第12話 新侯爵お披露目

現皇帝陛下が隠居され、王太子天下が新皇帝に即位する日が来た。

既にレンは、レン・スペリオルからレン・ウィンダー侯爵となっており、帝国内貴族には告示されていた。

多くの貴族が新皇帝就任のお披露目の席に集まった時に、新侯爵の姿を含めてのお披露目となる。

既に緊張で胃がキリキリして吐きそうな気分だ。


「レン。大丈夫よ。私達が一緒だから気を楽に持ちなさい」

「は・はい・・お婆さま」


レンは、祖父母と共に国中の貴族の集まる新皇帝就任の儀式が行われる場に来ていた。

この日のために、ここ一ヶ月ほど、礼儀作法の特訓がルナから施されてきた。

毎日、にこやかにダメ出しをされてきた。

ここまできたら1分1秒でも早く終わって欲しい。

会場には多くの貴族達が集まってきている。

集まる貴族達は、ご婦人と後継がいる家は跡継ぎも連れてきている。

後継はある程度の年齢にならないと連れて来れないそうだ。

式典の途中でグズられては大問題となるからである。

父母であるスペリオル公爵夫妻もいるが、自分から目を合わさないようにしている。

チラッと見たが、父は昔と比べてあまりにも変わり果てた姿をしていた。

記憶に残る父は、わがままではあるが気が優しくおおらかで、体は痩せていて筋肉質であったはずが、あれはどう見ても二足歩行の豚の魔物であるオークにしか見えない。

貴族の礼服を着たオークがそこにいた。

そしてその横には継母の公爵夫人。

その2人からとても激しく強い憎しみの視線を感じる。

侯爵なんて投げ出したいが、優しい祖父母を困らせたく無いことと、投げ出せば自分を殺そうとした父母の思い通りになる。

絶対にあの父母の思い通りにだけはさせる訳にはいかない。

だから投げ出すわけにはいかないと思い、そのうち倍返しをしてやると思うことで、意識を強く持ち、この緊張する状況を乗り切ろうと思うことにした。


「静粛に!陛下の御成である」


宰相閣下の言葉で一斉に静かになり、全員が頭を下げる。

現皇帝陛下夫妻と新皇帝陛下夫妻が入ってきた。


「大義である。皆が忠節を尽し、常にこの国を支えてくれて嬉しく思う。この度、儂は帝位を退き王太子が帝位を引き継ぐこととなる。力を合わせ盛り立てていってもらいたい」


王太子が陛下に前に片膝をつく。

ジェラルド陛下は王太子の頭に自らの手で王冠を乗せた。


「これで今日からフレッドがアラステア帝国の皇帝だ。しっかり頼むぞ」

「はい、父の名に恥じぬように精進いたします」


新皇帝陛下は前を向いて立ち上がった。


「これより我が国は今まで以上の発展をすることを約束しよう」


フレッド陛下が力強く宣言され、友好国と教会からの祝辞が述べられた。


「レン・ウィンダー侯爵前へ」

「は・・はい・・」


緊張のあまり右手と右足が一緒に出てしまった。

カクカクとぎこちない動きで前に進み出ていく。

そんな状態ままで陛下の前まで歩くと頭の中が真っ白になってしまったが、日頃の厳しい反復練習のお陰で条件反射のように片膝をついて礼を取ることができた。


『まだ、子供じゃないか・・・』

『領地を切り盛りできるか・・・』

『いくらなんでも幼すぎるだろう・・・』

『大丈夫なのか・・・』

『いや、帝都の魔王と呼ばれた男の孫だ。傑物かもしれん・・・』

『まだ婚約者がいないらしい。うちの娘をどうだろう・・・』


居並ぶ貴族達のつぶやきが聞こえる。


「静粛にせよ!」


フレッド陛下の声が響き渡る。


「レン・スペリオル改めレン・ウィンダーとして正式に侯爵位を継ぐことを認める。だがまだ7歳と幼いため、後見人としてハワード・スペリオル、ルナ・スペリオル、宰相のジェイク・ギルバード、さらにこの皇帝フレッドの4名が後見人として立つ。領地は、ヨーク領を継承するものとする。レン・ウィンダーはよく学び、良き友を得て、良き侯爵となれ」

