第4話 悪友達
「一番街通りの楽器屋さんがオープンしたってニュース、夕方にもしてたのにまたやってる。凄い人が店長さんになったんだって。」
遅い夕食を食べる私の横で、妻が地元局にチャンネルを合わせニュース番組を見ている。一番街通りの楽器屋といえば、店名は失念したが大昔に私も行ったことがある楽器屋が移転した先のはずだ。
「超大物アーティスト竹之内元基さん専属のギター職人でもある、地元四名市出身の新垣武仁さんがこの度新店長に就任し、リニューアルオープン初日の今日…」とCM明けのトピックになっていた。
その聞き覚えのある名前に釣られ、テレビに目を映す。するとそこには随分と懐かしい面影のある顔がインタビューに答えていた。
「あ、武ちゃん…」
つい声に出てしまった。
「なに?知り合いなの?」
妻の疑問に真面目に答えるべきだろうかと一瞬考えたが隠すことでもないかとも思う。ただ、武ちゃんとは高校を卒業してから連絡を取ってはいないので、そんな大昔の知り合いを簡単に『知り合い』と呼んで良いものかという気持ちもある。
「昔のね、高校の同級生だと思う。高校を卒業してからずっと会ってないから同姓同名の人違いの可能性もあるけど。」
「へえ、そうなの。」
そんな訳は無いのだが、ただの相槌程度の反応を見ると妻はそんなに興味は無いらしい。
翌日の昼休憩時間に電話が掛かってきた。
「おい健二、昨日の大通りの楽器屋のニュース見たかよ?」
酒屋のバカ社長の小林からだ。
「ああ、見たよ。あれ武ちゃんだよな。」
「やっぱそうだよな、武ちゃんだよな?懐かしいなぁ。なんか俺、誰かにそれを話したくってさ。ついお前に電話しちまったよ。」
「ははは。確かに武ちゃんの話を出来るのは俺らくらいか。」
「それでさ、今日の夜、暇か?」
「今日の夜?」
「ああ、みんなで呑まねえか?直樹にも声かけて。」
「直樹もってことは、武ちゃんも誘うのか?」
「んなわけないだろ。俺、あいつの連絡先知らねえし。」
「俺も知らねえけど、その楽器屋にはいるんだろ?」
「そうだけどさ、おい武ちゃん、ニュースで見たぞ、今晩呑みに行こうぜ。って言えるか?同窓会にすら一度も来たことない奴だぞ。」
「まぁそうだけどな。武ちゃんは武ちゃんで色々あんだろ。そんな言い方すんなって。じゃなんだ?直樹と3人で今日集まろうってお前は言ってんのか?」
「悪いか?別に良いじゃねえか。俺らだけで集まるのも久々だろ?武ちゃんの話をつまみに3人で呑もうぜ。」
「あー…分かった。かみさんにそう連絡しとくよ。」
「じゃあまた後でメールで連絡するわ。お前、アドレス変わってないよな?」
「ああ、変わってない。」
「じゃあな。今日の夜にいつもの店で。」
「ああ。」
今電話をかけてきた小林に、小林が誘うと言った直樹と武ちゃんを入れた4人は高校の頃によく連んでいた仲間だ。武ちゃんを除く2人とは、高校卒業後も同窓会や誰かの結婚式やら葬式やら事あるごとに顔を合わせ、今でもたまにこうして連絡を取る間柄で所謂地元ネットワークってやつである。ただし、武ちゃんだけは高校卒業後、東京に出たと言うところまでは知っているが、最後に見かけたのはあいつの親父さんの葬式で、遺影を持ったあいつを遠目で見たのが最後だったはずである。
夜、これまた同級生がやっている行きつけの飲み屋の座敷に我々バカ3人が集まった。私に於いては一度家に帰りわざわざ妻に送ってもらうと言う重役出勤である。
「久しぶり、元気してたか?」
先に始めていた小林と直樹と挨拶を交わす。久しぶりと言っても最後の会ったのは半年も前じゃないはずである。とりあえずと乾杯をし、特に意味もない会話が始まる。仕事がどうのだの体のどこが痛いだのと年相応の話題も上がるが、やはり今日の話題はあのニュースについてだった。
「あの楽器屋にヒゲの店長いただろ?あの爺さんが歳でリタイアするってんで東京にいた武ちゃんを呼び寄せたらしいぜ。」
