第22話 相談事

 私はルーアと共に、学園の庭園へとやってきた。そこにあるベンチに腰掛けると、眼前には手入れされた綺麗な花々が視界に入る。

 思わず見惚れてしまうほどで、授業が終わるまでここでアーシェを待つのも悪くない、と考えていた。


「ここ、本当に綺麗ですよね」


 私の隣に座ったルーアも、花の方を見ながら呟くように言う。先ほどまでの明るい雰囲気とは打って変わって、どこか儚げな雰囲気があった。

 ルーアは私から見ても、優秀な魔術師だ。彼女が貴族の護衛として、ここに派遣されることも納得がいく。――相談があるとすれば、まさにここでの仕事のことだろうか。


「そうですね。ここの風景、絵に描いてみたいと思うくらいです」

「あ、それはいいと思います! 授業中は時間もあると思いますし、せっかくならここでわたしも書いてみようかな……?」

「でしたら、たまにはここで一緒に絵を描いてみますか?」

「! ご一緒させていただけたら光栄ですっ! えへへ、こうしてまたセシリアさんと一緒に仕事ができて、嬉しいです!」

「一緒、というのは少し違いますけどね。それぞれ任された仕事がありますから」


 実際のところ、ルーアについては他の魔術師と連携して護衛を務めているだろう、

 対する私は、フレアード家の護衛――ルーアが私の存在を知らず、私の方もルーアがいたことを知らないことがいい例だ。

 同じ騎士団の所属であるにもかかわらず、情報の共有が全くされていない。

 もちろん、魔術師エージェントとして秘密裏に任務に就いているから、というところもあるだろう。

 だが、ルーアもまた私と同じ魔術師エージェントであり、その間であれば本来、情報共有はされるはずだ。

 騎士団長であるヴェインの言葉通り、『他の騎士からのサポートは一切ない』というところだろう。

 私としても、他の騎士も魔術師エージェントも頼るつもりはない。私は――一人でもアーシェを守り抜くつもりだからだ。


「それで、私に相談と言うのは? 仕事のことでしょうか?」

「! は、はい……。えっと、実はわたし、ルーディシア家の護衛としてここに派遣されていまして……」

「ルーディシア――というと、確か魔術の名門の家柄でしたね。すごいことではないですか」

「ありがとうございますっ! わたしも嬉しくて、気合入れてこの仕事を頑張ろうと思ったんですが……その、護衛対象であるミシア様との信頼関係が全然築けなくて……!」


 ルーアは深刻な表情で言い放った。ここ最近、私にも記憶の新しい体験であった気がする。

 護衛対象の信頼関係――向こうが私を護衛だと認識しているかはともかくとして、子供だからといって無条件に信頼してくれるわけではない。

 むしろ、新しい環境になって不安定な時期な可能性も高い。

 今のアーシェも、そんな時期であった。


「信頼関係、ですか。ミシア様は、どういうタイプの子なんですか?」

「どういう……えっと、物凄く内気で、怖がりって感じです。近づいただけでビクッと反応して物陰に隠れるタイプの……」

「なるほど、それは中々に手ごわそうですね」

「はい……。二月ほど前から慣れるようにと一緒に行動させていただいていたのですが、全くその気配はなく……」

「状況は分かりました。しかし、どうして私に相談を?」

「あ、やっぱり迷惑でしたか……!?」

「いえ、そういう意味ではなく。私は別に子供の相手が上手いというわけではないのですが」

「え、でも……昨日、物凄く仲良さそうに歩いているのを目撃しましたよ……?」


 昨日と言うと、一緒に手を繋いで帰った時のことか。

 私は確かに、今はアーシェに信頼されていると言える。

 逆に言えば、彼女が私に依存し始めてしまっている状況でもあった。


「まあ、そうですね。そういう意味だと、ミシア様がどうして怖がりになってしまったのか――それを考えてあげることが大事なのかもしれません」

「! どうして怖がりになってしまったか、ですか?」

「はい。生まれついて怖がりというわけではないでしょうし。なにか起因があったのではないかと。とにかく、ミシア様の不安を取り除いてあげることですね」

「不安を取り除く……なるほど。確かに、わたしはどうにか仲良くなろうとしてばかりで、そこまで深く考えていませんでした……っ! 今日戻ったら、早速聞いてみますっ!」

「いえ、そんなダイレクトに確認するのではなく、慎重にするようにしてくださいね……?」

「あ、そうでした……! が、頑張ります!」


 ルーアはそう言って、先ほどまでとは打って変わって気合の入った表情を見せる。

 それを見て、私も少しホッとした気分になった。

 これくらい、簡単にアーシェの問題も解決できるといいのだけど。

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