第5話 九死に一生
「レン。しっかりしろ。儂が分かるか。レン」
ハワード達は、意識を失い倒れているレンを見つけた。
服は流した血で染まり、さらに泥に塗れてボロボロになっている。
髪も顔も頭と額に負った傷から流れ出た血で汚れていた。
そして体には長い針のようなものが1本刺さっている。
周囲には倒された多くのゴブリンとオークの死体。
大人の人間と同じ大きさで動かなくなり地面に倒れている壊れた木製人形5体。
粉々になった多くの木の盾。
多くのものが散乱していた。
サイラスはレンに刺さっていた長い針を抜く。
「何かの毒が塗ってあるようです」
「なんだと!なんの毒か分かるか」
「毒の種類までは分かりません。ただ、かなり強力な毒の可能性があります。身体中の怪我の状態もかなり酷い状態です。シンシア様がくるまで初級ヒールをかけます」
「頼む」
サイラスは両手をレンに軽く触れる。
そして、初級ヒールを発動させた。
「ヘルコフ。周囲を警戒しろ」
「承知しました」
しばらくするとシンシア達が乗った馬車が到着した。
「これは一体・・・」
周囲に散乱するゴブリンとオークの死体・割れた木製盾・動かなくなった木製人形の残骸に驚いている。
「シンシア。レンを頼む」
シンシアが慌ててレンの様子を見る。
「これはひどい」
「シンシア様、取り急ぎ初級ヒールをかけました」
サイラスの言葉に頷く。
「分かりました。あとは私がやります」
シンシアは天眼で状態を確認する。
レン・スペリオル
体の状態:【極めて危険】
頭部裂傷。腹部打撲。
腹部への強烈な打撲による軽度の内臓損傷。
腹部出血。
肋骨骨折。右腕打撲。左腕打撲。背部裂傷。
出血多量による血液不足状態。
ブラックスパイダーの毒による麻痺状態。
魔力枯渇症状。
「何、ブラックスパイダーの毒!!!これは命が危険だ」
「ブラックスパイダーの毒だと、鬼人オーガも殺すと言われる毒ではないか」
シンシアは、高位状態異常回復魔法エクストラ・キュアと高位治癒魔法エクストラ・ヒールの同時発動を始める。
シンシアは天眼で状態を確認しながら治療を進める。
その時、天眼に映るレン情報に驚く。
称号:
慈母神アーテルの使徒
ククノチの加護
木と森の精霊たちの寵愛
シンシアは称号に驚きながらもレンの治療が先と判断して、この場では何も言わず治療に専念する。
かなり長い時間治療が続いていた。
シンシアの顔から大粒の汗が流れ落ちる。
元聖女とはいえ、回復系魔法を二種類同時発動はかなりの負担になるが、シンシアは何も言わず治療に専念している。
「ふ〜。これでどうにか命の心配は無くなった」
「本当か」
心配そうに見つめていたハワードが声をかけてくる。
「かなり危なかったが、どうにか解毒できた。体の状態も命の危険がないところまで回復できた。ただかなり血を流しすぎている。当分は絶対安静だよ」
「よかった。ただ、ブラックスパイダーの毒と言っていたが」
「普通なら毒を受けたらすぐさま解毒しないと助からない。この子は、毒を受けて少し時間が経過していたにもかかわらず解毒が間に合った。いろんな意味で強い子だよ。さあ、いつまでもここにいるわけにはいかない移動した方がいい」
「儂の館の方に行こう。ハルの館には置いておけん」
「そうだね。あそこに居たら何をされるかわからんからね」
ハワードはそっとレンを抱き抱えると自らの館へと向かった。
ーーーーー
ハワード達は、レンの体に負担を与えないように注意しながら、ハルの館には寄らずに最大限急いでヨーク領の館に馬車を走らせ、ようやく着いた。
館に入ると薄い青色の髪を後ろで纏めたハワードの妻であるルナが出迎えた。
「レンは大丈夫なの」
ハワードに抱かれて眠るレンの姿に驚いている。
レンはひたすら眠り続けている。
「どうしてこんなことに・・・」
最愛の孫のひどい有様に思わず涙がこぼれ落ちている。
「シンシアのお陰でどうにか一命を取り止めた。あとは頼む」
全身が血と泥で汚れているにもかかわらず、ハワードからレンを受け取るとその小さな体をそっと抱きしめる。
「もう大丈夫よ。私たちがあなたを守るからね」
「森の中で魔物に襲われていた。おそらくダニエルとエレンの差し金だろう。ハルの館にあるレンの寝室は、自然死をさせるための魔法陣が隠されていた」
