第3話 逃げる

レンは朝からリハビリと称して屋敷内を歩き始めた。

当然,神眼を発動させた状態。

通路や各部屋をさりげなく見ていく。

どうやら魔法陣は自分の寝室だけらしい。

屋敷の使用人たちと出会うたびに信用できるのか神眼で見るが,自分に対して信頼や信用・愛情などの表記のあるものは皆無だった。


「レン様,如何されました」


そう言って近づいてきたのは,この屋敷の執事長であるゼスであった。

小太りで髪はだいぶ薄くなってきている。


「気にしなくて良いから,軽い散歩だからいつも通り仕事をして」

「承知いたしました。ご無理をなさいませんように」


去っていくゼスを神眼で見ると


氏名:ゼス

年齢:58

種族:ヒューマン

職業:スペリオル公爵領ハルの館執事長

状態:良好

   憐れみ

スキル:

  生活魔法

  剣術 Lv5

  身体強化 Lv4

  礼儀作法 Lv5

  財務   Lv4

補足事項:(神眼保持者のみ閲覧可能)

 ・公爵夫人の忠実な家臣

 ・レンの監視を命じられている。

 ・レンの境遇に憐れみを覚えているが,仕方

  ないと思っている。


剣術Lv5は凄いとレンは思った。

剣術Lv5からは一流と言われている。

どんなスキルもLv5を超える人はなかなかいないと言われている中で,Lv5がある。

さすが館の執事長を任されるだけある。

  

