。

ソファーに寛ぎながらお茶を一口。

とても香り高く,香りの中に微かに甘さを感じさせるお茶だ。


「とても香りの良いお茶ですね」


ルミナスは満足そうに頷く。

特製場所といえどもやはり疲れる。

そんな疲れを癒してくれる。そんな味わいだ。


「ところで,今回はどこに特産品の畑を広げるの」


レンの疑問に総執事長セバスが答える。


「はい,ルナ様と相談の結果,今回は屋敷の南側の広大な土地を買取ました。いくつかの森と草原も含まれます」

「えっ・・いくつかの森と草原」


驚くレンにルナが声をかけた。


「いちいちその都度買い取るのも面倒でしょ。この先のことも考えて一気に買い取ったのよ」

「一体どれほどの広さですか」

「ウ〜ン。ここから歩いていたら端まで数日はかかるわね」

「歩いて数日ですか・・・いくらかかったのですか」

「ほとんど手付かずの土地だから安かったわ。そうね金貨10万枚ほどかしら」

「金貨10万枚・・・ですか」


レンの背中に冷たい汗が流れ,心なしか表情が引き攣っていた。

レンが作り出した特産品による収益が全て使われた計算になる。


「流石に買い過ぎでは・・」

「レンは心配性ね。大丈夫よ。ここで一気に使えば,市中にお金が回ることになり,それが大きなお金を更に呼び込みます。ワインだけでも予約分を捌けばすぐに回収できます。私に任せなさいちゃんと何倍にもして回収しますからね」

「は・はい」

「レン。今回新しい作物を植えてみると言っていたわね」


今回,ウィンダー領と呼ばれ始めているヨーク領に来たのは,ワイン増産だけではなく以前から考えていた新しい植物を作るためである。


「精霊の森の奥で見つけたものです」


精霊の森の奥で見つけたと言っているが,実際は他の特産品と同じく,レンの植物創造で作り出したものだ。

流石に植物創造に関しては,お婆さまといえども秘密にしている。

事前にウィンと一緒に精霊の森に行って作り出したものだ。

精霊の森で見つけたことにしているため,よからぬ事を考える輩が出てくるであろうから,万が一もあるので精霊の森の備えは万全にしている。

ウッドゴーレムを50体。

更にルミナスの協力で,とても凶悪と言ってもいいほどの威力を持つ,トラップ式魔法陣を多数設置してきてある。

Sランク冒険者でも突破は不可能だと思えるほどの備えだ。


「それならすぐそこの庭先で1本育ててみましょう」


レンの言葉にアリシア学園長が不思議そうな顔をする。


「これから育てるのか。随分悠長だな,1〜2ヶ月したらまた来るのか」

「すぐに育ちますから」

「すぐに育つ?」


レンは,みんなを引き連れ庭に出ると,適当な場所に土魔法で小さな穴を開け種を入れた。

そして土魔法で種を入れた穴を塞いだ。

静かに魔力を練り上げていく。

スキル木の派生スキル‘’木と森と大地の恵み‘’を発動させる。

種を植えた場所を中心に緑色の魔法陣が広がる。

しばらくすると魔法陣の中心から小さな芽が出てきた

木と森と大地の恵みの力を受けて芽は成長を始める。

小さな芽はみるみる成長を始めて,あっという間に高さ2mほどまで伸びる。

次に枝が伸び葉は生えてきて、枝に緑色の小さな実ができたと思ったら、その緑色の実がみるみる大きく成長。

成長しながら色が赤くなっていく。

やがて枝には長さ15㎝ほどの赤い実が10個,枝に実っている。

レンは神眼で確認をする。


カカカオの実

品質:

 ・最高品質・完熟

味・効能他

 ・赤い実の中に詰まっている豆を使う。

 ・苦味や渋味がわずかにある。

 ・乾燥させ粉末にして砂糖とミルク

 と合わせると絶品の味となる。

 その味は,香ばしく独特の旨みに砂糖の

 甘さが加わると,誰もが病みつきになる。

 ・血流を改善して,冷え性の改善に効果

 が期待できる(弱)


もうここまできたら,素直にカカオの実でいいんじゃないかと思うが,神眼に出ている以上はこの世界での呼び名なのかもしれないから素直に従っておこう。


「な・なんだこれ・・・」


学園長が驚いている。


「新しい特産品ですよ。学園長」

「いや・そうじゃない。いや,それは分かるが,なんでこんなに一気に育つのだ。おかしいだろう」

「おかしいと言われても,そういうスキルとしか言えませんから」

「スキル。スキルなのか,本当にスキルなの」

「スキルです。植物の成長を促進する力があります。ちなみにこのことは秘密です」

「えっ・秘密のスキルなの」

「学園長。御静かに願います」


ルミナスの言葉に一瞬ビクッとするアリシア。


「フフフ・・アリシア様。私の孫は凄いんですよ」


しばらくの間,ルナは延々と孫のレン自慢をアリシアに向かって話し続ける。

アリシアは,止めることもできずただひたすら聴き続けるのであった。

ルナは,孫自慢が終わるとレンの方に向く


「レン。ところでこの果物は何なの」

「お婆さま。これは果物ではなく,この赤い実の中にある豆を使ってお菓子を作るのです」

「中の豆?」


レンが赤い実を一つ取り,外側の赤い皮を剥くと焦げ茶色の豆がぎっしりと入っていた。

レンは使用人に石臼とその他の材料を持って来させた。

そして,焦げ茶色の豆を石臼で粉にしていく。

地球のカカオ豆だとすぐに粉にすることができず,粉にする前にいくつかの工程があるのだが,面倒なのですぐに粉にできるように生育条件を加えて,豆を作ってあるから工程がとても簡単だ。

あたり一面に香ばしい香りが漂ってくる。

出来上がった粉を器に入れて,少量のミルクと砂糖を加え熱を与えながら,よく混ぜてから板状にして,弱い氷魔法の冷気で固める。

そして,目の前に茶色の板が一枚出来上がった。

この世界初のチョコレートの誕生だ。

レンがその茶色の板の端に指で力を込めると,パキッと音を立てて割れる。

その破片を口に含むとレンは幸せそうな表情をする。


「甘くて美味しい」


この場にいた者たちにチョコレートを少しづつ分け与える。

口に含んだ瞬間,幸せな表情へと変わる。


「レン。これは何というお菓子になるの」

「チョコレートと名づけようと思います」

「チョコレート・・これは,売れる。間違いない。レン。これもたくさん植えてちょうだい」

「は・はい,お婆さま」

「フフフ・・・売りまくるわよ。私に任せなさい。他の貴族連中から金貨をむしり・・・しっかり売り込んでチョコレートの虜にしてあげる」


レンの目には,ルナの目が金貨のように輝いて見えるのであった。

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