直樹がそんなことを言い出した。何故かこいつはそういう話をなんでも知っている。
「へえ、そうだったのか。」
「にしても、武ちゃん、その道で成功してたんだな。俺、全然知らなかったわ。」
「みたいだな。あんなテレビでしか見たことのない大スターが、『武さん!武さん!』だってよ。なんかすげえ奴になってたんだなって思ったよ、あのニュース見てさぁ。」
直樹もきっちりとあのニュース番組を見ていたらしい。今日の朝刊にもその話題は載っていたし、今の武ちゃんは裏方業といえど、それほどの大人物なんだろう。
「それにしてもよく決心したよな。」
「ん?何がだ?」
「いや武ちゃんだよ。この歳で言わば転職だろ?凄いよな、ほんとに。」
「確かにそうかもな。」
「独立ってことになるのかね?」
「どうなんだろうな。」
そう言われればそうなのか。もう直ぐ50の歳で独立。今の私には全く考えられない挑戦である。
「にしてもあいつ、髪フサフサだったな。カツラかね?」
「あ?」
「んなことたあねえだろ?」
「髪も黒かったし、羨ましいねえ。」
「お前が言うと謎の説得力があるな。」
「ははは、全くだ。」
「それで次の日曜、お前ら暇か?」
「なんだよ、またゴルフかぁ?」
「ちげえよ。なんでこの話の流れでゴルフなんだよ。」
「まさかあの楽器屋にみんなで行こうって言わねえよな?」
「そうだよ。別にいいじゃねえか、地元で暮らすってそう言うことだろ?昔の知人にもそりゃ会うってことだろうよ?」
「まぁ、そうだけどな。」
「確かにな。」
「それにこのまま知らん顔すんのも、それはそれで変じゃねえか?」
「そうだな。」
「確かに。」
「鉄は熱いうちに打てってか?」
「あ?」
「それに楽器屋に来た客なら、無碍に追い返しもしないだろうぜ。あいつも客商売なんだろうし。」
「そりゃそうか。」
「にしても武ちゃんかぁ。懐かしいなぁ。」
「そうだな。」
「武ちゃんに最後に会ったのってお前らいつよ?」
「俺はぁ…。親父さんの葬式かも。」
「ああ…。」
「そうか。」
武ちゃんの親父さんの葬式の記憶は鮮明に覚えている。親父さんの遺影を持った武ちゃんは泣くことも崩すこともなく、魂が抜けたようにただその場に立っていた。私は久々に見たそんな武ちゃんに何と声をかけたものかと、結局、声を掛けることもなく遠目でその様子を眺めただけであったのだ。
「そういやぁ、誰か武ちゃんに会いに東京へは行ったか?」
「俺は行けてない。高校卒業してすぐの頃に電話は何回かしたけどな。」
「当時はまだケータイって無かったんだっけ?」
「大学時代だろ?俺はポケベルは持ってたぞ。ケータイはどうだったっけな?」
「あーポケベルな。そっか。そんな時代か。」
「ポケベル俺も持ってたなぁ。」
「俺も会いに行けて無いな。夏休みに武ちゃんとこへみんなで行こうって計画してたのにな。」
「そういやそんなこと言ってたな。」
「そっか。」
「じゃあ武ちゃんが俺らと連絡絶ったのって。」
「…俺らが原因か?」
「……。」
思わぬ形で真相が分かった。みんながそれぞれ必死に生きてきた結果なのはそうなのだが。
「会いに行こう。」
「そうだな。」
「分かった。次の日曜な。」
「おう。日曜だな。」
「にしても、一番街通りの楽器屋かぁ。」
一番街通り。四名の繁華街であるが、今となっては元繁華街という形になってしまっている。
私が学生だった頃は、色んなお店がひしめき合うそれはそれは活気溢れる名実ともに地元一の商店街だった。CD屋や古本や古着屋に中途半端にイケてないセレクトショップ、喫茶店にハンバーガー屋やイタ飯屋、居酒屋にカラオケ屋に映画館、大規模なゲームセンターの入ったボーリング場や大型の本屋にデパート、それに地元のローカルラジオ局の生放送など、それらを見て回るだけで丸1日遊べるほどの面白い商店街だった。
