応援コメント

第35話 カーチスの手」への応援コメント

  • 悲しい生き方ですね。
    本人がそれでいいと言っていても、周りが褒めそやしても、先々振り返れば、そこには虚しさだけしか残っていない気がします。

    サルトルの『嘔吐』⋯実存主義ですか。
    自分は何かと定義付けをして初めて本質を得る、とかでしたっけ?
    戦後の何も無くなった時代だからこそ、求められた主義と記憶しています。
    全員で役割を決めて行かないと、やっていけないぞー!という感じではなかったですかね?
    うろ覚えなので、間違っていたら、ごめんなさい。

    それでも、彼女には、シロナが居てくれて良かったなと思います。
    歯車としての彼女ではなく、個としての彼女を見てくれる存在は、大きいのではないでしょうか。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    喜びだからの『それでいい=それがいい』ではなく、
    ただ諦めの『それでいい』なんですよね。
    すでに虚しさを抱えているような気もします。

    私も専門家ではないのではっきりとは言えませんが、
    実存主義について、何も間違っていないと思います。

    実存主義、有名なワードと言えば
    『実存は本質に先立つ』
    『女は女に生まれるのではなく女になるのである』
    あたりでしょうか。

    おっしゃるとおりの、
    『だから役割を持って社会に参加することでのみ
    人間は人間たらしめられるのだ』
    ということの他に、
    『あなた自身がどんな人か、や、生まれ持った属性・性質は
    関係ない。社会の中での振る舞い、他者からの扱いや認識、
    貼られたレッテル、もっと言うと
    “周囲があなたに求める在り方”があなたである』
    という考え方もあります。

    そういう意味では今回のカーチャはまさに
    『他人が求める英雄カーチス』という実存に
    『一人のタチアナなる人物』という本質を
    塗り潰されたと言える存在なわけですね。

    『嘔吐』と言えば、世界から発せられる森羅万象の
    実存と本質の乖離という違和感におかしくなった
    主人公が、人によっては『世界を破壊する』と評する
    クライマックスを迎えます。

    カーチャ自身は歯車を受け入れていますが、
    もしかしたら世界を破壊してくれる誰かが……


    辺理可付加

  • 宴会会場跡地らしくも、彼女の立場らしくもある「嘔吐」チョイスが良いですね。

    カーチャさんが部下も少女も喜んで踏むような人じゃなくて良かった。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    実存主義の観点で言えば、その残酷さを
    ダイレクトに受けているのがカーチャといえますね。

    逆に他者のことは実存主義的に割り切れず、
    部下や少女を踏めないカーチャは、主人公の
    アントワーヌ・ロカンタンのように苦しむ羽目に。


    辺理可付加

  • 隣で立っておけ、はいいですね😊
    上司部下ではないところで、タチアナさんを見てくれる人がいるなら、閣下も嬉しいですよね。
    いずれ標高のひとつになったとしても、そこに名前を見つけてくれる人がいるなら。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    意外といいこと言うカーチャさん。

    よく上司部下の関係性にカリカリしない上司は
    理想の上司と言われますが、上司側も余計なしがらみは
    ない方がいいに決まってますからね。
    『名もなき一つ』か『確かに生きた一人』か。
    その違いは大きいです。

    追伸:次回で二人の物語もひと段落。


    辺理可付加

  • カーチスも機械を動かす歯車の一つ…
    確かにそう考えると切ないですね

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    戦争とは、人間を人間と考えなくなることだと
    思います。パーツでも駒でも数字でも。
    殺し合おうと札束でやろうと。


    辺理可付加