第23話 セシリアなら

 ――結論から言ってしまうと、やはり学園というのはやはり窮屈な場所だと感じた。入学式の時からそうだ。

 わたしを見る人達の目は冷たく、クラスメートですら、やはりわたしと関わらないようにしようとしているのが分かる。

 セシリアには『努力する』と言った手前、それをすぐに破るつもりはない。

 けれど、こうして授業が始まってから感じる孤独――わたしには、やはり友達などできそうにはない。


「えー、では次のページをめくってください」


 年老いた講師がゆっくりとした口調で言うと、皆がそれに合わせて教科書をめくる。

 わたしは窓の外を眺めていて、少しだけ反応が遅れた。

 魔法の授業だって、セシリアから教われば別にわたしには必要はない。

 きっと、ここの講師よりもセシリアの方が優れている――わたしには分かる。

 だから、授業中もどこか上の空だった。

 もちろん、歴史や語学の授業など、わたしが知らないことを学べる機会はたくさんある。

 それを習ったところで、というのがわたしの正直な気持ちであった。


「……」


 ふと、視界の端に動くものを捉えて、わたしはそちらに視線を向ける。

 机の下――先生から見えないようにして、何やら男の子が前の席の女の子にちょっかいを出しているようだった。

 授業中もふざけ合うような仲なのだろう。そう思ったのだけれど、ちらりと振り返った女の子の表情は嫌がっているように見えた。


「あ、あの……」

「なんだよ?」

「……っ」


 小さな声で話しているようだが、男の子に威圧されて、女の子はすぐに前を向く。

 そのまま、俯くような姿勢になった。

 男の子のいたずらは、そのまま続いている――間違いなく、あれは女の子への嫌がらせだ。

 他の生徒の様子を見る限り、中には気付いている子もいる。

 けれど、見ないふりをしている――嫌な空気だ。

 正直、嫌がらせをされるのなんて、わたしは慣れている。

 それこそ、屋敷では離れでの生活を強いられて、わたしは使用人とすら満足に関わったことがない。関わるつもりもなかったのだけれど。

 わたしはフレアード家の人間だけれど、貴族というものがいまいち分かっていない。だって、他の子と関わる機会などほとんどなかったのだから。

それでも、やはり『誰かをいじめる』ような人間は、必ずクラスに紛れているのだろう。

 標的にするのならわたしかとも思ったけれど、『フレアード家』という名がある意味では、わたしを守ってくれている。

 どう考えても面倒事にしかならないから、わたしは再び視線を逸らして――そこで、セシリアのことが頭を過ぎった。

 彼女なら、今の状況をどうするだろう。そんなこと、考えなくても分かる。

 セシリアは『良い人』で、『正義の味方』みたいにかっこいい。

 だから、困っている人がいればきっと助けるのだろう。

 わたしはセシリアみたいな人ではないけれど……セシリアがそうするのなら――わたしも、そうしたいと思う。

 ノートを一枚切り出して、わたしは術式を刻み込んだ。

 いつもはセシリアからもらう扱いやすい紙質のもので『式神』を作り出すのだけれど、今は手元にない。

 だから、ノートの紙一枚から式紙を作り出す。魔力を込めたそれは、パタパタと形を整えて、人の姿を模す。

 そうして、わたしの手元を離れると、とことこと教室の中を歩き出した。

 とても単純な命令だ。式紙には――男の子のお尻を思いきり叩いて戻ってくるように、と命令した。


「――いたっ! なんだ!?」


 次の瞬間、男の子が声を上げて立ち上がった。

 全員の視線がそちらに向けられる。


「君、授業中に叫ぶとは感心しないね……」

「あ、いや、その……」


 あはは、と教室に笑い声が響き、男の子は顔を真っ赤にしている。

 わたしは小さくため息を吐いて、視線を再び外へと向けた。

 何事もなかったように装い、式神はすたすたとわたしの下へと戻ってくる。

 その後、授業中に男の子は女の子にちょっかいを出すことなく――わたしは少しだけいいことをした気分になった。

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