第27話 二度と
「なっ、そ、そんなバカな……!?」
クルスはバランスを崩し、その場に倒れ伏した。失った左足の方を見て、血の気が引いた表情をしている。
けれど、彼の左足からは出血はしていない――今は、だ。
「クルス」
「っ!」
「警告です。これ以上やると言うのなら、私はあなたにもっと酷いことをせざるを得ません」
警告というより、通告を言うべきか。
クルスの砕けた左足は完全に凍り付いていており、傷口も今は凍っているために止血されている状態だ。
痛みも感じてはいないだろうが、これから酷い状態になる――その前に、私の前から消えろ、ということ。
もう一度、アーシェに手を出すようなことがあれば、これよりもっと恐ろしいことになる。
そう分からせてやったつもりなのだが、クルスの表情はまだ諦めてはいなかった。
地面に手を触れて、隙を見て魔術を発動させようとしている――丸わかりだ。
私は一歩、足を前に出した。魔力が伝播するように地面を走ると、クルスの手を氷漬けにする。
「……!? こ、氷の魔術……!」
「動かない方がいいですよ。下手に動けば、今度は腕が砕け散ることになるので」
私がそう忠告とすると、クルスは観念したように動きを見せなくなる。
身体は地面に氷によって張り付けられ、すでに片足を失った状態だ。
私はクルスの前に立って、言い放つ。
「その怪我では、もう護衛の仕事は無理でしょう。早急に、代わりの者を用意させた方がいいかと。ああ、別に私のことを報告していただいても構いません。ただし、その時は――分かりますね?」
「……っ」
クルスの表情に怯えが見えた。
魔術師エージェントとして、彼にとって私は同格に値しない人間だったのだろう。
それなのに、同じ場所でどうして仕事をすることになるのか――そんなことさえ考えなければ、足を失うようなことにはならなかった。
いや、むしろそれで済んでよかったと言えるだろう。
もしもアーシェが怪我をしていたのなら、今頃クルスはこの世にはいない。
「だ、誰にも言わない。君のことは……だ、だから」
命だけは助けてほしい――そう言いたいのだろう。
この男は狡猾で、あるいは演技をしている可能性もある。先ほど足を失った時点で、戦意は喪失していなかった。
けれど、腕を失う可能性はやはり、魔術師である彼にとっては避けたい事態のようだ。
魔術師にとって『腕』はそれだけ重要なのだ。
もちろん、腕を失ったとしても魔術の行使は可能だが、負担は大きくなる。
クルスはようやく、私に喧嘩を売ることはもう利点などないことが理解できたようだ。――初めから、こうしておけばよかったと思わずため息を吐く。
「……しばらくは出血しないでしょうが、その怪我ははっきり言って重傷です。この薬を飲んで、即刻ここから出て治療に専念しなさい。そして――二度と顔を見せるな」
クルスに向かって、懐から取り出した液体の入った小瓶を投げる。
私の調合した秘薬であり、あれだけの傷でも痛みを和らげることができる。
片足だけでも、クルスならここから誰にも気付かれず、去ることはできるだろう。
くるりと反転して、私は彼に背を向ける。あるいは、この時点で仕掛けてくる可能性も考慮して、式神を周囲に配置しておいたのだが、クルスは何もしてこなかった。
庭園を抜けてから、しばし一人で歩いて、人気のないところで腰を下ろす。
「……私としたことが、冷静さを欠いていましたね」
――そう、反省の言葉を口にした。
クルスにあそこまですることは正直、私にとってもリスクが高い。
下手に学園内で、騒動を起こすべきではないからだ。
私はアーシェの傍から離れるつもりはないし、離れるわけにはいかない――彼女を守ることが、私の使命だからだ。……だからこそ、たとえお遊びのちょっかいであったとしても、アーシェを狙ったことが許せなかったのだが。
「でも――何があっても、私はあなたを守りますから」
たとえ危険を冒したとしても、彼女だけは守り抜く。
その決意は揺るがず、私は立ち上がり、すぐにアーシェを見守るために戻った。
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