第2話 ご挨拶

 屋敷の前に立った私が抱いた感想は、『相変わらず大きい』であった。

 けれど、以前とはそれほど変わってはいない、というのも私が持った気持ちだ。

 さすがは公爵家のフレアード、というところだろうか。

 屋敷の前で出迎えてくれたのはメイド長であったが、他に屋敷に仕える使用人との挨拶は追々のことであった。

 そもそも、私は他のフレアード家に仕える者達とは根本的に役割が異なる。

 私はあくまで、アーシェ・フレアードに仕えるメイドという立場だ。

 メイド長に離れの方まで案内され、早速そちらの方へと向かう。

 こちらも屋敷ほどではないけれど、一人で住むにはそれなりの大きさだ。

 ここがアーシェの暮らす家であり、彼女と一緒に暮らしている者はいないという。

 メイド長を含めたベテランの使用人が離れの掃除など、日常生活を含めたお世話をしていたとのことだが、今後は私がすることになる。

 もっとも、ここでの生活は来月までで、学園の寮で生活することはすでに決まっていることだ。

 私は離れに入ると、早速アーシェのいる二階の部屋へと向かう。

 私がすでに入ってきていることには気付いているだろうけれど、顔を出すこともしない。

 部屋の前に立ち、ノックをしてみる。


「アーシェお嬢様、本日より貴女様の世話係を仰せつかりました、セシリア・フィールマンと申します。ご挨拶に伺いました」


 だが、部屋の中からは返事がない。

 私は再びノックをして確認する。


「お嬢様?」

「……」


 部屋の中に人の気配はある――つまり、私のことを無視しているのだ。

 人見知りなのか、あるいは新しく来たばかりの私を信用していないのか……どちらか分からないが、少なくとも部屋から出て来ようという気配はない。


「お嬢様、失礼致します」


 私はそう言って、部屋の扉を開けようとする――だが、ガチャリと音が鳴って引っかかってしまう。

 どうやら、扉には鍵が掛かっているようだ。

 私は聞く耳を立てるようにして、扉の前に立つ。……寝息が聞こえるわけではなく、どうやら息を殺して様子を見ているらしい。

 無視をしていれば、私をやり過ごせると思っているようだ。


「なるほど。お会いする前から、随分と嫌われてしまったものですね」


 私は小声で呟きながら、小さくため息を吐く。


「……窓からにしましょうか」


 私はそう決めて、すぐに廊下を歩き出し、窓の方へと向かう。

 窓を開けて、外に出てから、アーシェのいる部屋の方を視認する。

 カーテンは開いている――私が来たことは、そこで確認したのかもしれない。


「よっと」


 勢いをつけて、そのまま二階から屋根の方へと上がる。

 真っ当なメイドであれば当日に解雇されてもおかしくはない行動だろうが、残念ながら私は真っ当なメイドではない。

 ――護衛の対象である彼女の、安全も確認しなければならないのだから。

 屋根を伝って移動して、私は部屋の窓の前に降り立つ。

 すると、そこには先ほどまで私がいた扉の方を見据えて、じっと構えている少女がいた。

 白銀の長髪に、人形のように可愛らしい横顔が見えて、私は思わず綻んでしまう。……大きくなったな、と。今からそんな彼女を驚かさないといけないわけだが。

 コンッと窓を叩くと、ビクリと部屋の中にいるアーシェが驚いてこちらを見た。

 そして、私の姿を見てまた目を見開く。


「な、何して……!?」

「ですから、ご挨拶申し上げたくて。お嬢様……まずは窓を開けて部屋に入れてくださいますか? このままだと、私は落ちてしまうかもしれませんので」


 もちろん、私が落ちることなどない。

 けれど、私の言葉に少し慌てたアーシェが窓の方に駆けてきて、部屋に入れてくれた。

 これが彼女との顔合わせだ。


「な、何をしているの……! あなたはっ! 窓に張り付くメイドなんて見たことないっ」


 怒った表情で言うアーシェに対し、私は特に気にすることなく笑顔で答える。


「ふふっ、でしたらとても珍しいモノが見られてよかったですね? 改めまして、私はセシリア・フィールマンと申します。本日付けで、貴女様の世話係となりました。宜しくお願い致します」

「……出て行って」

「はい?」

「いいから、早く出て行って! もう挨拶は終わったでしょう。そんな奇抜なことして、どういうつもりなの?」

「どういう、とは? 私はお嬢様にご挨拶を申し上げたかっただけなのですが」

「嘘、嘘よ。わたしに会いに来る人に、そんな人はいなかった」


 はっきりとそんな言葉を口にするアーシェ。

 きっと、この家に仕える使用人達は、彼女と向き合うことをしなかったのだろう。

 あるいは、『噂』が広まってからは距離を取るようになったか。

 故に、アーシェは誰も信用していない。

 当たり前のことだが、目の前に突然やってきた、私のことも信用していないのだろう。


「いいえ、私は貴女様に会いたくてここに来たんですよ」

「……そんなの嘘」

「嘘ではございません」

「なら、どうしてわたしに会いに来たの? 仕事だから? お金がたくさんもらえるからなの?」

「もちろんお仕事ですし、お金だってもらえます。けれど、私はただ貴女に会いに来たんです。実は、私は貴女とお会いしたことがあるんですよ?」

「……え?」


 私の言葉を聞いて、アーシェの態度に少し変化が見える。

 拒絶から――少しだけ私に興味を抱いた、という表情であった。


「どうですか? 私とお話、少しはしたくなりましたか?」

「……別に、気にならない。いいから、もう出て行って」


 そう言って、アーシェはベッドの方に向かうと、もぞもぞと毛布にくるまってしまう。……これ以上は言ったとしても逆効果だろう。

 私は部屋の鍵を開けて出て行く。


「あ、それからもう一つ。お部屋の鍵は開けておいてください。でなければ、明日も窓から入りますので」


 優しい口調でそう伝えるが、ビクリと毛布がわずかに震えたのが見えた。

 最初の挨拶はこんなところだろうか。


「さて、後はどうしたら仲良くなれるでしょうか」


 学園に入学するまでの一月――それまでには、何とか距離を縮めなければならない。

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