それが一変したきっかけが、商店街の一等地に出来た大型総合ファッションビルだった。そのビルには外資の全国チェーンのCD屋と同じく全国チェーンの大型の楽器屋、ちゃんとした有名デザイナーブランドや国内ブランドの直営店やセレクトショップ。そう、今まではわざわざ県外に行かなければ買えなかったものが四名の商店街の一つのビルで買えるようになったのだ。
当然のように若者がそのビルに集まった結果、周りの小さい個人商店は店を畳まざるを得なくなっていった。我々の青春だった地元では割と大きめのCD屋が早々に潰れ、その後も跡を追うように地元の商店が年々数を少なくしていったのだ。
そして数年に渡り周りの店を完全に食い荒らしたタイミングでその商業ビルが潰れた。親会社の経営破綻である。こうして賑やかだった四名の商店街は跡形もなくなってしまったのだ。それがもう25年近く前の出来事だろう。一度廃れた地方の商店街の復興はままならず、そして現在に至るまでここ四名の元繁華街はシャッター商店街として全国的に名を馳せている。
「一番街って最近行ったか?」
「全然行ってねえな。」
「俺はたまに車で前は通るけどな。」
「そうだな。用が無きゃわざわざは行かないよな。」
「ああ。」
「そういやお前ら、まだ楽器やってんのか?」
「ん?」
「楽器だよ、楽器。高校の頃にみんな買ってただろ?」
「お前いつの話してんだよ?んなもん、当の昔に辞めてるよ。でも楽器を捨てたって記憶はねえから探しゃどっかにあると思うけどな。お前は?」
「ドラムなんか家で叩けるかよ。うるさい!ってまたかあちゃんに怒られらあ。」
「そうだよな。」
「健二はどうなんだ?」
「俺もギターは探せばまだどっかにあるはずと思うぜ。大昔に買った奴を。まぁ見つけたって弾けやしねえだろうけどな。」
「お前ら物持ち良いんだな。」
「そういやぁ俺、うちのガキにエレキを買ってやったことあるんだぜ。もう随分と前だけどな。」
「へえ。お前んとこは今いくつになったよ?」
本当にくだらない、気の置けない仲間である。
日曜日。もう直ぐ50になろうかと言うおっさん3人が私服で昼間っから集まり、寂れた繁華街へ向かう。明らかに変な集団である。
「やっぱりなんか変だよな?こんなおっさんの集団いねえだろ?日曜の昼ひん中からよお。」
「そうだよな。スーツでも着てりゃあ、まだ見れるのかもだけどな。」
「日曜にスーツ着ておっさんが3人、楽器屋に行くのも変じゃねえか?」
「そりゃそうだろ。取り立てじゃああるまいし。」
「なんだよ、取り立てって。」
「にしても手土産もなくて良いんかね?」
「手土産ってなんだよ。」
「開店祝いだよ。」
開店祝いは私も考えた。良い年をした大人が手ぶらで訪ねて行くのもと思ったのだが、妻に「そんなのは良いからとにかく、久しぶりーって普通の顔をして会ってきなさい」と諭されたのだった。
「店から一升瓶でも持ってきたら良かったか?」
「営業中の楽器屋に一升瓶はどうなんだろうな。」
「それも悪かねえだろうけどさぁ、まぁいいんじゃねえか?」
歩きながら答えの出ない不毛な会話が続く。
あっという間に目的の店に着いた。看板にはニュースで見た通り『楽器販売&リペア SOULSHINE』とある。
「いらっしゃいませ。」
ジーンズ生地のエプロンをつけた若い女性の店員が私たちを迎えてくれた。リニューアルオープンしたてということもあるのだろうが、昔に行った楽器屋のおぼろげな記憶とは全く違う、綺麗な印象のお店であった。
「店長さん、いるかな?」
せっかちな直樹が店員に尋ねる。そんな広い店でもあるまいし自力で見つけられるだろうに。
「店長は今、休憩をいただいておりまして。今休憩に入ったところですので戻るのは3時なのですが。」
店にある時計を見ると2時過ぎである。後約55分、どうしたものだろうか。
