魔術師エージェント、メイドになる ~誰にも愛されない令嬢の世話係になりましたので、お嬢様は私が愛することにします~

笹塔五郎

第1話 護衛任務

 セシリア・フィールマンは『アルスリア王国』内にある『王国騎士団』の本部内にいた。

 漆黒のローブを身に纏い、仮面で素顔を隠した彼女は――騎士団所属の魔術師エージェントである。

 任務を終わらせたばかりのセシリアであったが、騎士団長であるティロス・グレイダンからの連絡を受けて、早々に次の任務へと着任しようとしていた。


「この任務は誰も受けないものかと思ってダメ元で君に頼むつもりだったのだが……まさか、受け入れるとは」


 椅子に腰かけ、初老を迎えたティロスが意外そうな顔をして言い放つ。

 セシリアは仮面を外して素顔を見せる。

 長い黒髪に赤い瞳と、褐色の肌。

 この辺りでは珍しいとされる彼女は、南の方のとある部族の出身であった。

 すでに部族は存在しないが、彼女はこの国に保護され、魔術師エージェントとして生きてきた。


「護衛任務は私の得意分野ですので」

「ふむ。まあ……その通りだな。今回の護衛対象についても、君にとっては少なからず関わりがあることだろう。何せ、かつて護衛を務めていたフレアード家の令嬢――その娘なのだから。しかし、この任務は誰にでも拒否をする権利があるのだが、いいのか?」

「それは、『彼女』の出自に関係することですか?」


 セシリアが問いかけると、ティロスは小さくため息を吐き、


「そうだ」


 と、包み隠さずに答えた。


「今回の護衛対象であるアーシェ・フレアードは……すでに多くの者が噂をしている通り、フレアード家の血筋ではないとされている。それは、お前も知っていることだな?」

「はい。よく存じ上げております」


 アーシェ・フレアード――それが、今回の任務における護衛対象であった。

 フレアード家は国内では有数の大貴族として知られ、魔術の名門でもある。

 得意とする魔術は『炎』であり、『紅蓮公爵』という名を王から拝命し、その力をこの国のために振るってきた。

 ――だが、アーシェ・フレアードが得意とするのは、『氷』の魔術だ。

 炎とは対極に位置するタイプの属性であり、炎を得意とする人間であれば、まず会得することはできない。

 魔力の質が異なってしまうのだ。……フレアード家の人間は皆、赤みがかった髪をしているのに、アーシェだけは銀色の髪をしている。

 血筋にも氷を得意とした者はおらず、隔世遺伝の可能性はない。

 故に、アーシェ・フレアードはフレアード家の娘ではないと噂されているのだ。


「フレアード家の当主であるヴェイン・フレアード様からの依頼であるが、彼もそれが通るとは思っていなかったらしい。極論から言ってしまえば、アーシェには守る価値がない。価値はないが……フレアード家の娘であるために、その身を狙われることになるだろう。誘拐か、あるいは王に名を連ねることができる権利のある者として――決して、可能性がないわけではないからな」

「王にはなれないでしょう。アーシェ様の噂がそこまで広まっているのならば」

「ほぼ可能性はないだろうな。彼女自身も、なりたいとは思わないだろう。けれど、それでも狙う者がいることには違いない――ましてや、アーシェの傍にいることは、国内で敵を作ることにしかならないからだ。表立っては、ヴェイン卿もアーシェの護衛を任せて見捨てるつもりでいる」

「……つまりは、フレアード家はアーシェ様の護衛を騎士団に任せて、責任を押し付けようと?」

「そうなるな。だから、こちらとしても依頼については受ける者がいれば……そう返答したのだが、そこでお前が受けるなどと答えたわけだ」

「けれど、それでフレアード家に恩を売ることができるのは、騎士団としてはメリットがある……そういうことですね?」

「貴族とはそういうものだ。フレアードは娘のアーシェのことさえなければ、古くから王家に仕える名門。その家との関わりは、俺としてもほしくはある」


 ヴェインは包み隠さずに答える。

 つまり、アーシェを守る『護衛役』は多くの人間を敵に回すだけで、むしろデメリットの方が大きい。

 メリットがあるのは、アーシェのことを手放しに任すことができるフレアード家と、その仕事を請け負って恩を売ることができる騎士団だけ。

 ――護衛に当たっては、騎士団に所属していることを伏せなければならない。

 そういう意味では、表向きには騎士として活動をしていない『魔術師エージェント』であるセシリアは適任であると言えた。

 諜報、暗殺、潜入、戦闘――そう言った任務を得意として、生きてきた人間だ。


「それで、本当に受けるのか? 俺との連絡はできるが、他の騎士からのサポートは一切ないと思った方がいいぞ」

「はい。この任務――セシリア・フィールマンが請け負います。騎士団の名に懸けて、必ずやアーシェ・フレアード様を守り抜いて見せましょう」

「……分かった。そこまで言い切るのであれば、お前に一任することにしよう」


 こうして、セシリアの次の任務が決定した。

 誰からも愛されることのない令嬢、アーシェ・フレアードの護衛任務だ。

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