Second chapter

「あんたビビらなすぎ。それはウチらのだよ。あの状況を切り抜けられるシティの便利屋の中で、完璧な変装ができるのはアランしかいない」


 アシュリーはうつむいたまま黙っている。

 アランだってことを否定しない。


「事故で姿を消したあんたが何故ブロンソンの娘のフリをして現れた? 脚がないことやデカい報酬との関係は何?」


 キーボードを打とうとしたアシュリーの頭を銃口で小突く。パソコンを使わせれば何をしでかすか分からない。

 観念したのか、アシュリーは指を広げたまま口を開いた。


「……あの事故で、両脚を切断したの。義足じゃ上手く運転できない。一番になれない。私は脚を手に入れるため、ブロンソンの情報を盗もうとして……しくじった。バレてやけになった私がれたのは金だけ」


「で、ウチを使ってシティから逃げようと?」


「……違う。ジェーンに負けたくなくて、負けるくらいなら道連れに死のうと思った。だから嘘の依頼をしてアシュリーになりすました。ここまで来られたのは、予想外」


「じゃあタワーの上にヘリはいないっての!?」


「……ううん。依頼が嘘だとバレないよう、手配はしてある」


「いやあ、おっも。朝っぱらに食うピザ? あんたのケツを追うことしかできなかったウチの身にもなってよね」


 アシュリーのフリをしていたアランはうなだれた。ウチも銃を下ろしてシートに背を預ける。


「あんたほどの奴が予想外って言うんなら、これからもあんじゃない? 予想外のラッキーがさ。今はシティから逃げて、美味いタコスで腹いっぱいにしてから後の事を考えてみたら?」


「……タコスは嫌い。他人事ひとごとだからって、勝手なこと言わな──」

「他人事じゃない」


 強めた語気に、アランの肩が小さく跳ねた。


「一番になって分かった。アランがいないシティは死ぬほど退屈だって。バカみたいにもうかる仕事を片付けても、片足突っ込んだ地獄から帰ってきても、追うものがなきゃなんも面白くない。アランに勝つために1ヤードを詰めて、1マイルを速く走り、1秒を縮める。それが何より楽しいって気付いたんだよ」


 キャップを脱いで、隣の席に身を乗り出す。


「ウチが思うよりも、ウチにはあんたが必要らしい。一緒に逃げてやるよ。から頂いた1億ドルでご機嫌なロードムービーでも始めようぜ」


 笑ってみせるウチに、アランは唇を噛み締めて小さく頷いた。


「行くぞ。しっかり掴まってな」




 館内のセキュリティを掌握している間に、エレベーターで最上階の二つ下へと昇る。

 そこから上は現在空き家の超高級ペントハウス。1億ドルですら買えないバカげた物件の室内は、胸やけしそうな派手さだ。

 屋上に出るには別のエレベーターに乗り換える必要がある。いくつかのドアを抜けてきたが、この部屋の向こうだ。

 開けた内側は真っ暗。フロアの内側に位置しているため窓がないらしい。踏み込みつつ腰に着けたライトを取ろうとしたところで明かりが点いて、目がくらんだ。


「ようこそ、ジェーン・ドウ」


 視界が輪郭と色を取り戻す。

 がらりとした真っ白な部屋に立つのは、スーツを着こんだ壮年の男。


「ジョゼフ・ブロンソン……!」


 張りつけた笑顔が気味悪い――が。

 奴の隣にはさらに吐き気をもよおすモノがあった。

 人より少しデカいミキサーみたいな装置ポッド。ガラスの中は薄黄色の液体で満たされ、一組の脚が漂っている。すねから下しかないが、線の細さと肉付きから見て女のもの。

 “悪魔の手”に相応しい最高のインテリア――いや待て、ヤバい。

 ここに脚があるってことは!