「どうするよ?」
「どうしたもんかね?」
「やっぱり先に連絡入れとくべきだったか。」
「そんなの今更言っても始まらねえだろ?」
「あのぉ、もし良ければ私がご用件を承りますが?」
「用ってもなぁ。」
「なぁ?」
「では、店長のお知り合いかなにかでしょうか?」
「まぁ。」
「なんだよ、まぁって。」
「僕ら、武ちゃん、…ああ、新垣くんの高校の同級生でね、一緒にバンドやってた仲間で。それであのニュースを見て、ここに居るってのを知って会いに来まして。」
仕方がないので私が説明した。
「へえ、そうなんですね。あ、いらっしゃいませ。」
リニューアルオープンして間もない日曜の昼間である。まばらながらお客さんは入ってきている。と言っても普通の楽器屋はどのくらいの客入りが通常なんだろうかと我々が知る由もない。
「じゃあ今、連絡を取ってみましょうか?何かあれば遠慮なく電話をするようにと新垣から言付かっておりますので。」
「どうする?」
せっかくの休憩時間を削ってまで俺らの相手をさせるのもなぁと言うのが共通意識だろう。と言って日曜の昼間っからこのシャッター商店街でおっさん3人が1時間潰すというのは中々難しい気もする。
「一応、連絡してみますね。ちょっとお待ちください。」
ただせっかちなのか、このおっさんたちとの不毛な会話に付き合いきれないと踏んだのか、そう言うと店員はカウンターの方へ行ってしまった。
「あ、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
と思うと俺たちの名前を聞くのを忘れていたのか、メモ用紙を手に戻ってきた。
「えーっと。」
「健二と直樹と小林で分かると思います。」
「おまえそんな。」
「それが一番分かりやすいだろうよ。」
「はい、では少々お待ちください。」
店員は踵を返しカウンターの奥へ向かい電話をし始めた。こちらからは何を話しているか分からないが、武ちゃんは俺らのことを覚えているのだろうか?
「あの、新垣が電話を変わってと申しておりまして。良ければ直接お話ししていただけませんか?」
電話の子機を持って店員が戻ってきた。誰が子機を取るか3人の中で一瞬の緊張が走ったが、気がつくと私の手が真っ先に出ていた。
「もしもし。」
「新垣です。」
「…武ちゃんかい?」
「はい。」
「健二だ。分かるか?」
「ははは。ああ、分かるよ。随分と久しぶりだな。」
心配そうに私のことを注視している小林と直樹に目配せで合図をする。
「今、店の近くの喫茶店にいるんだが、今さっき注文したところですぐにここを出れないんだ。もしよかったらお前らこっちへ来ないか?お昼はもう食べたかい?」
「なんだよそれ。分かった、そっちへ行くよ。俺らもまだ食ってねえし。」
店員へ子機を返しお礼を言うと、私たちは武ちゃんの指示通りに向かう。
武ちゃんの説明通りに、楽器屋を出て大通りを渡って直進し最初の角を右へ。左手にある黄色い看板が目印のログハウス調のこぢんまりとした店がそこにあった。
「いらっしゃいませ。」
カランコロンという音がする扉を開けると、元気よく女性の店員が声を掛けてくる。
「3名様ですか?」
「あ、いや。」
「おーい!」
奥の席から声がする。なんとも懐かしい顔がそこにあった。
「どうぞ奥へ。」
状況を汲んでくれた店員が我々を案内してくれる。そんなに大きくない店内だが「こちらの席へどうぞ」と、武ちゃんがすでに座っていた席から男4人が十分に座れる席へと移動してくれた。
「よっこらしょっと。」
そう言いながら、小林が進んで武ちゃんの隣に座った。
「武ちゃん、久しぶり。元気してたか?」
「ああ久しぶり、なんとかやってるよ。しかしお前ら老けたなぁ。」
私の正面に座る明らかにこの四名の街には似つかわしくない垢抜けた雰囲気を持つこの男は、間違いなくあの武ちゃんだった。
