第4話 発覚
時は少し戻りレンがミモザと魔物に襲われる少し前
ハルの館前に黒塗りの馬車が到着した。
馬車の周囲には、10人ほどの護衛の騎士達がついている。
馬車は派手さは無いが、かなりしっかりした高級な作りであることが分かる。
馬車からは1人の男性の老人と1人の白髪の老婦人が降りてきた。
男性の方は白髪をオールバックにしていて、目には強い覇気を感じさせる。
体は細身ではあるがしっかり鍛えていることが分かる。
女性の方は聖職者のよく着る服を着ている。
付き従っている護衛の騎士たちも、しっかりと鍛えられていることが感じられる者たちであった。
従者達と共に館へと入っていく。
館のメイド達は、聞かされていない来客に慌てた。
「レンはどうしている」
「レン様は、体調がすぐれずお休み中でございます。お会いすることはできません。どうぞお帰りください」
若いメイドたちはレンに逢おうとしている老人を追い返そうとしていた。
公爵夫人と館の執事から誰にも合わせるなと命じられているため、メイドたちは必死に帰ってもらおうとしている。
「儂が誰か分かって言っているのか」
老人が怒り始めるとそこに館の執事長であるゼスが慌ててやってきた。
「儂を知らぬものばかりとはどうなっている」
「申し訳ございません。ハワード様。私の教育不足でございます」
この老人がレンの祖父であり、前公爵であるハワード・スペリオルであった。
10人ほどの護衛たちを引き連れてこの館にレンの見舞いにきたのだ。
「レンが倒れたと聞いて見舞いにきた。レンの具合はどうだ。いま寝室にいるのか」
「お休み中でございますので、貴賓室にてお待ちいただけますか」
「寝室に直接いく」
「お待ちください。貴賓室にて・・・」
執事長ゼスは、慌てて何度もハワードの前に立ち塞がるように進路を邪魔する。
「なぜ、邪魔をする」
「体調がすぐれずお休み中でございます。何卒貴賓室にて」
「かわいい孫の寝顔を見るだけだ。退け!」
邪魔をするゼスを強引に押し退け一行は奥の寝室に向かう。
ハワード達は,レンの寝室のドアを開けて中に入る。
部屋の中を見たハワードの顔色が変わった。
「こ・・これは・・・どうなっているのだ。シンシア見てくれ」
ハワードはレンが倒れたと聞いて元聖女であり、一流の回復魔法の使い手であるシンシアを連れて来ていた。
ハワードの呼び声で答えて白髪の老女が部屋に入ってくる。
入ってくるなり驚愕の表情に変わる。
禍々しい負の魔力が部屋中に溢れているのが見て取れた。
ハワードは、魔力の流れとその魔力の質を見ることができる魔眼を持っていた。
シンシアは、教皇と聖女が持つ天眼の魔眼を持っているため、天眼の力を使いあらゆるものと人物を鑑定することができる。
シンシアの天眼に映し出されたのは、生命力弱体化魔法陣、思考力弱体化魔法陣であった。
床に隠されている魔法陣が、この部屋で眠る者の生命力を徐々に弱め、思考力を徐々に奪い粗暴化させる。
魔法陣の禍々しい魔力が部屋に満ちていた。
「ハワード。これはあんた知ってたのかい」
「知らんぞ。まさか,このような真似をしているとは・・・」
しばらく呆然としていたが、部屋にレンがいないことに気がついた。
「ゼス。色々言いたいことはあるが、まずレンはどこにいる」
「実は少し前に勝手に屋敷を出られたらしく、使用人たちで探しております」
「ゼス。屋敷のものたちからは、レンの行方がわからない緊迫感のかけらも感じないぞ。本当に探しているか」
「・・・全員には知らせておりませんので・・・」
公爵家嫡男が行方不明になっているのに、探している素振りも感じられない。
ゼスの返答に驚き、事態が緊急を要することを感じ取ると同時に怒りが込み上げて来ていた。
「貴様、それでもここを預かる執事長か!」
ハワードはもはやゼスの言葉を信用できないと判断した。
「サイラス!」