 背負っていたアランが動く。次の瞬間、銃を持つ右腕を中心に世界がひっくり返る。グキリと生々しい音がして手から離れる拳銃。強烈な衝撃と痛みが脳ミソを殴って、自分が腕を捻られ床に叩きつけられたと分かった。

 目の前で拾い上げられる拳銃を取り返そうとするが。


「クソっ……あああ!」


 手が届くより先に左腕を弾丸が貫いて、ウチは再び床に崩れた。

 躊躇ちゅうちょなくウチを撃っていたのは他でもないアラン。冷めた顔で銃を構えたまま、座った姿勢で後ずさっていく。


「あんたら、お友達同士だったってことかよ!」


「お友達? とんだご冗談を」


 ブロンソンはわざとらしく肩をすくめ、懐から取り出したリボルバーパイソンでウチをにらんだ。


「我が娘のアシュリーこそが、アラン・スミシーなんですよ」


「……ただいま、お父様」


 アラン──を演じていたアシュリーが淡々と告げる。じりじりと後退していたが、ポッドを挟んでブロンソンに並んだ。

 両腕と頭をやられて、起き上がることができない。


「……私が撒いた餌に、あなたは引っ掛かった。私をアランだと見抜いてくれた」


「どこまでが本当なんだよ」


「……。全部、嘘」


「ウチはダンサーに転職した方がいいらしい」


 床で潰れたまま自嘲していると、ブロンソンがため息をつく。


「庭を荒らす野良犬にうんざりしていたんですよ。バレていないと思っていたのなら、いかにも畜生らしい頭をお持ちのようで」


「その畜生の頭をふっ飛ばすなら中身が詰まってた方が楽しいでしょ? 教えてよ。あんたらは2年前からグルだったの?」


 アランの仕事の全てを知っているわけじゃないが、最初から息がかかっていたとは思えない。だがブロンソンの支援のせいでウチがアランに勝てなかったのなら相当ムカつく話だ。


「そんなことですか。2ヶ月ほど前のに呼ぶまでは顔も知りませんでしたよ。アシュリーの車を止めるのには苦労しましたね」


 どうやらウチが追っていた時のアランは独力だったらしい。ムカつきが収まった一方で、聞き逃せない言葉が二つあった。

『車を止めるのに苦労した』というと、アランの事故はこいつに仕組まれたものらしい。

 そしてもう一つは、嫌な予感しかしないが。


「収穫?」


「私も若くありませんから、何かと便利な血縁の臓器をキープしておこうかと思いまして。アシュリーの母は秘書として置いておくのも恥ずかしい女でしたが、蒔いた種を一人で育てることだけは出来たようですね。まあ、養育費を求めた時点でが」


「母を殺し娘をパーツ取りに使うって? 交換が必要なのはその脳ミソだよ」


「しかしアシュリーもあの女に似て我が儘になってしまいましてね。立場も弁えずに『死にたくない』と泣くんですよ。私も父親ですし、代案を与えたんです。目障りなジェーン・ドウを私の前で殺せば、他の利用方法を検討すると」


 ウチの言葉を無視してお喋りを続けるブロンソンは、隣に立つポッドへと革靴を鳴らす。

 適当にノックされたガラスの奥で、華奢な脚はただ揺れている。


「相応の難易度が欲しかったので、ハンデとしてアシュリーには両脚をもらいました」


「お人形遊びが好きなら幼稚園プリスクールに通いな。クソが」


「脚を取ってつけるくらい簡単なこと。大袈裟なんですよ、馬鹿馬鹿しい」


 そう言えるのはあんただけだ。腕が使えるなら今すぐ地獄送りにしてやる。

 視線に込めた殺意をブロンソンは嘲笑あざわらった。


「さて、お話はここで終わり。アシュリー、貴女の大事な脚を取り戻すため、ジェーン・ドウを殺しなさい」


 アシュリーは床に座り込んだまま拳銃をウチへと向ける。

 銃口の奥にある表情は何も語らないが、商売敵と自分の両脚、どちらを取るかなんて明白だ。ここが運の尽きだろう。

 それでも、人生の終止符ピリオドを打つのがこいつってことだけは悪くない。


「地獄に行く早さだけはウチの勝ちだな」


 憎たらしい無表情を焼き付けて、目をつむった。

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