第11話 距離感

 ようやくアーシェとの距離を少しは縮めることができて、私はホッとした。

 翌日からはある程度、普通に話すことができるだろう。

 そう思っていたが――


「……」


 私は洗濯物を干しながら、ちらりと視線を後方へと向ける。

 そこにはアーシェの姿がある。

 彼女は私を家の中から隠れて見るのではなく、堂々と私の傍で見るようになっていた。

 それだけなら、別に気にすることもないだろう。

 私の傍で仕事を見ているだけなのだから、むしろ微笑ましいくらいだ。

 それくらいの関係を、私は望んでいた。

 けれど――その距離感は異様に近くも思える。

 少し離れたところではなく、明確に近いのだ。

 それこそ、私が手を伸ばせば届くくらいの距離に、ぽつんと座っている。

 別に、注意するようなことでは全くないのだけれど、気にはなってしまう。


「お嬢様」

「なに?」


 話しかければ、以前とは違って普通に返事をしてくれるし、表情も随分と柔らかくなった。……こんなにもすぐ距離感など縮まるものだろうか。


「私は洗濯物を干しています」

「うん、知っているわ」

「えっと、見ていて楽しいですか?」

「終わるのを待っているの」


 私の問いかけに、そう答えるアーシェ。

 待っているだけならば部屋にいればいいと思うのだが――それが、彼女の距離感なのだろう。

 こうやって接してきた相手がいないために、他人との距離感が分からない。

 これはつまり、私への『信頼』の表れであり、同時に彼女は不安視しているのだ。

 傍にいなければ、私がいなくなってしまうのではないか、と。

 随分と素直になってくれたのはありがたいが、逆に仕事をずっと見られているというのも落ち着かない気分ではある。

 ただ、ここで彼女を無下にするわけにもいかない。

 せっかくこうして距離を詰めてくれているのだから、私も答えなければならないだろう。


「もうすぐ洗濯物は終わりますが、私と何かしたいことはございますか?」

「したいこと……それなら、一つある」

「何でしょう?」

「セシリア、わたしに魔術を教えてくれるって言っていた。だから、わたしに教えてほしいの」

「! ほほう、お嬢様はやはり、魔術に興味を?」

「来月には通うことになるから。やっぱり、少しはできた方がいいかなって」

「もちろんお教えしますよ」


 私が微笑んで答えると、アーシェも少しだけ笑顔を見せた。

 そうして彼女は私の傍に近寄って来ると、腰の辺りを掴んでくる。


「お嬢様?」

「早く終わらせて」

「はい、承知しました」


 私は再び洗濯物の続きを始める。

 ……どうしよう。すごく、懐きすぎの気もする。

 昨日までは、まるで拾ってきたばかりの野良猫と言わんばかりに、ただ威嚇を受けていたはず。

 なのに、今はこうして私に率先してスキンシップを取ってくる。

 洗濯物を干しながら、ちらりとアーシェの方に視線を送る。

 こちらの視線には気付いていないが、私の足元でせっせと動く式神に興味があるようで、ジッと見つめていた。

 初めて、きちんと近くでアーシェの姿を見ている気がする。

 ……やはりとても可愛らしく育っている。

 思わずその頭の上に手を置いて撫でてやりたくなるが、今はまだ仕事中だ。

 洗濯物が終わるまで、アーシェは私の傍から離れることはなかった。

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