第14話  飛行船(1)


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翌朝、スパンたちは飛行船の中を見せてもらった。

博士はいつもの博士にもどっていた。スパンたちに飛行船の中を案内するガイド役を生き生きと務めていた。

飛行船は見た目はそう大きな船ではなかったが、中は予想以上に広く、驚きの連続だった。

居住区、倉庫、操縦室、医務室、サロン、いろんな区画がある。この飛行船にのって、創始者リーとイブたちがこの惑星にやてきたのだ。そう思うと胸のあたりがもぞもぞとして奇妙な興奮を覚えていた。何もよりもスパンたちを驚かせたのは、1000年という月日にもまったく腐食していない内部、またその機能も失われていないことだった。

博士が言う通り「ついさっきこの惑星におりたったみたい」に綺麗だった。

最初にこの飛行船を確認したときから数百年たっているが、その時から――蔓科の植物が纏わりついていた以外は――今とたして変わっていなかった。博士は自慢げにそう言った。

「この飛行船、飛べるの?」

イブが好奇心一杯の瞳で聞いた。博士は自信たっぷりに答えた。

「ああ、物理的にはね。燃料もまだたっぷりある。必要なものも積んである。ただし、操縦士が居ればね。」

みんなは互いの顔を見合わせた。誰も操縦なんてできそうもないな。エヴァが聞いた。

「もし、操縦できる人がいて、飛んだとして、何処にいくの?」

博士はエヴァをみて微笑んだ。

「うん。記録によると、この飛行船より先に2隻の飛行船がこのマリアスを目指していたはずなんだが、到着していなかった。実はね、最初母星のビーズを旅立つときに、2つの惑星が候補に挙がったそうなんだが、先に出発した2隻の飛行船はそのもうひとつの惑星に着陸したのかもしれない。行くとしたらその惑星だな。」

「もうひとつの惑星?」

「アクエリアスという惑星だ。このマリアスとよく似た惑星で、ここよりは湿度が高かったらしい。距離の問題とかいろいろ検討した結果このマリアスに決定したそうだ。先の2隻もここに着陸する予定だったんだが、何があったのか、予定を変更したのか、もう今では知りようがないけどね。」

「じゃあ、この飛行船で旅発つとしたら、アクエリアスに行くのが一番いいの?!」

「うん。そうなるかもしれんな。」

エヴァは自分の下腹部に手を当てた。まるでお腹の子供と話をするように、ちょっと小首をかしげてじっとしている。トーイが奥の方から出てきて聞いた。

「この船、すごいね。いろいろなものが揃ってる。いますぐにでも飛び立てそうだ。」

カーミラが答えた。

「4年ほど前ですが、本気で飛び立とうと考えられた時期があって、操縦の技術とかも研究されたんですよ。でも、その前に砂がきてしまって結局計画は頓挫したままです。」

「ふ~ん」

とトーイは飛行船の内部の壁をその大きな手で撫でてみている。

「そうそう、操縦方法のマニュアルがあったけ。」

カーミラ操縦席へと向かった。

「えっと、このへんに…僕も読んでみたんですが、どうも機械は苦手で。あ、あった。」

そう言うとカーミラはそのマニュアルを手にとり、パラパラとめくった。スパンとトーイが横から覗き込むと、誰かの手書きらしくびっしりと文字が書かれている。正直綺麗な字ではない。みみずが貧血を起こしたようなのたくった文字だった。

スパンは、カーミラが理解できなかったのは、マニュアルのせいだと思った。トーイはニヤニヤしている。

無意識にスパンはそのマニュアルに手を伸ばした。カーミラはそのマニュアルをスパンの手に渡した。そのときスパンの心にこみ上げてくるものがあった。

もうひとつのスパンのしらない、スパンの記憶。


「違う違う、スパン。操縦玉はこう!こんな風に転がすんだ。ゆっくり、ゆっくり、焦らず…そうそう、落ち着いて」

「よし、いいぞ。スパン。もし俺に何かあったら、スパンが頼りなんだよ。」


眉間にひどい痛みを感じる。スパンはマニュアルを落としてしまった。

カーミラがスパンの苦痛の表情に気づいたのか、心配そうにスパンの顔を覗き込む。

「大丈夫ですか。」

「ああ、ごめん。ちょっと頭が痛いんだ。大丈夫。」

スパンはマニュアルを拾いながら、答える。

この記憶はなんだ。この痛みも…スパンは、また不安に苛まされる

「僕はそろそろ、昼食の用意をしなくてはならないんですが、ここで少し休まれますか?」

スパンは黙ってうなずく。

カーミラは椅子をひとつ指差すと言った。

「あの椅子に座ってみませんか。あれ操縦席なんです。僕もなんどか座ってみたんですけど結構いい気分ですよ。」

そう言うと自分の腰に下げている、水のボトルをとるとスパンにわたす。

「ここで少し休んでください。食事の用意ができたら、迎えにきますから。」

「大丈夫かスパン?」

トーイが心配そうに聞く。

「ああ、大丈夫さ。少しここで休んでいるからトーイは他を見てきたら?」

「いいか?食堂室を見てみたいんだ。」

スパンは笑った。もともとトーイは食べるのが好きで、また大食いだった。ほんとうによく食べた。不意にコニータの笑顔を思い出した。

(ああ、そうだった。コニータはよくトーイの食べっぷりをみて笑っていた。)


