第25話 超えてはならない一線

 お昼休みの時間――私は屋上から、驚くべき光景を目の当たりにした。

 アーシェが、女の子と一緒に歩いている。今までのアーシェであれば絶対にあり得なかったことで、確実な進歩だった。


「お嬢様……今夜はお祝いですね……」


 私は思わず感動して、そんなことを口にしてしまう。

 おそらく、こんなことで祝うことなど誰もしないだろうが、私は祝福したい。

 入学前――誰とも仲良くなるつもりはない、とはっきり言っていたのだから。


「隣の子は、さすがにここからでは確認できませんか」


 だが、誰だっていいことだ。アーシェと仲良くしてくれるのであれば、それでいい。

 すでに昼食を終えて、二人で何やらベンチに腰掛けて話しているようだった。

 アーシェが友達を作れるように、あれこれ仕掛けることも画策していたが、その必要もなくなった。

 もしかすると、私が思っている以上に、アーシェは社交的なのかもしれない。そんな風に考えていると、アーシェとその友達の傍に、一人の少年が近づいていくのが見えた。


「おや、まさかもうすでに男の子とも仲良く……? お嬢様、そこまでの成長を――」


 だが、アーシェと少女の動きを見て、その考えはすぐに消える。

 アーシェは、どうやら少年から少女を庇っているような仕草を見せた。

 私はすぐに、鳥型の式神を取り出して、アーシェの傍へと向かわせる。これで、会話を聞き取ることが可能だ。


「ミシアに何か用?」

「あるに決まってるだろ、そいつのせいで恥をかいたんだ!」


 どうやら、アーシェの友人はミシアと言うらしい。


「ん、ミシア……? もしかして、ルーアが護衛を務めている子、でしょうか」


 アーシェの後ろに隠れるような仕草を見る限り、怖がりの印象を受ける。

 おそらくは、あの少女がミシア・ルーディシアに違いないだろう。


「恥をかいたって……あなたが勝手に騒いだだけでしょ」

「うるせえ! そいつが俺に何か仕掛けたに決まってる! 俺はエルデン・ガルヴァーンだぞ! あんな屈辱を受けたのは初めてだ……!」


 なるほど、どうやら授業中に何かしら一悶着あったらしい。

 子供同士の喧嘩であれば可愛いものなのだが、ガルヴァーン家と言えば、フレアード家に並ぶ大貴族の家柄のはずだ。

 あんな小物のような発言ばかりしているところを見ると、かなり甘やかされて育ったように思える。


「だからなに? ミシアが何かしたって証拠もないでしょ。それに、ちょっかいを出していたのはあなたの方じゃない」

「なっ、俺が悪いってのか!?」

「当たり前でしょ」


 強気のアーシェは、私から見ても凛々しく見えた。――彼女の方が、エルデンに比べて何倍も貴族らしく見えるのは、私の考えが少し親バカ寄りだろうか。


「お前……確か、アーシェ・フレアードだったな。フレアード家とは関わるな、とは言われてたが、やっぱり何かしらあるんだな。俺に楯突くとは、いい度胸だ」

「ア、アーシェちゃん、わたしは、大丈夫だから……」


 ミシアはそう言いながら、アーシェの制服の裾を握っている――声は震えているし、とても大丈夫そうには聞こえない。

 子供の喧嘩に大人が割り込むのは、はっきり言ってどうかと思っている。とはいえ放っておくわけにもいかない――何とか、アーシェには穏便に済ませてもらいたいところだが。


「よくないわ。ミシアに嫌がらせをしたところは、わたしが見ているんだもの」

「はっ、そうかよ。あくまでそいつを庇うって言うなら、俺にも考えがあるぜ」


 エルデンは、何やら合図するように手を挙げる。瞬間――私とは別の方向から、『何か』を飛ばす人影の姿が見えた。

 私はすかさず、式神を飛ばした物の軌道上に移動させる。パンッと弾けるような音と共に、私の作り出した式神が弾けた。

 威力はたいしたことはない――が、あれは明らかに『魔術』による攻撃だった。

 ちらりと、視線を人影のいた方角へと向ける。そこにいたのは、私の知った顔であった。


「クルス・ケイレンス……」


 私と同じ魔術師エージェントであり、この学園にも護衛の任務を受けてやってきている男だ。

 今、手を出したのはクルスで間違いない。クルスを雇ったのは、ガルヴァーン家というわけだ。


「ふぅ……」


 私は努めて冷静に、大きく息を吸ってから吐き出した。魔術師エージェント同士――私闘はご法度だ。

 だが、今回に限っては事情が違う。先に手を出したのは、クルスの方だ。


「クルス、あなたは――超えてはならない一線を、軽々と超えましたね」


 ミシリと、目の前にある柵を捩じり、私はすぐに行動を開始した。

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