第10話 約束

 家に戻って、私はアーシェを連れて浴室の方へと向かった。

 服も汚れてしまっていたので、一度身体を洗うことにしたのだ。

 アーシェは特に嫌がる素振りも見せず、素直に私の指示に従って服を脱いだ。

 純白の肌を見て、私は思わずポツリと呟く。


「お綺麗ですね」

「……そんなことない」


 否定はするが、やはり嫌がっている様子はなかった。

 私もその場で服を脱いで、裸になる。

 すると、私のことを見て、アーシェは少し驚いた表情を見せた。


「傷、すごい」

「ああ、これですか。大分昔のものですが。まあ、事故みたいなもので」


 肌に残る傷のいくつかを見て、そんな風に思ったようだ。

 特に大きなものになると、『背中』の傷は目立つだろう。

 これらは全て『仕事』によって負ったものであるが、わざわざ彼女に教える必要もないことだ。

 先ほどお風呂に入ったばかりだから、髪は軽く洗い流すだけでもいいだろう。

 お湯の準備をしていると、


「……どうして、助けに来てくれたの?」


 そんな風に、アーシェが切り出した。


「先ほどお答えした通り。私はお嬢様の世話係だからです」

「それだけで、あんなことする人なんていない。ううん、いなかった」

「では、私はお嬢様にとっては『初めての世話係』ということになりますね。あれくらいのこと、私ならば造作もありません」


 だから気にすることなどない――そういう意味で言ったつもりなのだが、アーシェは暗い表情のまま答える。


「……ごめんなさい」


 そんな謝罪の言葉だった。

 謝る必要などないのだけれど……これは彼女なりのけじめなのだろう。

 だから、私もそれを受け入れる。


「はい、大丈夫ですよ。お嬢様に怪我がなくて、私は嬉しいです」


 笑顔で答えるが、その後に言葉は続いてこない。

 私はアーシェの身体を流し始める。今までの態度もあってか、私に対してどう接したらいいのか分からない、という様子だ。

 それならば、以前のように私の方から歩み寄るだけでいい。


「ですが、夜道に一人で出歩くとああいう輩に出くわすことになります。今後はこのようなことがないように」

「……うん」

「まあ、私も反省するところはあります。危険な時に、お嬢様の傍にいられませんでしたから。なので――今日からです。今日から、私が傍で貴女を絶対にお守りします」

「……守るって、世話係なのに?」

「ふふっ、私は腕に自信がありまして……まあ、あれくらいの男達なら私の実力なら指一本でも倒せます」

「! 本当に? セシリアはそんなに強いの?」

「はい、強いですよ。私はこの国の誰よりも強いので。そんな私が、今日からお嬢様を絶対に守ると言っているのです。もう怖い思いはさせません――約束しますよ」

「……約、束」


 その言葉に、アーシェは少し戸惑いを見せているようだった。

『ずっと一緒にいる』――そう約束した母親すら、彼女の前からいなくなった。

 仕方のないことだったとしても、唯一の拠り所であった母の存在は、アーシェにとっては大きすぎるのだろう。

 だから、そうだ――まずは私が、彼女の拠り所にならなければならない。


「私は嘘を吐きません。たとえ世界を敵に回したとしても、私が貴女を守り抜きます」

「……っ。本当に、信じていいの?」

「はい、信じてください。何があっても必ず、です」

「……そこまで言うのなら、うん。セシリアは、わたしを助けてくれたから。わたしも、あなたのこと、信じる」


 どこかぎこちないけれど、アーシェがそう答えてくれた。

 メイドとして彼女の傍について一週間。ようやく、私は彼女に認められたのだった。

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