第5話 確認できたこと

 食事の片付けを終えた私は、早々にアーシェのいる部屋へと向かう。


「お嬢様、少々お話があるのですが」


 ノックをしても返事がないのは当たり前なので、一度断ってから部屋へと入る。


「失礼致します」

「……」


 ちらりと、私の方に視線を向けて、アーシェはベッドに座っていた。

 どうやら隠れたところで無駄ということも理解してもらえたようだ。

 嫌そうな表情を浮かべるのが、少しいただけないくらいだろうか。


「お嬢様、お返事くらいはしていただかないと困ります」

「……わたしには構わないで」

「そうは参りません。私から、お嬢様に言っておかなければならないことがございます」

「……?」


 私の言葉に、アーシェは怪訝そうな表情を浮かべた。

 私の言っておかなければならないこと――それは、朝食の件だ。


「まずは、私の言葉に従って朝食を摂っていただいたこと、感謝致します」

「別に、あなたのためじゃない」

「そうですか。……ですがお嬢様、好き嫌いが少し多いのではないでしょうか」

「!」


 アーシェは少し驚いた表情を浮かべて、私の方を見た。

 どうやら、そんなことを言われるとは思っていなかったらしい。

 だが、すぐに不機嫌そうな表情を浮かべて、


「……別に、好き嫌いなんてしてない」


 嘘を吐いた。

 不機嫌な表情の中に、動揺を隠しきれていない。

 お腹がいっぱいで残したというのなら分かるが、量は決して多すぎるということはなかったはずだ。

 サラダを中心に残しているのだから、明らかに嫌って食べなかったとしか思えない。

 私の言いたいところは、そこにある。


「好き嫌いをしていない? では、お昼には先ほど残したお野菜を出してもよい――そういうことですね?」

「っ」


 先ほどよりも、さらに不機嫌な表情を見せるアーシェ。

 まあ、彼女の残した朝食についてはすでに私の胃の中にあるので、お昼は全く別のものになるのだが。


「それなら、もう食べない」


 アーシェはそっぽを向いて言う。……なるほど、そういう手もあるか。

 けれど、こちらとて引くわけにはいかない。


「何故です? 好き嫌いをしていないのであれば、食べられますよね?」

「それは……あなたの料理が不味いからっ」


 アーシェが睨みつけるようにして言い放った。

 いつもよりも強い口調であったために、私は少し驚いて彼女を見る。

 すると、アーシェの方も少し動揺した表情を見せた。


「あ……」

「なるほど、私の作った朝食は不味い、と」

「……」


 今度は沈黙。

 表情から見るに、私に対して少し罪悪感があるらしい――やはり、まだ彼女には素直なところがあるようだ。

 それが分かっただけでも、良しとしよう。


「承知致しました。では、お昼は美味しく食べられるように誠心誠意、努力致します」

「し、しなくたっていい」

「そうはいきません。お嬢様に満足していただかなければ困りますので」

「……困らないでしょう。わたしが食べなくたって、別に」

「食べないと大きくなれませんよ?」

「だったら何なの。それこそ、あなたには関係ないじゃない。もういいから、早く出て行って。あなたといると疲れるの」


 またしても、対応がだんだんと冷たくなってくる。

 やはり簡単に距離を詰めることはできないか。

 けれど、もう一つ確認しておかなければならないことがある。


「出て行く前に、一つだけ」

「……なに?」

「お嬢様は、魔術がお好きですか?」

「――」


 アーシェは私の方に再び視線を向け、目を見開く。

 魔術についての質問が来るとは思わなかったのか。少しの静寂の後、彼女はゆっくりと口を開く。


「……何で、そんなことを聞くの?」

「最初に申し上げました通り、私は来月からお嬢様が通う魔法学園に同行させていただきます。実は、私は魔術にはそれなりに自信がございまして。もしよろしければ、私から――」

「いい。あなたから教わることなんてない」


 私の言葉を遮って、アーシェはきっぱりと言い放つ。

 まあ、素直に教えてほしいと頷くとは思っていない。

 ただ、反応を見る限りでは、魔術が嫌いというわけではなさそうだ。


「では、いつでもお声掛けください。お教えする準備はしておきますので」

「いらない。早く出て行ってっ」


 私はアーシェの部屋を出て行く。

 一先ずコミュニケーションは取れたが――


「そちらの進捗はなし、というところでしょうか」


 小さくため息を吐いて私は歩き出した。まだ二日目とはいえ、このままだと入学までに仲良くなるなんて不可能だろう。……もう少し踏み込んだ話もした方がいいのだろうか。ただ、


「お昼は少し、野菜少なめにしておきますか」


 それだけはアーシェに譲歩することにした。

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