デュアル・エンジン(原題:The legs)

綺嬋

First chapter

〈ノロマのジェーン、久し振りだな。俺の唯一のライバルだったテメェにしかできねえ依頼がある〉


「なにが唯一のライバルだっての」


 ウチはあんたのテールランプしか見たことがない言う通りのノロマだってのに。

 アランからのメッセージを自動で読み上げる男の声にムカついて、スマホを右の助手席に放りアクセルを踏み込んだ。

 夜のダウンタウンにV8がえ、苛立ちが尻尾を巻いて逃げ出していく。


 派手に事故った車を残してアランが姿を消してから2ヶ月。仕事にしくじって野垂れ死んだのかと思っていたけど、突然の連絡が同業のウチへの依頼とはね。


〈“悪魔の手”ブロンソンの隠し子をこのシティから逃がしてくれ。ケツを拭けるほどの小遣いをクソ親父から拝借したらヒスったらしく、殺される前に出ていきたいそうだ。報酬は前払いで1000万ドル、仕事を終えればなんとさらに9000万ドルの計1億ドル。テメェもこれで便所の紙には困らねえな〉


 便利屋を始めて以来のデカい報酬だけど、ブロンソンとその子どもならあり得なくもない。

 信号に止められたウチはスマホを拾い添付ファイルを開く。


 アシュリー・ベニング。

 メガネがキュートな、いかにも根暗って感じの女の子。

 母親はブロンソンがCEOを務める医療機器・製薬会社の秘書で、3年前に自殺したとされているけど。


 カーラジオのニュースが耳に割り込む。シティ市警の部署ひとつが全員行方不明らしい。

 そういえば最近、ブロンソンとの関係が噂されていた組織カルテルが逮捕されたのを思い出す。署員たちは報復としてにされたに違いない。


 ブロンソンが“悪魔の手”と言われる所以ゆえんは、バラした人体による違法な移植・再生医療技術にある。法も倫理も完全無視した門外不出の専売特許は現代医療の一歩先を行くと言われ、各界の大物も秘密裏に奴を頼るという。

 今ではシティの裏の支配者フィクサーだ。


 理由はどうであれ、アシュリーの母も自殺に見せかけ消されたんだろう。

 相手にしたら間違いなくヤバい奴。ウチも仕事で何度か邪魔をしてるけど、多分バレてないのでノーカンだ。

 しかしリスクは考慮したい。いつまでに決めればいい?


〈返答期限は今日中だ。気の長い俺に感謝してくれよ?〉


 今は23時57分。これは2分前のメッセージ。


「気の長いって言葉の意味を知らないバカに、1億ドルで家庭教師を雇ってあげる」


 ポニーテールを通したキャップを被り直す。

 アクセルを蹴っ飛ばしてステアリングをブン回した。




 薄汚いシティには、賞金稼ぎと用心棒と運び屋と逃がし屋、あと諸々を足したような便利屋がゴキブリみたいにうじゃうじゃと潜んでいる。

 アランは人と物を運ぶのが専門。2年前にシティに現れてから仕事と車を誰にも抜かれたことがない、最速の便利屋だ。

 イカれた運転技術テクでウチの仕事を横取りするたび、人をバカにしたメッセージを寄越よこしてくる。その姿を見たことはないが、若い男とも婆さんだとも言われている。あいつは変装の達人でも有名だ。


