死神とガーベラ

快晴といわれるくらいに青い空が広がり、雲一つも見当たらないくらいのとても暑い夏の日でした。

大嫌いな場所で、私と彼は出会ったのです。


真っ赤な髪、真っ黒なスーツ、真っ白な手袋。


こんな暑い日にクールビズも何もなく、本当にきっちりと着込んでいた彼に異様さを感じて、今でも鮮明に記憶に残っています。


「あー……、木南 以千花さん?」


「え……?私を知っているんですか?」


「そうですね、一方的に……ですけど」


「は?」


「貴方を迎えに来ました、木南 以千花さん」


普通なら不信感を感じて、逃げられても仕方のないようなことを言っていたのに、私は、彼のその態度がかえって誠実に見えたのです。

だから話を聞くことにしましたし、彼の話を聞いて彼になら……と心を決めました。



彼の話をする彼女は、とても楽しげで、でも悲しげで何とも言えないような雰囲気を醸し出していた。


「もとから死ぬことなんて怖くなかったですし、あの頃はもう何もかもいらないかとやけになっていたんです」


彼女は、近年稀にみる豪雨でバチバチと音を立てている窓を見つめながら、つぶやいた。


「彼は、きっと死神だったと思うんです。私を、連れて行ってくれるって約束しました。でも、私を置いて行ってしまったのです」


今にも泣いてしまいそうなくらいに声が震えていたが、彼女は続けて「今更、迎えに来てもらえないじゃないですか」と言い切った。

横顔には涙が見て取れた。

 

「僕の、恋人は彼に連れていかれてしまいました」


彼女は、ハッとしたように息を短く吸い込み、ゆっくり吐き出しながら、 「ごめんなさい……」小さくと言った。


死神であろう彼に連れて行かれたという事は、そういう事だ。


「謝ることはないですよ。彼は優しかったから、僕も恨んではいないですし」


「恋人を連れていかれたのに?」   


「生きていて、僕の知らないところで苦しんでいるより、彼に幸せな空間へ連れて行ってもらった方が、安心だと思うんです」

 

「先生は、本当に恋人のことが大切だったんですね。素敵だわ」


僕の話を聞いて、「素敵」という言葉を返してきたのは、彼女が初めてだった。

少しの驚きを感じたが、あぁ、これは彼でもあの時、連れて行くことはできないだろうなと感じた。



病室の外で、彼女が彼に話しているのを聞いていた。


彼女が、ボクに置いて行かれたと悲しんでいたことは知っていた。

それでも、悲しみだけで恨んではいないことも、ボクの存在を諦めてちゃんと、人間的な「一般的な幸せ」を手にしたことも。


ずっと見守ってきた。


「今更、迎えに来てもらえないじゃないですか」


という彼女の言葉を聞いて、あぁ、今でもボクを待っていてくれたんだ。と安心したと同時に、申し訳ない気持ちになった。

あの時、彼女を連れて行けなかったのは、ボクの我儘で、ただどうしても、彼女には幸せになってもらいたいと願ってしまったからだ。

それが彼女の望みかなんて考えもしなかった。


それでも、一度、裏切ってしまったボクを、彼女が今でも待っていてくれるのであれば……


「今でもボクを待っていてくれるならば、ボクが……」


覚悟を決めるためにつぶやいて、病室の扉に手をかけた。



無音で病室の扉が開いいて、無言で彼が入って来た。


なんの魔法か、彼の動作には音がない。


彼は、人差し指を唇の前で立て、何も言うなと僕へ合図し、僕の隣で立ち止まった。


「私、彼のことが好きだったんです。結婚して、子どももいて、孫までいて、何を言っているんだって思われるかもしれませんけど……」


彼女の言葉に、驚く僕と、微笑む彼と、窓から目線を離さずに続ける彼女。

異様な空気が流れている。


そういえば、彼は反射もしないのか……本当に、人間じゃないんだと再認識をする。


数秒の間の後、彼は、三本の真っ赤な花と、一枚の真っ白なメモを、僕に渡し、「今夜彼女に渡してほしい」と書いた紙を見せ、僕の返事も聞かずに、振り向くこともなく病室から出て行った。


彼は、いつもの陰鬱とした表情とはかけ離れた、とても晴れやかな顔をしていた。



先生に彼のお話を聞いていただいたその日の夜。

三本のガーベラと、一枚のメモ用紙を先生から頂きました。


「ゆっくり休んでくださいね」


と、病室から出て行ったあと、メモ用紙を開いてみると、私の一番欲しかった言葉が、私の一番合いたかった彼から届いていました。


「貴方は、私のことを今も待っていてくれたのですね」


「それは、ボクのセリフです。ボクを待っていてくれたのはあなたでしょう?」


私の言葉に、いつの間にか病室で私のベットの真横に立っていた彼が返事としてくれました。

涙があふれて、言葉はこれ以上つむげませんでした。


「もう、逝きますか?ボクはいつでもいいですが」


彼の言葉に、何度も頷き、そんな私の姿をみて、彼は微笑みながら私の手をとりました。


私の体から、魂というのか、何かが抜けて彼とともに別の世界へ歩み始めた感じがしました。



死後の世界へ彼女をエスコートしているとき、彼女はボクに言った。


「こんなおばあさんになっても、迎えに来てくれるんですね。あなたは全く、出会った頃と全く変わっていないのに」


「ボクが望んだんです。あなたが人間としての「一般的な幸せ」を手にするまで生きててほしいって。だから迎えにはボクが来るつもりでした」


ボクの答えに彼女は少し頬を赤らめて微笑みを返してくれた。


「そういえば、どうしてガーベラだったんです?」


「ガーベラは千本槍ともいわれていて、貴方の名前と似ているなと思ったからですよ」


「そうですか」


彼女は今度はにこやかに言って、ボクの手を強く握ってくれた。


本数について触れないということは、きっと彼女はすべてをわかっているんだろうと思う。







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不思議の国 ある @noel0_0

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