第7話 秘策

皇帝の住まう帝都の城。

城の奥にある皇帝の執務室にハワード・スペリオルはいた。

その部屋には,アラステア帝国皇帝ジェラルド・アラステア,宰相ジェイク・ギルバードの2人だけがいた。


「皇帝陛下におかれま・・・」

「やめろやめろ,ここは俺たちしかい。普段通りしてくれ。お前にそんな真似されると俺が困る。お前のそんな言い回しを聞くと笑いそうになるだろう。背中がむず痒くなるぞ」

「相変わらずズケズケ言うやつだ。ならば,いつも通りにするか」


ハワードはソファーに腰を下ろす。

3人は帝国学園の同級生であり,お互い飾らない性格が合ったらしく私的な付き合いが続いていた。

破天荒なまでに好き勝手に振る舞うジェラルドとハワード。

その2人の手綱をガッチリと握るジェイク。

そんな関係が今も続いている。

3人だけの時の会話は,とてもこの国のトップである皇帝や上級貴族とは思えぬ口調となる。


「2人とも私的な場であるがもう少し言葉を押さえたらどうだ」


呆れ顔のジェイク。


「公的な場と私的な場でしっかり切り替えているから大丈夫だ。だいたい俺に格式ばった言葉は無理だ」

「ハハハハ・・・元公爵とは思えんぞ」

「陛下もです」

「お・・おう・・」


宰相ジェイクの厳しい目に静かにする皇帝ジェラルド。


「ところでハワード。お前の息子夫婦はどうにかならんのか。このままなら残りの他の領地の継承は認められんぞ。貴族としての責任を分かっていない」

「ジェイク。それは儂も分かっているが,息子夫婦は聞く耳を持たん。爵位を継ぐまでは儂の話を良く聞いてくれたんだが・・・」

「上辺を取り繕うの上手かったのでしょう。公爵を継いだことで本性が表に出てきたと言ったところか」


ジェイクの言葉に思わず渋い顔をするハワード。


「生き残ったたった1人の息子のため,甘やかしすぎたと反省している」

元々ハワードには息子が3人いたが、上の2人は昔猛威を振るった感染症で亡くなっていた。


「このままではまずいだろう。領民達や家臣達からかなりの不満が出始めているが,本人達は気にせずに我儘放題だ。諫言するもの達を遠ざけていると聞いている」

「・・・・・」


眉間に皺を寄せ考え込むハワード。


「ハワード」

「どうしたジェラルド」

「お前が引き取った孫がいただろう。どんな子だ」

「とても素直な子だ。とても変わったスキル持ちだ。だが,息子夫婦はそれが気に入らないからと,孫を冷遇して館に閉じ込めていた。危うく殺されるところだった」

「ハッ・・・?実の息子を殺そうとしていただと」


顔色が変わるジェラルドとジェイク。


「閉じ込めていた館の寝室に負の魔法陣をいくつも仕込み,衰弱して自然死。もしくは精神破綻させる気だったようだ」

「本当か」

「元聖女のシンシアと共にハルの館を訪れて,シンシアが天眼で確認した。儂も魔力の流れを見て確認した。間違いない。儂が孫を助けるため強引に引き取ったから,今頃は証拠を消し去っているだろう」

「なんという愚かなことを・・・」

「その孫はレンというが,そのレンのことで重要な話がある」


その言葉を聞いた2人が嫌そうな顔をする。


「ハァ〜聞きたくね〜」


思わず片手を額に当てる皇帝ジェラルド。


「嫌な予感しかしません。私も聞きたく無いですね」


嫌そうな表情をする宰相ジェイク。


「聞かなかったら後で,大変な後悔するかもしれんぞ」

「ハァ〜仕方ない。聞くだけ聞こう。話してくれ」

「レンは慈母神アーテル様の使徒である」

「「・・・・・」」


固まったように動きを止める皇帝と宰相。


「何かとんでもない言葉が聞こえたが・・気のせいか」

「もう一度言う。レンは慈母神アーテル様の使徒だ」

「な・・なんでそんなとんでもない事を・・・本当なのか」

「ジェラルド。シンシアが天眼で確認した。だが,教会に知れると大事件となるため,教会には知らせていない。シンシアも知らせないと言っている」


皇帝はソファーに深くもたれかかる。


「なんで儂の時代に次々と大事件が起きるのだ」

「陛下。起きるものは起きるのです。諦めましょう。この先どうするかが重要」

「ジェイク。お前のその冷静に思考を切り替えられるのは羨ましいな」

「大事件を次々呼び込む陛下とハワードお陰で、いちいち驚いていたら身が持ちません」

「・・なんか自然にデスられているような気がするが・・」

「そんなことを気にしてる場合では無いでしょう。今は使徒様をどうするかでしょう」

「ああ・・・そうだったな」

「先ほど言った通り,元聖女であったシンシアが天眼のスキルで称号を確認した。他にも称号があると言っていた」

「他にもあるのか」


皇帝は顔が引き攣り始めてる。


「ククノチの加護,木と森の精霊の寵愛」

「ククノチとは」

「樹木の神らしい」

「慈母神の使徒で,樹木の神の加護,木と森の精霊の寵愛・・・そんな存在を殺そうとしたものがいる」


皇帝は思わず天を仰いでしまう。


「ジェイク、ジェラルド、教会に知れてみろ,大変なことになる。帝国内で内乱になりかねんぞ」

「確かにそうだ。ハワードのおかげで使徒様を殺すなどという事件にならなくて助かった。礼を言う」

「これからどうするかが問題だ」

「いっそのこと使徒様の存在を公にするか」

「陛下」

「ジェイクどうした」

「レン殿の立場が固まるまでは,公にするのは危険かもしれません。教会が取り込もうと画策する恐れがあります」

「ならどうする。今のままではもっと危うい」

「ひとつ案がございます」

「なんだ言ってみろ」

「レン殿はまだスペリオル公爵家の嫡男となっています。そこをうまく使いましょう」

「どうするのだ」

「ハワードが持っていて使用していない爵位がいくつかあります。その中で最も位の高いウィンダー侯爵をレン殿に与えてしまい。同時にハワードが今持っている領地を継承することを決めてしまえば良いのです。後見人は,ハワードとルナそして宰相である私が後見人に名を連ねれば妨害できません。ウィンダー侯爵領として切り離してしまえば,事実上別の家になりますから口出し不可能でしょう。事情を知らぬものは,スペンサー家の将来への布石と考えるでしょうから問題ないかと。唯一問題が出るとしたら嫁候補が大量に湧いてくることでしょうか」

「ハハハ・・・なるほど,確かにウィンダー侯爵はつかってないな。早速レンに渡してしまうか」

「ハワード,ジェイク。グラハム侯爵が異論を言うかもしれんぞ。奴は口うるさい」

「クククク・・・問題ない。2人とも忘れたのか,グラハムのやつなら儂の舎弟も同じ。丁寧に話せば異論は言わん。じっくりとわかるまで話してやろう」


ハワードの言葉を聞いた皇帝ジェラルドと宰相ジェイクは,学園時代に後輩であるグラハムを顎でこき使っているハワードの姿を思い出していた。

2人は、ハワードの学園時代のあだ名が帝都の魔王であったことを思い出し、グラハムの名を出したことを後悔して心の中で謝るのであった。

『『許せ、グラハム』』

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