「えっ・・・」
「魔法陣で殺せなかったから森に誘き出して魔物に襲わせたのだろう」
「そんな・・・あそこには魔物はいないはず」
「おそらく、魔物使いが魔物を呼び寄せレンを襲わせたのだろう。どのような戦いが行われたのかは分からん。レンが倒れていた場所には、レンが作り出したおびただしいほどの木製品の残骸と多数の魔物の死体が散乱していた。限界を超えて魔力を搾り出して必死に戦ったのだろう」
「こんな幼い子がそれほどまでの過酷な戦いを・・・」
「さらにレンにはブラックスパイダーの毒が使われていた。シンシアが天眼で確認したそうだ」
「強靭な鬼人オーガも殺す毒ですよ。それがこんな幼い子に使われたのですか」
ルナは驚愕の表情を浮かべる。
「シンシアが解毒してくれた。もう大丈夫だ」
ルナはレンの過酷な戦いを想像してさらに涙を流していた。
「シンシア。この子を救ってくれてありがとう」
シンシアに向かったルナは感謝の言葉を述べた。
ルナの涙がレンの頬に落ちるとレンが微かに目を開ける。
「レン。気がついたの、ルナよ。分かる」
「お・・お婆さま・・・ここは・・・」
「心配いらないわよ。ヨーク領の私達の館よ。もう誰にもあなたを襲わせない。安心しなさい」
「そ・・う・・・よかった・・・」
レンは再び目を閉じて眠った。
ルナは急いでレンを連れて奥の部屋へと向かった。
「ハワード。レンのことで重要な話しがある」
シンシアは真剣な表情を見せている。
「分かった。こっちの部屋に来てくれ」
ハワードは一つの部屋に案内した。
「ルナもいた方が良いだろう。呼んでくるから少し待っててくれ」
メイド達が紅茶を用意する。
紅茶を飲みながら待っているとハワードとルナがやってきた。
2人もソファーに座る。
ハワードは座ると防音の魔法を張る。音の漏れを遮断するだけでなく、唇の動きから話す内容が漏れないように口の部分も見えないようになっている。
「これで大丈夫だ。レンの重要な話とはなんだ」
「聖女や教皇には天眼と呼ばれる能力があることは知っているな」
「ああ、天眼のあることが聖女と教皇の条件の一つだったな」
「天眼の詳しい能力は言うことはできないから省かせてもらう。レンを治療するときに天眼で状態を確認しながら治療をしていた。そのとき、私の天眼にレンが持つ特殊な能力が写し出された」
「特殊な能力?」
「そうだ。レンには、事前に聞いていたスキルの他にレアスキルも含めて数多くのスキルがあった」
「数多くのレアスキルだと。あの子には【木】と呼ばれるスキルだけと聞いていたが」
「隠蔽の魔法がかけられていた。ただ、隠蔽のレベルが低いため、私の天眼で見ることができた。レアスキルの詳しい内容は後で話す。問題があるのは称号と呼ばれるスキルを持っていることだ。これは鑑定の魔眼では見ることができない。教会の鑑定水晶でも見ることができない。天眼を持っていて初めて見ることができるものだ」
「称号だと、初めて聞く。その称号がどうしたのだ」
「普通ではない称号があったのだ。いや、称号そのものがもはや普通ではないスキルだったね」
「普通ではないとは・・・」
怪訝な表情を浮かべる2人。
「レンの称号は
慈母神アーテルの使徒
ククノチの加護
木と森の精霊たちの寵愛」
「慈母神アーテル様の使徒だと」
「そうだ。教会の主祭神であり、恵と豊穣を掌る始まりの神」
「間違いないのか」
「本当のことだ。だが、教会には報告はしないことにする」
「良いのか」
「良くは無いが、報告をあげたら大問題となる。使徒様を殺そうとしたものたちがいる。それが帝国貴族であり実の親となれば、教会の怒りは大変なものになる。レンを教会に引き渡せと言われ、下手をすれば帝国を二分して教会側との戦争になりかねん」
「分かった。称号のことは儂らだけの秘密にしておく」
「いや、皇帝陛下と宰相には話をしておいた方が良いだろう。この先レンを守るためには2人の協力は必要だ。ハワードは親しかっただろう」
「そうだな。分かった。2人には時期を見て話しておこう」
今後の段取りを3人で遅くまで話し込んでいた。
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