第6話 それぞれの夜

 夜になって、私は一人自室にいた。

 昼食と夕食については野菜を減らしてアーシェに合わせる形にしたところ、残すことなく食べてくれた。

 ただ、今日のところは彼女との距離感に進展はない。

『一緒にお風呂に入ろう作戦』に至っては、「嫌だ」の一言で拒絶されてしまった。……まあ、それでは断られるとは思っていたけれど。

 アーシェが難しい年頃だから――そういう理由だけであればよかったのだけれど、周囲の人々が距離を置くだけでなく、アーシェ自身が他人との関わりを拒絶している。

 おそらくは、元からそうであったとは考えにくい。

 アーシェの『噂』については広まり始めたのは、おそらく彼女の母――ルミリエ・フレアードが亡くなった頃からだろうか。

 少なくとも、アーシェとルミリエの関係は良好であった。

 ルミリエの存在はアーシェにとっても大きいものであり、心の支えでもあったはずだ。

 そんな彼女がいなくなってしまい、アーシェは孤独となってしまった。


「……私が早めに何とかするべきだったかもしれませんね」


 小さくため息を吐いて、私は窓の外に目をやる。

 月明かりがいい具合に部屋の中を照らしてくれるので、灯りは消してしまっても問題なさそうだ。

 家事全般については、特に問題なく終わらせることができている。

『メイド』としての役割は果たせているだろうが――私が彼女の傍にやってきたのは、そのためだけではない。


「本当に、あなたがまだ生きていれば、良かったんですけれどね」


 古いペンダントを手に取って、私は小さく呟いた。今更、そんなことを言ったところでどうしようもないことだけれど。


「まあ、明日も頑張って――っ!」


 そろそろ休もうと思って立ち上がった時、何か視線のようなものを感じた。

 アーシェのものではなく、視線も私に向けられたのはほんの一瞬だ。すでに気配も感じられない。


「……仲良くなるのもそうですが、私の仕事も忘れてはいけませんね」


 私は改めてそう認識して、今日は就寝することにした。


 ***


 わたし――アーシェ・フレアードにとっては、一人でいることはもはや当たり前のことだった。

 いつからか忘れてしまったけれど、母がいた頃にはまだ……わたしも使用人とは仲良くできていたと思う。

 けれど、気付けばわたしは一人になっていた。

 それでも構わずに、わたしは生活を始めたのだ。

 別に一人になったって、何も変わらない。

 むしろ、『失う』くらいなら一人の方がいい――そう思っているくらいだ。

 だから、最近は楽だったはずなのに……わたしの家に、変なメイドがやってきた。

 部屋の窓から覗いた時、若い女性の人だったから、新しい使用人に屋敷の説明でもしているのかと思った。

 念のため鍵を閉めておいたら、彼女はわざわざ部屋までやってきて、『世話係になった』などと言い始めたのだ。

 ――そんな人なんていらないから、わたしは拒絶の意志を示すために返事もしなかった。

 しばらくすると気配も消えて、すぐに諦めたのだと思った――それなのに、窓をノックする音がして振り向くと、そこには先ほど見たメイドが窓のところにいた。

 あまりにあり得ない光景すぎて、けれど『落ちたらまずい』から、わたしは部屋に入れることにした。

 会うつもりなんてなかったのに、彼女は慌てる様子もなく、優雅に挨拶をして見せる。

 名前は――セシリア・フォールマンと言っていた。

 しかも、わたしに会ったことがあると言う。

 わたしにはそんな記憶は一切ない。

 それくらい、前に会ったということなのだろうか。

 気になるけれど、関わりたくない気持ちの方が大きくて、わたしは結局話をしなかった。

 けれど、他の使用人と違って、あのメイドは勝手に部屋にまで入ってくる。

 明確に態度で示しても、わたしの毛布を無理やり引き剥がしたり、着替えをさせるとまで言ってきたりした。……あんな強引なメイドは見たことがない。嫌いな野菜の話までしてきた。

 けれど、絶対に何か企んでいる――そう思って、彼女の部屋に行ったけれど、特別なものは見つからなかった。

 ただ、セシリアは魔術に長けていた……少し離れたところから見ても、それはわたしにも分かる。

 魔術を使って家事をするメイドも、わたしは見たことがなかったからだ。

 さらに、あの一言。


 ――お嬢様は、魔術がお好きですか?


「……本当に、何であんなこと、聞いてきたんだろう」


 ただ疑問であった。

 わたしが魔術を好きかどうかなんて、メイドが気にする必要あるだろうか。

 それどころか、魔術を教えるとまで言ってきて……何なのか全く理解できない。


「魔術なんて、わたしは嫌い」


 そう答えればよかったのに。


 ――アーシェの魔術は、とても綺麗ね。


「……お母様」


 その言葉が忘れられなくて、だからわたしは言えなかった。

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