第32話 女神の心
レンは、ヨーク領の教会に来ていた。
ここヨーク領の中心近くにある教会は、祖父ハワードの手厚い保護を受けていた。
歴代の責任者は大司教が置かれ、特に清貧で人格者と呼ばれる者達が代々勤めている。
現在の大司教は白髪で豊な顎髭を蓄えその優しい性格のため多くの子供に好かれていた。
教会の中は多くの子供達が遊び回っていた。
子供達が元気に走り回る教会の扉を開き中に入る。
「これは、レン様。本日はどのようなご用件でしょうか」
「近くに来たので少しお祈りしていこうと思いまして」
「それは良き心がけです。慈母神アーテル様もお喜びでしょう。どうぞ、こちらへ」
大司教様の案内で教会の聖堂内へ歩いていく。
綺麗に整えられ、穏やかな光が差し込む。
空いている場所に座り祈りを始める。
すぐに光の洪水に飲み込まれて、しばらくすると光が収まる。
目の前に慈母神アーテル様がいた。
「レン。よく来ましたね」
「ご無沙汰しておりますアーテル様」
「どうやら、封印されていた記憶が戻ったようですね」
「2千年前戦いの記憶までは思い出しました」
「ハァ〜」
慈母神アーテルは、思わずため息をつく。
「レンには、2千年前の記憶は思い出さずに穏やかに過ごして欲しかったのです」
「思い出したのは偶然の出来事でした」
「あまりにも貴方のことを慕う者達が多くいたせいかもしれませんね」
「それは幸せなことだと思います」
「でも、それが貴方を縛ることもありますよ。よく心に留めておきなさい」
「分かっています」
「それと神力の扉のことも思い出したでしょうから警告しておきます。神力の扉のことを思い出して欲しくはなかったため、記憶を封印していたのです。神力の扉を開けば簡単に身体能力や魔力を底上げできますが、完全開放だけは絶対にやってはいけません。2千年前は貴方の魂を救い出すことができました。しかし、今度そのようなことになれば、私でも助けられるかどうか、わかりませんよ。だから、安易に神力の扉を使わないようにしなさい」
慈母神アーテルは真剣な表情でレンの注意を与えていた。
「心に留めておきます」
「使わないとは言わないのですね」
「できる限り使わないようにしますが、何が起きるかわかりませんから約束はできませんよ。ただ、僕も消えたくありませんから、完全解放はするつもりはありませんし、普段から使うつもりはありません」
「レンの性格からしてそんな気がしていましたら、その代わりに貴方を助けるために、スキル【木】の他に贈り物を用意しておきました」
「贈り物ですか?」
「そうです。私は現実世界に直接手出しできません。レンが危機に陥っても助けられません。だから特別に用意してありますよ。必ず役立ってくれるはずです。今すぐではありませんがそのうち手に入るはずですから楽しみに待っていてください」
「ありがとうございます」
「レン。貴方は私のただ一人の使徒であり、女神の代理人なのです。レンの代わりはいないのですよ、無茶をしないでください」
「ご心配をかけてすいません」
「貴方の2千年前は戦いばかりでした。今の人生を少しは楽しみなさい。できたらもっと穏やかな日々を過ごしてほしいと思っています」
慈母神アーテル様は優しい眼差しでレンを見つめていた。
「それと、わざわざ教会に来なくても貴方が作った私の像の前であれば、神託を受け取れますよ。だから、要件があれば私の像の前で祈りなさい」
「えっ・・本当ですか」
「本当ですよ」
「それなら教会まで来た意味がないですよ」
「フフフ・・・そんなことはありませんよ。大司教も喜んでいますし、レンが教会に足を運ぶだけで普段以上に教会に私の神力が強く補給されますから、足を運ぶ意味は大きいのですよ。これからもこまめに教会を訪れてくださいね」
「なるほど。なら、なるべく定期的に訪れるようにします」
「お願いしますね」
女神の微笑みと同時に、景色が少しづつ薄れていった。
気がつくと聖堂の中にいた。
時間はわずかな時間しか経過していないようであった。
ーーーーー
全ての命が絶えた黒砂の地の奥地。
朽ち果てた遺跡と祭壇の跡。
木々は黒く染まり魔物と化し、大地は魔性の気を蓄えた黒い土となっている。
生命の絶えたはずの地に集まる人影があった。
漆黒のフードとマントで身を包む六人。
その中でひときわ大柄な男がひときわ小柄な男に声をかける。
「イグ教の枢機卿でもあるパイモン様が、我ら異教徒審問隊を集めるとは何が起こったのです」
パイモンと呼ばれた老人は、魔石を嵌め込んだ魔法杖を片手に佇んでいた。
異教徒審問隊と呼ばれた五人を見渡しながら口を開く。
「使徒が復活したようだ」
五人の表情が険しくなる。
「まさか・・・忌々しい使徒が復活したというのですか」
「以前、精霊の森に送り込んだ部隊が全滅したのは分かっているだろう」
「大精霊たちに倒されたのでは無いのですか」
「調べたが、森に呪いや呪術の痕跡が全くなかった」
「だからと言って使徒が復活したとは限らんでしょう」
「精霊達と戦い敗れたのであれば、呪いや呪術の痕跡が残るはずだが、それが一切なかった」
「呪いと呪術の痕跡がなかったのか」
「全く残っていなかったから、浄化されたと考えるのが正解だろう」
「神聖魔法」
「精霊達は神聖魔法は使えない。精霊の森を我らのもにするために、かなりの力を持つ者達を選び送り込んだ。その者達の持つ呪いと呪術は、教会の枢機卿クラスでなければ対応できないが、調べたが誰も動いていない」
「2千年前に我らの大願成就を邪魔した使徒が、再び我らに前に立ちはだかるのか。だが、まだ確証は無いのでしょう」
「確証は無いが、使徒が復活したと考えるしかないだろう」
「なら、どうするのです」
「お前達の配下を動かして各国の情勢を調べ、使徒につながる情報を探れ」
「分かりました。すぐに動かしましょう。もし、殺すことが可能なら始末しても」
「かまわん。そこは任せる」
「ならば、確実にこのヘイグが始末してしまおう」
「何を言ってるんだい。独り占めは良くないよ」
メンバーの中にいた一人の女が声をあげる。
フードを深く被り口元だけが真っ赤になっていて一際それが目を引く。
「独り占めも何も早い者勝ちだろう」
「そうかい。なら私が貰うよ」
「何か心当たりでもあるのか」
「フフフ・・そんな重要なこと言う訳ないだろう。まあ、指をくえて見ているがいいさ」
それだけ言うと女は姿を消した。
「チッ・・締め上げる前に逃げやがった。まあ良い。直に知れることだ。こっちも配下を動かすか」
それっだけ言うと残りの者達も順次消えていった。
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