世界で最後の孤独

@MeiBen

世界で最後の孤独


テレパシーを知ってるか?

言葉にしなくても考えてること、思ってることが伝わる能力。

歴史の勉強は真面目にしなかった。だから大雑把なことしか覚えていない。ずいぶん昔にオレ達のご先祖様はテレパシーの能力を覚醒させるようになった。そして、テレパス人口は急激に拡大し、今やみんなテレパス。


ただ一人だけ。

オレを除いて。


昔は何人かいたらしいけど、みんな訓練で覚醒したか死んだかで、テレパスじゃないのは現在オレただ一人。希少種だ。かっこいいだろ?


みんな思いを伝え合う。オレにはてんで分からない方法で通じ合う。分かち合う。お互いを理解し合う。


オレを除いて。


オレは障害者だ。ちゃんと障害者認定を受けている。テレパス社会でテレパスじゃない人間は普通の生活ができないからだ。

毎月補助金が出る。おかげで働かなくても生きていける。食うにも寝るにも困らない。最高だろ?

でも週一でテレパス教育を受けないといけない。テレパスになるための訓練。かったるいが仕方ない。でもそれだけ、あとは自由。お構いなしだ。テレパスに目覚める気配は一ミリも無い。この理想の生活をまだまだ続けていけるらしいことは確かだ。






駅のホームで電車を待っていた。電車の到着を知らせるアナウンスが鳴り響いた直後、周りの人間たちが急に胸を抱いて苦しみ始めた。別に珍しくもない。よく見かける光景だ。誰かがテレパシーで苦しみを伝えているのだろう。

でもどうして急に?なぜこのタイミングなのか?答えはすぐに分かった。隣に立っていた女が何気なく無邪気に線路へ飛び降りた。まるで子供が飛び跳ねるような感じ。線路に降りた女はこちらを振り返る。無邪気に笑っていた。周りの奴らは胸を抱いて苦しみ続けている。女には全然気づいていなかった。女を見ていたのはオレだけ。だから女もオレを見た。女は相変わらずオレに笑いかける。オレは大声で女に呼びかける。すると女は笑みを消して、子供みたいに大げさに首をかしげた。あれれ?という声が聞こえた気がした。首を戻してオレを見つめる。それから右手を前に突き出して拳を作り親指を立てた。そしてまた無邪気に笑う。

電車が女を通過した。

オレはホームを出た。







テレパス教育はカウンセラーと一対一で行う。テレパスは言語を用いずに意思伝達できるので口語は廃れた。だから、今でも口語を話せるのは一部の人間だけ。専門技能だ。でもテレパスじゃないのがオレだけになったのと同じく、口語を話せるカウンセラーもほとんどいない。この地域では、今の担当の婆さん一人だけだ。もうすでに70歳近い婆さんだが、まだ口語での意思疎通はできた。教育と言っても内容は無く、ほとんど雑談だ。もっと言うと婆さんの話をひたすら聞いてるだけだ。息子の嫁がなんだの孫がなんだのそんな話ばかり。

でもいつだったか言い争いになったことがあった。その日は、オレがテレパスになれない理由が何かという話をしていた。婆さんの決めつけるような物言いが癪に障った。でも、言い争いになったのはその日だけ。それからほどなくして婆さんは死んだと知らされた。テレパス教育はEラーニングに変更になった。ひたすら動画を見て問題を解くだけだ。婆さんのくだらない話を聞くよりよっぽどマシだと思った。









野良犬がいた。よく見かける野良犬だ。

昔は野良犬なんていなかったらしい。みんな飼い犬で、多くの人が犬や猫を飼っていたそうだ。でもテレパシーに覚醒する人が増えてからは、急激に飼い犬や飼い猫は減った。その代わりに野良犬と野良猫が増えた。みんな捨てられたわけだ。なぜ捨て犬が増えたのか?理由は様々に議論されている。でもやはり一番大きな理由は、動物にはテレパシーが通じないということだろう。

人間同士のコミュニケーションの方が容易くなった。人とのコミュニケーションの代用物だった犬や猫は不要になったわけらしい。

野良犬の方もオレに気づいたらしく、こちらを見つめてきた。でもすぐに興味を無くしてそっぽを向くと、公園の方へ歩き去った。この公園があいつの縄張りらしかった。数世代前は飼い犬だったとしても、今生きている奴らは生まれも育ちも完全に野良だ。でも、あいつは比較的大人しい犬だったと思う。近所の子供たちが不用心に触っても、大人しく触られていた。

