第31話 時を超えた思い

水の大精霊ウィンから合わせたい人がいると言われ、精霊の森に連れてこられていた。

精霊の森は、清涼感に溢れた空間の中に数多くの精霊たちが自由に過ごしている。

精霊の森の奥にある湖の辺りに、純白のドレスを纏った一人の年老いたエルフがいた。

そのエルフはにこやかな表情をしてこちらを見ている。


「エルフのルミスと申します」

「レンと申します」

「使徒様に再び《・・》会えて光栄です」

「エ〜ッと、初めてお会いするはずですけど、どこかでお会いしましたか」

「二千年前の使徒様にお会いしてます。ですから使徒様には再びと申しました」


ルミスの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

そしてルミスは、レンの小さな身体をそっと抱きしめる。


「ルミスさん・・・」

「皆が二千年ぶりの使徒様に喜んでいます。私も二千年待ちました。前回使徒様に最後にお会いした時は15歳でした」


涙を流すルミスに何も言わずにその身を任せていた。

レンには、その涙にとても深い悲しみの想いがこもっているように感じられていた。

そして、そっと神聖魔法を発動させる。

使徒だけが使える神聖魔法の一つ、悲しみを癒し・心の傷を癒す神聖魔法。


「ソウルヒール」


レンの神聖魔法が放つ優しい光がルミスを包み込んでいく。


ーーーーー


精霊の森にある湖で、ルミスに抱きしめられていたはずが、なぜか街中にいる。

街中を多くの人々が焦ったように行き交っている。

エルフ・獣人・魔族・人族。

多くの種族と多くの人々が混乱しているようだった。


「あの〜!すいませんけど・・・」


声をかけるが誰もレンの呼び声に応えるものはいない。

何度声をかけても振り返る人もいない。

どうにか話を聞こうと通行人の手を掴もうとしたが、手を掴めずにすり抜けてしまった。

その状況に驚き周囲の壁を触ってみるが、レンの手は壁を突き抜けてしまう。


「これは・・・」


人々から歓声が上がるのが聞こえた。


「女王様だ」

「ルミス様〜」

「使徒様〜」


焦りと不安に苛まれたようにしている人々が急に希望を見出したように声をあげている。

その人々の先には、あどけなさの残るルミスがいた。

そして、その隣に自分がいた。

白銀の鎧を着た自分がいたのだ。


ーーーーー


急に目の前の景色が変わった。

荒涼とした草原。

多くものたちが命を失い倒れていた。

その先に光り輝く壁ができている。

光る壁のこちら側にはルミスと全ての大精霊たちがいた。

光る壁の向こうにはボロボロになった白銀の鎧を着た自分がいる。


「使徒様、私たちも戦わせてください。お願いですからここを通して!!!」


ルミスは泣きながら訴えている。

その目からは大粒の涙が溢れて止まることがなかった。

大精霊達はこの壁が使徒以外が通れないことが分かると同時に、この光る壁が持つ意味を悟り、自分たちの無力さを思い知り、使徒の覚悟を知り、何も言えずに悲しそうに見つめるしかなかった。


「使徒様のいない世界は嫌だ〜!私も連れて行って!お願い行かないで!みんな止めてよ。行っちゃうよ、私たちを置いて!」


ルミスは相変わらず泣きじゃくり、目を真っ赤にしながら叫んでいる。

そして必死に光る壁を叩いている。


レンはゆっくり歩いて行くと光る壁を通ることができた。

そして、悲しい目でこの出来事を見ていた。

これはすでに終わった過去の記憶。

この星のアカシックレコードに蓄えられた過去の記憶だと分かっている。

自分には何もできずただ目届けるだけと分かってはいるが、何もできない悲しさが心に溢れていた。


「この光る壁、神聖魔法の中で使徒だけが使える神級魔法だ。これが発動すれば誰も通さず、あらゆるものを通さない聖なる壁が発動する。この壁を通れるのは使徒だけだ。この先の次元の裂け目は僕でしか塞げない。君たちを連れていけば、その場に行くだけで君たちは、肉体も魂も含めその存在そのものが完全に消滅する。巻き添えには出来ないからね」

「そんなこと、行ってみなければ分からないじゃないですか」

「イグ教徒が作り出した次元の裂け目。数え切れないほどの生贄を捧げ、彼らはこれを作り出すことで彼らの神とやらを呼び込もうと考えた。彼らの言うイグとか言う神は存在しない。魔性の者達に騙され、暴走した結果がこれだ。この次元の裂け目が完全に開き切れば、この世界が完全に消滅する。そして、その次元の裂け目の周辺には、あらゆるものを無に返す虚無の力が満ちている。その力で徐々にこの世界が蝕まれている。それに対抗できるのは使徒の持つ神力のみだ。僕が君たちに神力を使い防御しながら次元の裂け目を塞ぐことは不可能だ。そんな片手間で対抗できるものような生優しいものでは無い」

