第16話 セシリアの想い

 アーシェが学園に通う前夜――私は自室の机に向かって、報告書を纏めていた。

 一度、彼女を狙った暴漢の三人組……彼らは、お金目当てでの犯行でしかなかった。

 つまり、アーシェの護衛としての任務はまだ果たされたことにはならない。

 私に護衛の任務が下されたのは、近いうちにアーシェを狙う動きがあるからだ――そう考えているが、この周辺では少なくとも、大きな動きは見られなかった。

 ……仕掛けてくるとすれば、アーシェが学園に通うようになってからか。

 寮生として、学園の敷地内で暮らすようになれば、いよいよアーシェを守る者はいなくなる。

 そう、『敵』も考えているのかもしれない。


「もっとも、敵がいるかどうかも分からないのですが」


 ポツリと私は呟いて、纏めた報告書に魔力を込める。

 すると、パタパタと報告書は折れ曲がっていき、紙で構築された『鳥』へと姿を変えた。

 窓から外へと、鳥は飛び出していく――式神は便利な魔術だ。


「さてと、次は……」


 私は机の引き出しから、また別の紙を取り出す。

 そこに記されているのは、学園の敷地内の詳細が記されたもの。

『敵』が来るとすれば、どこから攻めてくるのか。学園の警備として薄くなりがちな場所はどこか。私が待機していて、アーシェの安全を確保するにはどうすればいいか。逃げる時は、どの通路を使えばいいか――など、事前に確認しておきたいところは山ほどある。

 もちろん、すでにある程度の目星はつけてある。

 明日は、実際に魔術学園内を歩いて、アーシェを守るためにできることをしていくつもりだ。


「けれど……」


 私がいる限り、アーシェに怪我をさせることはない――その自信はあるが、問題は彼女の方だ。

 この一月ほどで、アーシェは私に心を開いてくれた。

 それは本当に嬉しいことだし、私もそうなることを望んでいたので……それはいい。

 けれど、彼女自身は『私さえいればいい』という気の持ちようになってしまった。

 これから魔術学園に通って、多くの学友と出会う上で、その考えはよくはない。……といより、非常にまずい。

 できれば、アーシェには学園で多くの友達を作ってもらいたい。

 彼女は一人ではないのだ――そう、知ってもらいたいからだ。

 けれど、彼女から歩み寄る気持ちがなければ、それは絶対に望めないことだろう。

 少なくとも、アーシェと同じ学年に通う子達には、『アーシェの出自』ついて知らされている者も多いはず。

 それが真実か偽りか、など関係はない。子供達の親から教わったことは真実となり、きっとアーシェには自ら近づくようなことはしないだろう。

 だから、彼女自ら歩み寄る姿勢を見せなければならないのだ。

 ……だというのに、学園に通う前日になっても、彼女の心は変わらない。


「私を頼ってくれるのは、本当に嬉しいんですけどね」


 小さくため息を吐いて、私は地図に印をつけていく。

 この命に代えてもアーシェを守り抜く――その気持ちに嘘はない。

 それは、『魔術師エージェント』としてではなく、セシリア・フィールマンとして『彼女』との約束を果たすための覚悟だ。


「お嬢様のために、私にできることをしましょうか」


 そう決意して、夜は更けていった。

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