すれ違う者達は皆,見事なまでの笑顔で挨拶するが,レンに対する目が冷たい。

目が笑っていないのだ。

何処までも冷え切った目をしていて、温かみのカケラもない視線をぶつけてくる。

レンにとっては,これは完全に敵地の中に放り込まれたことと同じである。

憎まれるような事はしていないのだが,聞いたことも無い,さらに,ガラクタにしか見えない木製品を魔力で作り出すとなれば疎まれるのか。

両親の期待に反したスキルというだけで、これほどまでに疎まれ嫌われてしますのかと思うとやりきれない気持ちが心を満たす。

庭に出てみるとどこまでも青い空が広がっていて,鳥が自由に飛んでいる。

いつもなら庭師や屋敷のものたちがいるが、いま周囲には誰もいない。

ゆっくりと庭を歩く。

いつもは鍵がかかり閉まっている庭の裏木戸が、少し開いているのが見えた。

周囲を見渡しながらそこにゆっくりと向かっていく。

ドキドキしながら素早く裏木戸から外に出る。

誰にも見つからなかった。


「ここから出られるのならこのままここを出よう。このままでは確実に殺される」


森に向かって走り始める。

少し走っては休みを繰り返してかなりの距離を走った。


「お腹減った。何か食べるものを持ってくれば良かった」


歩きながら神眼を発動させ木の実を見ていく。


「これは毒あり、これは下痢をする・・・」


しばらく神眼を発動させながら歩く。

しばらくして小さなリンゴに似た果実を見つけた。


果実名:アポー

     食用可

     ほのかな酸味と甘みが特徴


手に届く範囲で取れるだけ取り口に放り込む。

口いっぱいにほのかな酸味と甘みが広がっていく。

食感は完全にリンゴだ。


「これは助かったな」


その時何か物音がした。

慌てて木の影に隠れて物音の方に注意を払う。

何かが近づいてくる。

やがて姿を表したのは背が低く肌が緑色をした魔物ゴブリン。

魔物の中では弱いが凶暴であり、武器を持たない者や弱い人間の子どもならば危険な相手である。


「なぜ、この領内には魔物はいないはず・・・」


ひたすら木の影でじっとしてやり過ごすことにする。

ゴブリンが通り過ぎて見えなくなると反対方向へ逃げようと走り出そうとした。


「どちらに行かれるのですか」


恐る恐る声のした方に振り返ると漆黒の仮面を着けた女が立っていた。

神眼に映るその人物はメイドのミモザであった。


「あなたは誰」


レンは神眼のことを知られる訳には行かないため、あえて何者か尋ねた。


「誰でもいいでしょう。残念ですがここで大人しく魔物に殺されてください」


全身から冷たい汗が流れ落ちる。

思わす後ずさるレン。

そして、走って逃げようとした。


「ゴブリン」


目の前にゴブリンが5体いる。

周りを見ると他にもゴブリンがいる。

ゴブリンの後ろにはオークも何体か見える。


「あらあら、逃げようとしても無駄よ」

「僕をどうするの」

「レン・スペリオルは魔物に襲われて死ぬのよ。残念ね。平民なら長生きできかもしれないのにね。私を恨まないでね。これも仕事なのよ。さあ、お前たちあの子を殺して」


ゴブリンがナイフを手に持ち近づいてくる。


「なんで魔物が・・」

「私は魔物を操れるのよ」

「この領内にはいないはずだよ」

「いないから他から連れてきたの、あなたのためにね。大変だったのよ。だから抵抗せずに死んでね」


ゴブリンが襲いかかってきた。

必死にスキル【木】を使い次々に木の盾と木刀を生み出してゴブリンの攻撃を防いでいくが少しずつ傷か増えていく。

他にも多くのスキルがあるが、まだ使っていなかったため熟練度が全く足りず、スキルに体がついていかない。

体も鍛えていないため、弱い魔物に分類されるゴブリンにすらまともに戦えない。

だが、体は弱く熟練度は全く足りないが剣聖のスキルのおかげで致命傷を受けることなくなんとか凌げている。

木のスキルのLvが低いため、盾が次々に壊されていく。

その時、1匹のゴブリンが体当たりをしてきて、体が小さいため踏ん張れずに吹き飛ばされる。

何度も地面を転がりふらふらになりながらも立ち上がる。

レンの体は、すでに傷だらけであり、頭やひたいからは血が流れ、綺麗な薄い青色の髪は血に塗れ、服は傷から流れ出た血と泥で汚れきっている。

すでにボロボロの体となっていた。

最初は体を隠せるほどの大きな盾を作れたが、もはや小さな盾しか作り出せない。


「魔・・・魔力が・・・・足りない」


今度はゴブリンの蹴りが小さな木の盾をぶち破り、鳩尾に突き刺さり蹴り飛ばされた。

再び、地面を転がっていく。

ゴブリンが笑みを浮かべながら近づいてくる。

蹴り飛ばされた猛烈な痛みが全身を襲う中、頭の中に不思議な声が響く。


『スキル【木】の熟練度が規定値に達したためスキル【木】はLv2になり、派生スキル魔力吸収Lv1を習得。森や植物から一定量の魔力を吸収できます』


慈母神アーテル様に似た声が聞こえてきた。

同時に森の木々や植物の持つ魔力を感じ取れるようになってきた。


「お願い・・・魔力を・・ください」


森の木々や植物から魔力が徐々に流れ込んでくる。

再び木の盾を作り出す。スキルがLv2に上がったため、硬さが20%増しになっている。

ゴブリンが襲いかかってくるが、ゴブリンでも一撃で破壊できない。

だが、それでも劣勢には違いない。

必死に木の盾を作り出し、ゴブリンの攻撃を防ぎ、木剣を作り反撃を繰り返す。

ミモザがゴブリンを操っているように、意のままに動く人形でもあれば、そんな事をふと思った時、その思いにスキルが反応して木の人形を作り出す。

ミモザとゴブリンはすぐさま下がり様子を見る。

スキルで作り出された人形が動く様子がない。


「脅かすんじゃないよ。ただの人形か」


再び、ゴブリンが迫ってくる。

その時、森の中からたくさんの木の精霊が出てきてスキル【木】で作り出された人形に入っていった。


『もっと作って・・・』


木の精霊たちの声が聞こえた。

スキルで木の人形を追加で5体作り出すとその5体にも木の精霊たちが入っていく。


「お願い、敵を蹴散らして僕を守って」

『任せて・・・』


木の人形たちはレンの作る木刀を使い、ゴブリンたちを蹴散らしていく。


「馬鹿な・・こんなことが・・こんなことができるとは聞いてないぞ」


ミモザは、レンの作り出した木の人形たちがゴブリンやオークを蹴散らす様子を驚愕の表情で見ていた。

全てのゴブリンとオークが駆逐されると木の人形たちはミモザを標的にする。

レンは、ミモザに襲い掛かる木の人形たちの攻撃を見ている時に急に左肩に痛みを感じた。

左肩を見ると長く細い針のようなものが刺さっていた。


「ハハハハ・・・これでお前も終わりだ。使いたくはなかったがその針には鬼人オーガでさえ1滴で死に至らしめる毒が塗ってある」

遠くから他に人の声が聞こえてくる。

「レン。無事か〜」

「お爺さま・・・・」

「チッ・・・どのみち終わりだ。さようなら、坊ちゃん」

ミモザは森の闇の中に消えていった。

レンは意識を失った。

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