「でも・・でも・」

「みんな今までありがとう。次元の裂け目は僕だけが使える神聖魔法で確実に塞ぐことができる。上手くいけば、次元の裂け目を塞ぐことができて引き換えに僕の肉体だけが滅び、数千年後に生まれ変われるかもしれない。最悪の場合であっても、次元の裂け目を塞ぎ、魂も含めた僕一人の存在の全てが消えるだけだ。行ってくるよ」

「行かないで・・行かないで!!!!!・・お願いだから・・」

「元気でな。泣き虫ルミス。立派な女王になれよ。みんな元気でな」


遠ざかる使徒の姿を見つめへたり込むルミスと大精霊達。


「使徒様・・帰ってきて・・・お願いだから・・・」


ボロボロに白銀の鎧を着た自分が歩いていく後をついていく。

かなり歩いた先に暗黒の裂け目が見えていた。

徐々に大地と空が侵食され黒く染まっていく。

やがて、次元の裂け目の直前で立ち止まり、神級魔法の発動準備に入る。


「かなり侵食が進んでいる。ここまで侵食が酷く広大となるとやはり神聖魔法だけでは厳しいな。神力の扉を全開にした上で、天空魔法で侵食を止め、神聖魔法で虚無の力を打ち消し、そして時空魔法の発動でこの空間の時を戻すしか無いのか。神力の扉を全開にして神級魔法クラスの魔法3つの同時発動。これは無事には帰れないな。それは今更か・・」


意識を集中して魔法発動の準備に入る。

並列思考スキルを極限にまで高めた。

自らの中にある神力の扉に意識を集中する。

慈母神アーテル様より神力の扉を開ける場合は50%までと言われていた。100%完全解放すれば肉体が保たない。さらに100%完全解放すれば肉体が滅ぶまで神力の扉は閉じないから、完全解放してはいけないとも注意を受けていた。


「アーテル様、申し訳ありません。言いつけを破ります。神力の扉完全解放」


レンが呟くと同時に体の奥底、魂の奥底から強烈なエネルギーが湧き上がってくる。

全身を強烈なエネルギーが駆け巡る。

それを、極限までに高めた並列思考スキルと神力操作で強引に押さえ込む。

そして、神力を極限までに高めて天空魔法・神聖魔法と時空魔法を放つ準備が終わる。

1つ目の神級魔法を発動させた。

「天空魔法 グランドトリン」

天空に3個の星が強い光を放ち巨大な三角形を形作り、星の持つ巨大な魔力で空間の侵食を食い止める。

巨大な星の魔力の負荷が全身にのしかかってくる。

「クッ・・神聖魔法 スプリーム・ピュリフィケーション」

二つ目の神級魔法の発動。

神級魔法に匹敵する神聖魔法で虚無の力を打ち消していく。

鼻から血が流れ始め、身体中が高熱を発していた。

意識が朦朧として、倒れそうな体で必死に堪える。

「これで、終わりだ。・・・時空魔法 クロノスリストア」

最後の神級魔法を発動させ、時間を戻しながら、空間修復をしていく。

何度も意識を失いそうになりながら、魔法を操作していく。

あまりの負荷に思わず膝をつき、血を吐き、全身から血が吹き出す。

それでも必死に魔法を維持する。

同時に少しづつ肉体の崩壊が始また。

少しづつ肉体がちりとなり消滅していく。

光の洪水の中で意識の途切れる瞬間まで魔法の操作を続け、空間の修復が行われていく。

光が収まった後には、緑豊かな大地と雲ひとつない青空が広がっていた。

緑の大地には、ボロボロになった白銀の鎧がひとつだけ残されていた。


ーーーーー


光が収まると精霊の森にある湖の辺りで、ルミスに抱きしめられているところに戻っていた。

同時に、残されていた記憶の封印も解かれていた。

二千年前の戦いで、魂に負った傷を癒やし多くの経験を積むため、地球で何度か転生して、再びこの世界に戻ってきたことを思い出していた。


「使徒様の神聖魔法で心が救われたようです。何か胸の奥が暖かいです」

「ルミスさん。姿が変わってます」

「エッ」


周辺の大精霊たちも驚きの声をあげる。

水の大精霊ウィンが空中に水鏡を作り出す。


「ルミス。見てみろ」


水鏡に映るエルフのルミスは、若返っていた。

人間で言えば20代ほどに見える姿になっていた。


「これは一体」

「僕にも分からないよ。神聖魔法には若返りの力はないから、なんでこうなったかは本当に分からない。あえて言えば慈母神アーテル様の奇跡としか言えないな」


水鏡を見ながら涙を流すルミス。


「いつも威厳はどこに行ったやら、今日は昔のルミスに戻っちまったな」


ウィンが揶揄うように言う。


「決めました」

「エッ、何をですか」

「レン様のお側に置いてください。これからレン様の従者としてください」

「ちょ・・ちょっと冷静になりましょう。冷静に」

「もう決めました」

「いや、ダメダメ。僕が使徒であることは誰も知らないんだよ。ルミスさんが来たらそれだけで大騒動になるよ」


ルミスの申し出をガンとして断り、精霊の森から逃げ出すレンであった。

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