ハワードが同行してきた家臣を呼ぶ。
青いローブを纏った30歳ほどに見える厳つい顔の男が前に出てきた。
「はっ」
「レンの行方がわからん。レンが危険だ。お前の探知魔法で探せるか」
「レン様の魔力は分かっております。直ちに探します」
サイラスは庭に出ると、探知魔法を発動させレンの魔力を探し始める。
薄く広く魔力の波を広げていく。
その間にハワードとシンシアは部屋の中を調べる。
「こいつはひどい。自分の子に,ここまで悪どい真似をするかい」
部屋の中を見ながら,ため息をついてシンシアが呟く。
シンシアの天眼の魔眼、ハワードの魔力の流れを見ることができる魔眼。
2人には部屋に隠されている魔法陣と魔力の流れが見えていた。
おどろおどろしいほどの不快な魔力、敏感な者なら部屋にいるだけで気分が悪くなってくる。
部屋にいるものの命をジワジワと蝕む魔力である。
「息子の育て方を間違えたようだ。儂の責任だ。種類までは分からんが,まさか,床に負の魔法陣を仕込んでいるとは・・・」
「どうやら,生命力を少しづつ吸い取り徐々に命を弱める魔法陣と思考力を弱めて粗暴化させる魔法陣のようだよ。おそらく魔法陣で命を徐々に削り衰弱死させるか,魔法陣の影響で粗暴化させて牢屋にでも放り込んで廃嫡にするつもりだったんんだろう。魔法陣ならば,魔法陣を押さえない限り毒や薬物と違って体に証拠が残らんからね。私らでも無い限り知ることもできないだろう」
「魔法陣の効果は本当か!」
「これでも元聖女だよ。間違いないよ。あの子はこの部屋でどのくらい過ごしたんだい」
「馬鹿夫婦があの子を帝都から追い出して1年ほどか」
「普通ならあの年齢の子が,この部屋で毎日寝ていたら半年も経たずに死ぬことになる」
「なんだと」
「大人なら数年は持つが,あんな幼子だよ。大人よりも抵抗力は弱い。普通ならば数ヶ月で死ぬよ」
「レンは倒れたが無事だぞ」
「理由はわからないが、生命力が人一倍強かったのかもしれないね」
遠巻きに見ている屋敷の使用人の中にいるゼスを呼びつけ睨みつける。
青い顔をしてハワードの前に進み出るゼス。
「ゼス!この部屋の有様はなんだ」
「部屋の有様とは一体・・・」
とぼけるような返答にイラつくハワード。
「貴様,元帝国魔法師団長と元聖女を騙せると思っているのか。この部屋に巧妙に仕組まれたいくつもの負の魔法陣のことだ。これだけの魔法陣を仕込むにはそれなりの手間と時間が必要。この屋敷のもの達が知らぬわけがあるか!主人が間違った行いをするなら命をかけてでも止めよと教えたであろう,教えたことを忘れたのか!ゼス、答えろ!」
「・・・申し訳ございません。ハワード様」
ゼスは九十度に腰を折り,頭を下げ続けている。
「儂は貴様に失望したぞ。若い頃はあれほど聡明であったお前が,何たることだ。昔は,スペリオル公爵家にゼスありとまで噂されたお前が・・・悪の片棒を担ぐとは・・・」
「・・・・・」
「今まで息子夫婦に遠慮して黙っていたが、レン・スペリオルは,今この瞬間よりこのハワード・スペリオルが育てる。異議は一切認めん。あの馬鹿共にそう伝えよ。異議があるなら剣を持って答えてやろう」
「承知いたしました」
「サイラス。まだか」
「もう少し待ってください・・・・・ハワード様見つけました。ですがレン様はかなり弱っており、周囲に魔物が多数おります」
「なんだと、この領内には魔物はいないはずだぞ」
「ですが間違いありません。この反応は間違いなく魔物。レン様の周囲に多数の魔物の気配があります」
「サイラス、ヘルコフ。儂と共に身体強化魔法の速度を最大にしてレンを助けにいくぞ。後の者はシンシアを守って後から来い。レンが危ない急ぐぞ。サイラス、案内をしろ」
3人は疾風の如き速さで屋敷を飛び出していった。
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