「それより先に注文しないか?店員さんが待ってるだろ?」
「ああ、そっか。」
「まだランチってやってるの?」
「はい、3時まで出してますので。こちらのメニューからどうぞ。」
順にランチメニューから適当なものを注文する。店員はそれを受けて私たちの席を離れた。
「お前いっつも昼は外食なのか?」
出されたおしぼりで顔を拭きながら小林が質問する。
「土日だけだよ。平日は弁当を持たされてる。」
「そっか。」
「それでお前ら、わざわざ僕に会いに来てくれたのかい?」
「まあな。」
改めてそう言われると少し気恥ずかしい。
「それにしても久しぶりだな。元気してたか?」
「ああ、おかげさまで。」
「最後に会ったのはいつだっけか?」
「武ちゃんのお父さんの葬式だよ。多分。」
「そっかぁ。じゃあもう随分と昔だな。」
あれはまだ私が大学生の頃だった気がするから、そう考えるともう四半世紀くらいは前の出来事になるのか。
「お前、全然同窓会にも顔出さねえし、どっかで野垂れ死んでるのかと思ってたぞ。」
「悪いね。同窓会は東京に住んでるとどうも都合を付けづらくてね。2回3回と行けなくて気がついたら誘われもしなくなってたんだよ。」
「そうなのか?」
「そういやあれって誰が仕切ってんだ?」
「誰だっけ?」
「それにお前らだって、東京に遊びに来るって言ってた割に一回も来なかったじゃないか。」
覚えてたらしい。
「悪いな。なんだか東京って聞くと行き辛くってな。」
「ああ、やっぱり遠いよ。東京は。」
「すまんかったな。」
「すまんかった。」
「ああ、悪かった。」
「なんだよ急にかしこまって。ただの冗談じゃん。」
「俺らの所為だろ?」
「ん?」
「武ちゃんが俺たちと連絡を取らなくなったのって。」
「どういうことだ?」
「夏休みにみんなで遊びに行くって、約束したの覚えてるか?」
「うーん…」
武ちゃんは昔から何か考え事をする時に、右手の人差し指と親指で顎を摘む。その癖は変わっていないらしい。そして自分がそれを覚えていることに少し驚いた。
「んー覚えてないなぁ。遊びに来るって言ってたのに来なかったってのは覚えてるんだけどね。」
「なんだよそれ。」
「あのな、俺ら高3の卒業式に約束したんだよ。次の夏休みに俺ら3人で東京の武ちゃんとこへ遊びに行くって。東京の武ちゃんちで夏休みに1週間合宿するって約束したんだよ。」
「そうなのか?」
「ああ。」
「それで当時ケータイも無かっただろ?だからそれっきりになっちまったんだよ。」
「そういうことだ。」
「そっか。…でもまぁ今となったら昔のことだろ。気にすんなって。それに今日、お前らが会いに来てくれたんだ。それでいいじゃないか。」
「それでいいのか?」
「ああ、それでいいよ。構わない。」
「そっか。」
「分かった。」
「分かった。」
「それでお前らはずっと続いてるのか?」
「ん?」
「俺らか?」
「ああ。ずっと連絡を取り続けてるのかって。」
「俺らは武ちゃんと違って地元に残った組だからな。同窓会もだけど生活圏もそう離れて無いし葬式だなんだと結局顔を合わせるんだよ。」
「俺は隣の県の大学に行ったけど、結局卒業して戻ってきたし。」
「みんなそれぞれ家庭もあるし、高校の頃のようにベッタリとはいかねえけどな。」
「それでも1年に1回は会ってるよな?」
「ああ。」
「多分もっとだ。」
「そうか。」
「武ちゃんはこっちでずっと連絡取ってる奴って誰かいるのかい?」
「んーこっちで連絡かぁ。…三郎さんぐらいかなぁ。」
「三郎さん?」
「楽器屋の前の店長か?」
「ああ。元々がその三郎さんに東京の専門学校を紹介してもらったってのもあるし、同業者の先輩でもあるしで、その点では師匠みたいな存在で不義理には出来なかったんだ。それに連絡なしでもあの店に行けばいつでも会えたし。」