でも、その日はダメだった。一人の子供が野良犬に噛まれた。野良犬の人形を取ろうとしたからだ。子供が叫ぶ。痛みと恐怖が周りの子どもたちに伝染する。子どもたちは散り散りになって公園から逃げていった。野良犬はしてやったという満足気な表情で、人形を抱いていた。

オレには分かっていた。この後に起こることが。前にも見たから。恐怖は伝染する。そして怒りも伝染する。憎しみも伝染する。それらは分かち合われて結合し強くなって野良犬を襲う。

10人以上の男たちが群れをなして公園に集合した。それぞれがバットやパイプ、竹刀を握りしめていた。男たちは野良犬を見つけると一斉に襲いかかった。野良犬は逃げなかった。野良犬は人形の前に立ち男たちに唸り声をあげた。でもそんなものは効き目がなかった。男たちの一人が野良犬にバットを振り下ろした。次の男も竹刀を振り下ろした。次から次へ、代わりばんこに野良犬に武器を振り下ろす。数巡した後、動かなくなった犬を前にして男たちは勝利の喜びを分かち合っていた。そしてお互いの健闘を讃え合いながら公園を出ていった。野良犬は血まみれになって力なく地面に倒れ伏していた。オレは人形を拾い上げて、子犬の腕の中に抱かせてやった。








オレがテレパスじゃない理由は明らかに遺伝だった。オレの両親はテレパスじゃなかった。だからカウンセラーの婆さんに言われたことに腹がたった。

「あなたが心を独り占めにするから駄目なのよ」

「ああ、そうですか」

「自分の心に触れてもらうこと。触れてもらおうとすること。それがテレパシーの力の源なのよ、分からない?」

「分かる分かる、よく分かる」

婆さんが急にオレの手を握った。そして自分の胸に押し当てた。オレは慌てて手を離そうとした。でも婆さんはオレの手を離そうとしなかった。

「聞こえる?私の心の声。触って欲しいって言ってるの、あなたに触れて欲しいって言ってるの。聞こえる?」

「やめろよ、気持ち悪い。離せよ」

「ちゃんと聞いて。集中しなさい」

婆さんがいつになく真剣な眼差しでオレを見つめた。オレはその眼差しに逆らえなくなった。目を閉じて耳を澄ました。

「集中して。私はあなたに触れて欲しいと思ってるの。私の声を聞いて」

オレは集中した。

集中した。

でも駄目だった。

「ごめん。やっぱり何も聞こえない」

オレは婆さんの手を引き剥がした。婆さんの悲しげな眼がオレを捉える。心底同情するような眼。可哀想で仕方ないという眼。

婆さんがポツリと言った。

「誰の心にも触れられないなんて」

ポツリポツリと言う。

「誰からも触れてもらえないなんて」

オレをじっと見つめて言う。


”誰とも思いを分かち合えないなんて寂しくない?”









オレは川べりが好きだった。よく川べりに来ては、何もせずにぼおっと川の流れをただ見つめていた。とある時期から、爺さんを見かけるようになった。爺さんはオレが近くにいるのを不思議そうに見ていた。オレは見られるのが嫌だったので、爺さんから距離を置いた。でも、どうしてか爺さんはオレの近くに陣取った。何か伝えようとしているのか?でも無駄だ。オレはテレパスなんかじゃない。爺さんは決まった時間に川べりに来ては、決まった時間に帰って行った。

