第58話 いざ!ウィンダー領へ

この世界で使われる転移魔法はすこぶる魔力の燃費が悪い。

前回の帝都襲撃者の使い捨て転移門でせいぜい500m。

Aランク以上の魔石を使った使い捨て転移門でさえ3〜5kmが限界。

長距離となると決められた固定ゲート同士で行うが,とんでもないほどの魔石や魔力を使うため,おいそれと使うことは無い。

つまりお金がとんでもなくかかるのだ。

その上,作れる錬金術師は限られてくる。

刻み込む魔法陣がとんでも無く緻密で複雑だからだ。

少しでもミスがあれば動かない。

動かないだけならまだマシ。

魔法陣のミスで誤作動を起こしたら,周辺を吸い込み全てを破壊して更地に変える恐れがあるのだ。

一歩間違えたら制御不能のミニブラックホールの出来上がりだ。

数百年前,とある小国が転移門の制御に失敗し,その国の王都が消滅して瓦礫すらも無い更地になったことがある。

そのため,各国ともにこの技術は細心の注意を要するトップシークレット扱い。

レンは,今回も水の大精霊ウィンに連れて行ってもらうつもりだった。

大精霊の契約者は,大精霊と共に大精霊の行ったことがある場所なら一緒に転移させてもらえるからである。

このことは,精霊に愛されるエルフも今まで知らなかったこと。

例外としてエルフの女王であったルミスことルミナスは,知っていたが使徒であるレンの秘密であるとして黙っていた。

自由を愛する大精霊は基本的に契約者になることがないからだ。

例外は使徒や慈母神アーテル様の指示のみ。

しかし,レンは今回のウィンダー領に馬車で行くことになってしまった。


「なんで馬車で行くんだ。大精霊にみんなを連れて行って貰えばいいじゃないか」


学園長アリシアが馬車の中で文句を言っている。

馬車の中にはアリシアとルミナスがいた。

ウィンダー家の馬車は,領内で作られたばかりの最新型でかなりの資金をかけて作られている。

見た目は漆黒の重厚な雰囲気で,馬車の扉には金色の家紋が刻まれ,他に余計な装飾は何もなく実にシンプルな見た目である。

ウィンダー侯爵家の家紋は,左右に伸びる月桂樹の葉の上に剣と魔法杖が交差している。

外部には,対物理・対魔法用魔法陣が仕込まれている。

内部には,衝撃吸収魔法陣と内部の会話が外に漏れないように遮音の魔法陣が仕込まれている。

さらに快適性を増すために気温の調節機能の魔法陣を仕込んでいる。

いっその事,空間魔法のルームを使い移動も考えたが,学園長にまで自分の能力を教えるのはマズいと考えて仕方なく馬車にしたのだ。

ルミナスは,元々女王ルミスであった時代から使徒の能力を知っていて,そのことを外部に話すこともなかったから心配はしていない。


「学園長が大精霊の契約者になれるなら,簡単なんですけどね」


学園長に少し嫌味を言うレンの肩には,赤い羽に緑と黄色のラインの入った10㎝ほどの姿のセイントレッドバードの姿に擬態したフェニックスのラーがいた。


『主,そんな無理なことを言っても可哀想だよ。大精霊は基本的に個人と契約を交わさないから無理だよ。例外は使徒である主だけだよ。いくら精霊に愛されるエルフでも無理なものは無理だよ』

『ワインをたくさん欲しいから無理やり着いてくるなんて迷惑でしかない。おかげてわざわざ馬車で行くことになってしまった』

『僕は,久しぶりに主とお出かけできて嬉しいけどね』

『まあ,新型馬車の性能テストもできるから良かったと思っておこうか』

『この馬車は,何か違うなと思っていたんだけど,新型なんだ』

『他の馬車には無い機能を満載している。その分お値段もそれなりになるけどね』

『売り出せば元がとれるでしょ』

『売り出す場合は,機能を減らして手頃な価格にしたダウングレード版を売ることになるよ』


レンがラーと念話に会話している正面で学園長が悔しそうにしている。


「ウグググ・・・」


学園長は魔法の大家ではあるが,契約精霊は水の中級精霊ラミア。


「使徒様。主のわがままに付き合わせてしまい申し訳ございません」


大人の女性を思わせる姿をした水の中級精霊ラミアが現れて謝罪した。


「そうですよ。アリシア。使徒様に迷惑をかけたのですから,着いたらしっかりと仕事をしなさいよ。いいですね」

「わ・わかりました」


師匠であるルミナスに睨まれ,アリシアはすっかりおとなしくなた。

そもそもはアリシアが一緒に行くと我儘を言い出したことにある。

弟子でもあったアリシアのことをよく知るルミナスは,仕方なくアリシアのお目付け役として同行することにしたのだ。

ルミナスは仕方なくと言いながら顔は笑顔である。

お目付役というのはどうやら事実らしく,アリシアが何かを始めると暴走する恐れがあったからである。

過去何度もそれで多くの人々が迷惑を被っているそうだ。

あとからそんなことになるなら,同行して最初から抑える方が被害も最小限で済むと判断したためである。


「アリシア。念のために言っておきますが,レン様の領地で魔法の実験や魔法陣の実験は禁止です。特に初めて使う魔法や魔法陣は禁止です。いいですね」

「エッ・ルミナス様・・・少しくらい」

「弟子であるあなたの暴走で,私がどれほど大変な目にあってきたか分かっているのですか!」

「ハハハハ・・新しい魔法には失敗はつきものですから,失敗を恐れていたら魔法界の進歩はありませんよ」

「ほ〜!!!そう言えば,昔,使役魔法を改良すると言って,あなたの魔法が原因でダンジョンでスタンピートを引き起こしたことがありましたよね」

「ハハハハ・・よく覚えておいで,でも結果として大量の魔物の材料が手に入り,みんなウハウハだったじゃないですか。滅多に手に入らない貴重な素材が,大量に手に入ったとみんな喜んでましたよ」

「ヘェ〜,スタンピートの収束まで1週間もかかり,多大な犠牲を払いましたよね。私も1週間不眠不休で戦うはめになりましたよ」

「・・・私も1週間頑張りました」

「原因を作ったあなたは当たり前でしょ!そうそう,こんなこともありましたね。日照りが続いていた時に魔法で雨を降らせようとして,逆に数百年ぶりと言われるほどの大洪水を引き起こしたこともありましたね」

「結果として,森の余計な木々も押し流して耕作地が広がったじゃないですか。作物もたくさん収穫できるようになってラッキーだったでしょ」

「それだけじゃ無いですよ。新しい戦略級の火魔法を開発すると言って,その結果,休火山を噴火させましたよね」

「・・温泉がたくさんできて・・・温泉保養地が増えたじゃないですか」

「ハァ〜!アリシア。長年帝国で学園長を務めていたから,少しは変わったのかと思っていたら,あなたが昔のままだと言うことがよく分かりました。ラミア!」

「はい」

「アリシアが暴走しそうになったらすぐに教えなさい」

「承知しました」

「チョットまて!ラミアは私が契約者でしょう」


アリシアの言葉にラミアはやや呆れたように答えた。


「アリシアは,師匠に逆らえるの?」

「・・無理・・」

「この場には,使徒様がいる。当然,そこには・・」

「僕がいる」


水の大精霊ウィンが出てきた。


「アリシア。お分かりでしょうか。私は大精霊であるウィン様に逆らえません。諦めてください」


静けさを取り戻した馬車はウィンダー領に向かっていくのであった。

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