第4話 気になるご様子

 どこからともなく向けられる視線を感じながら、私は洗濯物を干していた。

 まあ、大体の位置は掴めている。

 アーシェの部屋からだ。

 私が洗濯物に取り掛かっている間に食事を終えて部屋に戻ったのだろう。

 ちらりと私が部屋の窓の方に視線を送ると、サッとアーシェが顔を隠すのが見える。


「恥ずかしがり屋さんですね」


 多少は私に対して興味が出てきたようだが、いざ話しかけるとおそらく拒絶されてしまうだろう。

 昨日の態度を見る限りでは、少なくともアーシェは使用人が近くにいる時は、部屋から出ようとはしない。

 しかし、私は他の使用人とは違い、離れで一緒に暮らすメイドだ。空いている部屋を一つ使わせてもらっている。

 あとは、どうアーシェとの距離を近づけるか、だ。

 今の距離感でも、私ならば彼女を守ることはできるだろう。

 しかし、護衛の対象に嫌われたままというのは、何かと不便なことには違いない。

 それに……私はもっと彼女との距離を縮めたいと思っている。


「十歳となると……何が好きなのでしょう」


 だが、問題となるとは少女趣味というのが、私には理解できないことであった。

 幼い頃から『そういうこと』とかけ離れた生活を送ってきた私にとっては、貴族どころか普通の女の子の遊びというものがいまいち分かっていない。……まあ、それを教えてくれる人はいたのだけれど。

 部屋を見る限りでは、おそらく彼女はまだ可愛らしい人形などには興味があるのかもしれない。

 随分と古くなってしまった物を、大事に手元に置いているようだ。


「……とはいえ、人形遊びはさすがに幼すぎるでしょうか。それに、いきなり言っても拒否されるのは当然でしょうし。いっそ、式神のダンスでも披露したら喜んでくれると思いますか?」


 そんなことを言いながら、私は次に干す洗濯物を手に持って掲げる式神に視線を送る。

 ペラペラとした動きをするだけで、返答など返って来るはずもない――それに、彼女が魔術に対して興味があるかも分かっていないのだ。

 ――むしろ、嫌っている可能性だってある。

 フレアード家は『炎属性』の魔術を得意としているのに、彼女が得意とするのは『氷属性』。

 それが、アーシェが孤独となってしまっている大きな原因であり、故に彼女は――その元となってしまう魔術を毛嫌いしてもおかしくはないだろう。

 個人的には、魔術に興味があるのならば、それを教えるくらいが一番仲良くなれる近道なのだが。


「……考えたところで始まりませんし、これが終わったら食器を片付けて、まずはアプローチを仕掛けてみましょうか」


 そう決心して、私は洗濯物をさっさと片付ける。

 私に向けられていた視線は気付けばなくなっていて、洗濯物を終えて離れの方に戻る。

 すると、バタバタと慌てた音が耳に届いた。慌てて階段を上がっていくアーシェの姿が見える。


「もしかして、私の部屋に潜入を?」


『私の部屋』には、現状は特別な仕掛けを施していない。

 万一、アーシェが入り込んで『何か』してしまうことを防ぐためだ。

 しかし、二日目にして早速彼女は私の部屋に忍び込んだらしい。

 どうやら、私が何者なのか――かなり興味を持っているようだ。


「ふふっ、気になるなら直接聞いてくださればいいのに……」


 そんなことを呟きながら、私はリビングの方へと向かう。

 私が気合を入れて作った朝食は――余裕で残されていた。……主に野菜を中心に。


「……なるほど。子供扱いはいけないことではあるかと思いますが、先にこれは注意しないといけないかもしれませんね」


 小さくため息を吐いて、私はアーシェの残した野菜を一つ口にする。

 味付けは完璧だった。

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