ある日、いつものように爺さんがやって来てオレの近くに座った。その後しばらくして車で女が一人やってきた。車から降りた女は爺さんの手を取って、車に連れ込もうとした。でも爺さんは拒絶した。そして急に爺さんが大きなうめき声をあげて苦しみ始めた。同時に女も苦しみ始める。爺さんの苦しみが伝わったのだろう。オレは二人に歩み寄った。そして爺さんの肩を担いで、女から引き離した。ある程度距離が離れると女の苦しみは和らいだようだった。女は車に乗って引き返していった。でも爺さんは相変わらず苦しんでいる。オレは仕方なく病院まで連れて行ってやることにした。試しに話しかけてみたが、やっぱり爺さんにはオレの言葉は分からないみたいだ。諦めてのそりのそりと病院に向けて歩いていった。数十分ほど経ってからまた車が一台やってきた。今度は人間ではなくロボットが降りてきた。ロボットはこちらに移動してきた。そしてディスプレイに文字を映し出した。娘さんの依頼で病院にお連れするということらしい。さっきの女はこの爺さんの娘だったのだろう。ロボットはオレから爺さんを受け取って、抱きかかえようとした。でも爺さんは拒絶した。ロボットを強く突き放した。ロボットは押された勢いのまま坂を転がり落ちてしまった。オレは坂の下を覗く。壊れたのかロボットは微動だにしていなかった。すると後ろから更に大きなうめき声が聞こえてきた。オレは爺さんの方を振り向く。爺さんはうつ伏せの状態で胸に手を押し当ててもがき苦しんでいた。オレは駆け寄って爺さんを抱き起こす。無意味だと分かっていたが、とにかく話しかけた。こんなにも苦しんでいるのに、なぜロボットを突き飛ばしたのか、なぜ娘を拒絶したのか、その意味が分からなかった。理解できなかった。爺さんはポケットから何かを取り出した。爺さんはそれをオレに誇らしげに見せながら笑いかけた。ペンダントだった。写真が入っていた。爺さんの若い頃の写真。奥さんと二人で隣合って立つ写真。爺さんはそのペンダントをギュッと胸に抱いた。しばらくすると爺さんの顔から苦しみの色が抜けて、安らぎが覆った。オレは爺さんの身体をそっと地面に置いた。













冬のある日。用水路で猫が鳴いているのを見つけた。男はハシゴを使って用水路に降りた。水は膝くらいまでしかなかった。でもとてつもない冷たさだった。男は急ぎ猫の元へ向かった。けど猫は人形だった。ニャーニャーと繰り返し周期的に鳴いている。男は人形のスイッチを切って捨てた。大きな溜息をついてまたハシゴの元へ戻る。そしてハシゴを登ろうと足をかけた瞬間、ハシゴがボキリと折れて落ちてしまった。男は困惑した。ハシゴ以外に用水路から出る手段が見当たらなかったからだ。大声で助けを呼んだ。でも誰にも届かなかった。男の思いは誰にも届かなかった。いつも通りだ。しばらくすると足が痺れて立っていられなくなった。仕方なく腰を落とすと、全身が水に浸かってしまう。冷たさのせいで何も考えられなくなった。

寒い、寒い、寒い

冷たい、冷たい、冷たい

怖い、怖い、怖い

助けて、助けて、助けて

男は叫んだ。心で叫んだ。でも誰にも届かなかった。男の思いは誰にも届かなかった。いつも通りだ。

しばらくすると男は全く動けなくなった。

思考が穏やかになり、思いや記憶が溢れては消える。












なあ?


そんなにいいもんか?


思いが伝わるってのは、そんなにいいもんか?


分からないんだ


みんな当たり前みたいに思いを伝え合う


当たり前のように感情を分かち合う


でもオレには分からない


みんなが笑ってる理由がオレには分からない


みんなが泣いている理由がオレには分からない


なんでオレは笑えないんだ?


なんでオレは悲しくないんだ?


分からない


分からなくたっていいなんて


カッコつけてみるけど


寂しいよ


カウンセラーの婆さんに言われた言葉を思い出す


”誰とも思いを分かち合えないなんて寂しくない?”


寂しいよ


でもどうしたらいい?


寂しいよ


だからどうしたらいい?


みんながやってるみたいに


オレには出来ないんだ


寂しいよ


でもどうしようもないだろ?


考えたって無駄だった


いくら考えたって無駄だった


寂しくない振りをするしかなかった


オレにできることは


寂しがっていないと


思ってもらうことだけだった


強い人だと


思ってもらうことだけだった


いいさ


生きて死ぬだけだ


あの女と同じように


あの婆さんと同じように


あの野良犬と同じように


あの爺さんと同じように


オレもただ死ぬだけだ


生きて死ぬだけだ


それでいい


仕方ないさ


そういう生き物なんだ


それだけのことだ




















男が死んだ日の夜。街に雪が降った。

しんしんと雪が降り積もる。

街の喧騒をかき消して、

ただしんしんと雪は降り積もる。

その夜は、

なんとなく寂しくて、

でもなんとなく暖かかった




終わり


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