 アランのことは気に食わない。

 でも正直なところ、あいつのいない仕事には飽き飽きしていた。

 アランの背中を追ううちに、ウチも他の奴には追いつかれなくなっていたから。




 指定されたのはドブ臭い旧市街。

 ボロアパートの前にいる人影をヘッドライトが照らした。


「あんたがアシュリーだね」


 車を降りたウチに声なく頷く。


 ウルフカットにそばかす。

 目の下のクマ。

 お勉強ができそうなデカい丸メガネ。


 写真通りの顔をした女の子には、両脚がなかった。


 ノートパソコンを抱えて車椅子に座るショートデニムの脚は膝のすぐ下まで。巻かれた包帯が痛々しい。


「悪いけどあんたのクールな車椅子あしは乗らないよ」


 親指で示すのは、艶消しの黒マットブラックに塗装した2シーターのクーペ。ロングノーズにロングテールのスタイルは唯一無二だ。


「あんたも車好き?」


 メガネの奥で光った目を見逃さない。しかしアシュリーはうつむいて首を振ってから腕を伸ばした。


「……乗せて」


「はいはい――よっと、軽いね。ひょっとしてモデル?」


 声も出せないくらい面白かったようだ。無言のアシュリーを助手席に降ろし、運転席へ戻る。


 アクセルに足を預けた途端、アパートが爆発した。バックミラーでRPGロケットランチャーを捨てた男がSUVに乗り込む。


「パパのお友達も娘の自立を祝ってくれるってさ!」


 ウチはシート下から拾った手榴弾のピンを歯で引き抜き窓から投げ捨てた。爆発を背に通りへ出て、待ち構えている黒塗りの車どもをかわしていく。弾丸が殴りつける音が車内を埋め尽くし、ガラスというガラスに蜘蛛の巣が張る。けれどもチラリと見たアシュリーの横顔に恐怖や不安は微塵もない。この車が防弾仕様だからってわけじゃないだろう。


「あんた、ゲームとかでこういうの慣れてんの?」


「ゲーム? ……うん」


 こいつ今、笑った? それを気にする暇もなく、アランからメッセージが届く。


〈ブルズアイ・アベニュー13thストリート。ヌーベルタワーの屋上まで行け。ヘリを用意してやった〉


「二番手のウチを使って高みの見物か。最高だねアラン様は」


「……なら、手伝ってもらう」


 ノートパソコンを開くと、思わず二度見するくらいの早業のタイピングで何かを始めた。すぐにウチのスマホが震える。


〈アシュリーから聞いたぜ。俺のケツ眺めて興奮してるテメェがよく言えたもんだ。見とけよ〉


 見える信号全てが一斉に赤へと変わった。行き交う車が急ブレーキを踏み、街の交通が止まる。止まらないのは死にたいバカだけだ。


「サンキュー。あいつのケツを叩いてくれたおかげで楽ができそうだよ」


「……ん」


 ノンブレーキのドリフトでコーナーへと突っ込むウチに奴らはついてこれない。左の窓の向こうに見える黒塗りどもにグレネードランチャーをブチ込めば一網打尽ラウンドアップだ。一般人を巻き込まないと神様に誓ってはいるが、殺しに来る奴に容赦はしない。

 派手な花火を見送ったのも束の間、正面には既にSUVの群れ。通れる隙間は車幅一台分もない。ゲームオーバーだ。

 

 ドリフトしたまま縁石に乗り上げ助手席側を浮かせる。アシュリー越しに車の外へ投げたのは攻撃手榴弾コンカッション。爆風によって垂直近くまで傾けた車体なら、わずかな隙間にねじ込める。


「最高のショーでしょ? 観客にチップを貰わなきゃね」


 右タイヤが着地してアシュリーの首が気だるげに揺れる。相変わらずのノーリアクション。鋼の神経が通っているらしい。


 転回に手間取るバカどもを後に、目的地へとアクセルを踏んだ。




「この屋上までいけばゲームクリアってわけだ」


 ようやくシティの中心地にそびえ立つヌーベルタワーまでたどり着き、裏手の路地に車を止めた。

 車内からうかがう通用口には人気ひとけも物音もない。遠くで聞こえるサイレンはウチの後処理だろう。

 ここに来るまで派手にやりすぎた。ショーのアンコールを見たい観客が押し寄せるせいで、車に積んでた武器は空っぽだ。

 自動式拳銃ガバメントのマガジンを抜いて、最後の弾を込めていく。


「……セキュリティは、アランが解除済み」


「ここまでするならウチなんか使わず一人でやれるだろうに」


 装填を終えマガジンをセットしたウチは。

 隣に座るアシュリーのこめかみに銃口を押し付けた。



「――なあ、アラン・スミシー」

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