「はっ・・ありがたき・・幸せ」


チラッと横目で父母を見ると睨んでます。

背筋がゾッとする程に睨んでます。

目から憎悪の思いが溢れてますよ。

でも流石に新皇帝就任の場で文句も言えず黙っている。

流石にそのくらいの良識はあるようだ。

ただ、裏で何をやっているのかは別だが。


「レン・ウィンダー侯爵下がって良い」


ようやく下がって良いとのお言葉を聞き元の場所に帰ってきた。

お爺様、お婆さまが心配そうな顔をしている。


「レン。大丈夫かい」

「お婆さま、ちょっと緊張しすぎました」

「この後は、1人で動くことはないから大丈夫よ」


優しく抱きしめてくれる。

この後は、爵位順に新皇帝陛下への挨拶となる。

爵位順だから直ぐに順番がやってくる。

今度はお爺様とお婆さまと一緒に陛下の前に行く。

直ぐに挨拶を終わらせて引き上げようとしたらマーガレット皇后様から呼び止められる。


「レン・ウィンダー侯爵。陛下が大切なことを言い忘れたようです」


その瞬間、陛下がとても嫌そうな表情をする。


「別に今でなくても良いではないか・・・」

「陛下の事ですから、きっと話しを後回しにして有耶無耶にしようとされるに違いありません」

「絶対に・・・・やらんと決めていたのに・・・・・」


陛下が何やら小声でブツブツ呟いている。


「な・・何でしょう」

「紹介しましょう。私の娘で第一皇女であるシャーロットです」


陛下の後ろからおずおずと1人の少女が出てきた。

金色の髪を腰まで伸ばした可愛らしい子だが、目に強い意志を感じさせる輝きがある。

自分とあまり違わない年齢に見える。


「シャーロットは、レン・ウィンダー侯爵と同じ年齢になります」


皇后様の言葉の意味が分からずとりあえず無難に挨拶をしておくことにする。


「レン・ウィンダーと申します」


すると、シャーロット様が言葉を返してきた。


「シャーロットです。どうか末長くよろしくお願いいたします」


ゆっくりと貴賓ある挨拶をされた。


「?????」


シャーロット様の言葉の意味が分からず思わず陛下を見る。

陛下は眉間に皺を寄せダンマリだ。

仕方なく皇后様を見ると皇后様が説明を始めた。


「レン・ウィンダー侯爵。上位貴族の子弟は早いうちに婚約者が決まっていることが多い事はわかるでしょう。でも、レン・ウィンダー侯爵は色々とあって婚約者がいない。そこで我が娘シャーロットを、レン・ウィンダー侯爵の婚約者にすることが決まったのよ」


眉間に皺を寄せ苦渋の表情を見せる続けるフレッド陛下。


「エッ・・・聞いてませんが・・・」

「先ほど決まったのだ。儂は嫁に絶対にやるつもりは無いのだ。独身のままでいい・・・擦り寄る虫は抹殺・・汚物は我が火魔法で消毒すべきか・・・・」

「何を言っているのです陛下。これほど素晴らしい話はないと私が説明しましたよね。お忘れですか」


マーガレット皇后がフレッド陛下に苦言を言う。


「忘れてはおらん・・・・だが・・・」

「後で私と再びじっくりとお話し合いが必要ですね。陛下」


ニッコリと笑みを浮かべながらも冷たい目で陛下を見つめる王妃様。


「・・・いや・・・そ・それには及ばない。分かっている・・分かっているぞ。分かっている。これはとても重要な事・・・分かっている。分かっているぞ」


うわ言のように呟きながら思わず陛下は目を逸らす。

よほど怖い目にあったようだ。


「レン・ウィンダー侯爵・・・レン君で良いかしら。この人のことはほっといて良いから。シャーロットのことはよろしくね」


皇后様にそう言われて、自分も如何していいか分からず思わずお爺様を見る。

満面の笑み。

これは知っていた笑みだ。


「実に素晴らしいことだ」


お婆さまを見ると感激の涙を流している。


「これでレンの苦労が報われる」


どうしていいか分からずの隠居されたジェラルド様を見る。


「レン。まさかこんなに可愛い孫娘を泣かせることは無いよな!」


ジェラルド様の目が怖い。

何げに腰あたりで腕を組み、腰の剣の柄に手を添えていらっしゃる。

断ると大事件に発展することは確実。


「・・・実・・実に素晴らしきお話し・・・謹んでお受けいたします」


背中が煤けるどころか汗でびしょびしょだ。


「皆の者聞くが良い。我が孫娘シャーロットとレン・ウィンダー侯爵の婚約が決まった。実にめだい」


ジェラルド様がすぐさま全ての貴族がいるこの場で発表してしまった。

その声を聞くフレッド陛下は渋い表情をしている。

背後からは歓声と恨みと妬みの混じった唸り声のようなものが聞こえる。

きっとシャーロット様を自分の息子の嫁にと考えていた貴族家当主達と、自分の伴侶にと考えていた貴族の息子達の恨みと妬み,そして恋バナ大好きのご婦人達の歓声が入り混じったそんな呪いのような声が城に響き渡っていくのであった。

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