カーミラとトーイの背中を見送って、スパンは椅子に座った。確かに座り心地がいい。見た感じは硬くて冷たい。だが、座ってみるとすっぽりと腰や背中を包んでくれる。

シートに深く体を沈める。眉間の痛みはひくようすもなく、スパンは、その痛みに神経を集中させてみる。大きくひとつ息を吐く。


ヅキン、ドクン、ヅキン、ドクン、ヅキン、ドクン、ヅキン、ドクン、


眉間の痛みと、スパンの脈拍は同じように脈打つ。


「スパン、いいかここのメーターだ。右から速度、平行バランス、気圧…コンピューターが制御も操船もしてくれるが、やはり人間の目で確認をとらないといけない。コンピューターはプログラムされたことは行えるが、いざというときに臨機応変対応できるのは、人間だけだ。このマニュアルをみながら、勉強しておいてくれ。」

そういうと、マーリスは、スパンにマニュアルを渡した。この飛行船を操縦できるのはマーリスだけだった。だが24時間、休み無く、毎日操作し続けるのは不可能だった。マーリスも人間だ。スパンは、マーリスに『お休み』と声をかける。

マーリスは、背中を向けたまま『じゃ、6時間後に』そういうと、コックピットから出て行った。

スパンはマニュアルのスイッチをいれる。縦、横30センチ、厚さ3センチのマニュアルは、パッと見た感じ小型の液晶テレビのようにも見える。専用のペンで画面をタッチしてマニュアルに目を通す。ペンでタッチするたびに画面に文字や図面、イラストなどが浮かび上がる。立体映像で見ることもできた。見る角度も自由に変えられる。これ1つあれば、飛行船の組み立てから操縦まで知ることができる。

スパンはもともと生物研究が専門で、飛行船の操縦などしたことはなかった。出発前には時間が無く、ほとんど場当たり的に惑星を飛び立った。コックピットに誰か入ってきた。スパンは振り返る。彼女はスパンの額にそっとキスをしてくれる。銀色の髪がスパンの顔に触れる。『どう?』と微笑む。スパンも、『うん。なんとかね』と笑顔を返す。


「コニータ!」

スパンは椅子から飛び上がる。

「夢…」

(いや!夢じゃない。夢じゃない。夢じゃあない。)混乱する頭は、ずきずきと痛む。

(マニュアルは…?)スパンは手にもっているマニュアルをみた。

(いや、これじゃない。)その本を椅子の上におくと、コックピット内を見渡した。どこにもマニュアルらしいものはなかった。スパンは必死で思い出そうとした。

(そう。あれは、所定の場所にあるはずだ。いつでもすぐに取り出せるように。)

スパンは、操作パネルの上をみた。でこぼこのない平坦な操作パネル。いろいろなマークのついたそれがボタン。さっき見た時は沢山のランプがともり計器の針は忙しく動いていた。が、今はそれらしいものはみあたらなかった。電源が入っていないようだった。ふと見慣れたボタンを見つけた。スパンはほとんど無意識にそのボタンを押した。音も無くスイッチが入るのを指の腹に感じる。

かちっかちっと機会音がして、すっと操作パネルの一部があいて、そこからテレビ状のマニュアルが出てきた。

スパンはそれを手にとると、裏面にあるいくつかのボタンを押した。ブ~ンと鈍い音がして、青緑色の画面が光る。画面になにかのマークや文字が現れ、目次のようなものが並んだ。スパンはひっくり返してペンを探す。裏面に小さな突起があり、それを押すとペンがにゅっと出てきた。スパンはそのペンで画面の中の1つをタッチする。画面が点滅し何かの文字や絵が表示された。スパンは内容をしばらく読んでいたが、静かに床に崩れ落ちた。


パチッ、パチッ。何かが頬にあたる。痛い。

「スパンさん。スパンさん。しっかりしてください」

カーミラがスパンの頬を叩いている。

ああ…声にならないうめき声をあげ、スパンはようやく目を開けた。自分が冷たい床に倒れているのに気がつき、ちょっと怯えた目をした。

「ああ。気がついた。」

カーミラが大きな安堵の息を吐く。

「よかった。呼びにきたら倒れているのでびっくりしました。ひょっとして砂になるんじゃないかって…」

カーミラは心底怖かったらしく涙ぐんでいる。

「僕は、眠ってた…?」

さっきまでの頭痛が嘘みたいに引いている。

「眠っていたんですか?よかった、寝ていただけなんだ…」

カーミラは目じりの涙を拭った。スパンを抱き起こそうとして、床に落ちているマニュアルを見つけた。

「これ、なんです?」

カーミラはマニュアルを覗き込んで、目を丸くした。

「これ、この船の操縦方法ですよ。こんなものがあったんだ。これ、すごいですね。スパン。僕こんなの初めてみました。」

「ああ。僕もだ。」

入り口の方から、イブの声がする。

「どうしたの。早くお昼にしましょうよ」

スパンとカーミラは、マニュアルを操縦席の上におくと、イブのあとを追ってコックピットから出ていった。


にぎやかな昼食だった。ここにきてから、イブもエヴァもよく笑う。カーミラの料理はおいしいし、とりあえず食料が豊富なのが気持ちを和ませているのかもしれなかった。

スパンは、コックピットでの出来事を、カーミラに口止めしておいた。

イブやみんなに心配を掛けたくなかったからだが、スパンの意識は、また二つの記憶のなかで、混迷していた。

“いったい、僕は、誰なんだ…”


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