「ってことは、たまには帰ってきてたのかよ?」
「そりゃ帰るさ。父親は死んでも母親はこっちに住んでるんだから。」
「そっか。お袋さんは元気かい?」
「ああ、なんとかやってるよ。それに姉貴の家族も近所に住んでるし、それは大丈夫なんだけどな。」
「じゃあ今は実家にいるのか?」
「ん?」
「武ちゃんは今どこに住んでるのかってことだろ?」
「ああ。今は嫁さんの方の実家の離れに住んでる。ずっと一緒に住んでなかった嫁姑がこの歳で今から一緒に住むのもって、母親本人が言ってたからな。それに姉貴も言ってたけどそもそも母親は一人で住みたいって感じだったし、母親はそっちの方が気が楽なんだとよ。それだったら嫁さんの実家の方に空いてる家があるって、嫁さんの親がリフォームもしてくれてな。」
「へえ。」
「それって嫁さんは四名の人ってことか?」
「ああ、東京で知り合ったんだけどな。本当に偶然だったんだよ。」
「俺ら結婚式呼ばれてないぞ。」
「ははは。こっちじゃあお互いの家族と写真撮っただけだからな。式は東京で挙げたし。」
「そっか。」
「悪かったな。そこまで気が回らなくて。」
「まぁ生活の基盤が四名に無いならしょうがないよな。」
「すまん。」
「いや、そこで謝るなよ。俺らだって武ちゃんを呼んで無いんだし、そこはお相子だろ?」
「それでお前、子供は?」
「2人いる。」
「まさかあの店員じゃねえだろな?」
「ん?ああ、今、店番してる女の子ってことか?」
「ああそうだ。」
「違うよ。あの子は僕が専門学校で教えてた時の教え子だよ。進藤さんって言って、たまたま四名出身で3年間担任を受け持った気心知れてる生徒だったし、就職活動中だったんでスカウトしたんだ。」
「元生徒でお前の弟子ってことか?」
「まぁそうだな。それも優秀な弟子だよ。」
「へえ。」
「それで武ちゃんとこの子供は?」
「うちの子は2人いて、上は男で下が女の子だ。2人とももう就職して家を出てる。だから夫婦でこっちに戻って来れたってのもあるんだ。」
「へえ、そうかぁ。」
「そんな大きい子がいるんだな。」
「お前らは?」
「うちは男が2人だ。」
「健二んとこはもう直ぐ孫が産まれんだぜ?信じられるか?」
「そうなのか?」
「驚くよな。もうすぐこの俺が爺さんだってよ。」
「そうかぁ。それはおめでとう。」」
「こいつがじいじだってさ。じいじー。」
「うるせえよ。」
「ははは。」
「俺は前の嫁との間に1人。」
「ん?」
「直樹はバツイチだよ。」
「そうなのか?」
「悪いか?」
「悪かねえけどさ。びっくりはするだろ。」
「まぁ確かにびっくりはするよな。そんで、俺んとこは娘が一人だ。まだ高校生だけどな。」
「小林は結婚が遅かったからな。」
「まぁ色々あってな。ははは。」
危惧していたようなよそよそしさは無く、ただしばらく会ってなかった友人のような会話が進む。注文をしたランチも運ばれてきて4人で遅い昼食をとった。
「そろそろ戻らなきゃ。」
ご飯を食べ終わり、無駄話をしていると徐に武ちゃんが切り上げた。
「そっか、まだ仕事中だもんな。」
「ああ。今日はありがとう。お前らが尋ねにきてくれて本当に嬉しいんだ。ほんとにありがとな。」
「今日はちゃんと連絡先教えろよな。」
「ああそうだな。と、名刺を持ってきてないや。店に戻ればあるんだが、お前ら一緒に店まで来てくれるか?」
「別にわざわざ名刺じゃなくても。」
「何言ってんだ。せっかくだし名刺貰おうぜ。」
「そうだ。時間はあるだし。」
「俺ら暇だもんな。」
「そっか。じゃあ行こうか。」
俺たちは4人で武ちゃんの店に向かって歩き出した。やはり50前のおっさんが私服で日曜の昼間っから4人で並んで歩くのはなんだか変だけれど、きっとそれはそれなんだろう。
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