第12話 世界の変転(4)

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恐らく東で赤い砂が最初に発見されたころに西にも砂が出始めていた。確かなことは分からない。

同じように海岸から赤い砂は広がったが、西の国は海岸で休暇を楽しむ習慣がなく、西へくる東の人間もあまり海岸には近づかなかった。赤い砂の発見が東の国と比べて遅かったのだ。

西の国の人々は新しい技術を生み出すため一日中働いている。西の国では人々は専門の仕事につく。数々の研究・技術者、製品製造の職人、家事専門職人などである。家事専門職人とは、研究・技術者などが研究・開発専任できるように、家事一切を取り仕切る専門職である。家事、育児から介抱されることで睡眠を除くすべての時間を仕事に費やすことができる。すべての人は、12歳のときに適正試験をうけ、一生を通しての仕事がきめられる。ほとんどの場合は親の仕事を受け継ぐが、稀に違う職業を選ばざる得ない子供が現れる。

政府は人々が安心して働けるよういろいろ努力をする。食事・着る物、生活に必要な道具、等等。また、仕事に明け暮れて子孫を増やすことを忘れないように、年頃になると結婚の組み合わせもし、出産の計画、生まれた子供の養育、そのすべても政府が管理して行う。西の国では家族という単位はない。が、やはり人の親であり、人の子である。わが子のこと、親のことは気になってしかたがない。そんな不安を消すために子が養育施設で育成され、成人するまでに、子供が幼い間は週に1回、学校にあがると月に1回面会をして絆を深めることができた。

このようにして、1000年という短い時間で我々の創始者たちの母星ビーズの科学文明を再生したのだ。


そこまで説明するとヤン博士は立ち上がり、コンピュータ等の機材がならんでいるところに向かった。そしてスパンたちを手招きすると、1台のコンピュータの前に案内した。博士はなにかの操作をした。画面の中に一人の人物が現れた。ノイズがひどく顔の判別は難しかった。

「彼女が、イブだ」

博士はそういった。


西には西の創生の神話がある。創始者「イブ」の記録が。

西の国の住人はイブの意志にしたがい、母星ビーズの文明を再現しようとしていた。努力の結果1000年でほぼ半分近い文明を再現できていた。

すべてはこの画像から始まったのだ。



画面の中に短い髪の女性がひたっとレンズを睨みつけている。切れ長の大きな目だった。彼女の口がゆっくり開いた。


<イブの記録より>

私はイブ。

この記録は、私の子供たち、子孫に残すメッセージである。

創生3025年、水の月12日。新たの世界を築くために我々はマリアスの中央山岳地帯に着陸した。

我々のクルーは、2組の家族で構成されている。

1組の家族は、夫:スパン。妻:リー。長男・ゼリー17歳、次男・モー15歳、長女・ルイ13歳

もう1組の家族は、夫:マーリス、妻:イブ(私のことだ)。長男・ダン13歳、長女・ミント13歳、次女・13歳。

着陸したのは夕方だった。山の頂から地上を観察すると、東はほとんど暗く大きな森の輪郭だけが見て取れた。南は海のようだったが、海へ続く大地には深い谷があるようだった。北は険しい山々がそびえたち、近寄れそうもない。西は広い草原、森、大きく水をたたえた湖、川。夕日を浴びてとてもきれいだった。我々は飛行船での生活で疲弊していた。どれだけこの景色が我々の心に希望を与えただろう。

だが、我々より先にビーズを旅たった船団の行方は以前不明だった。電波が途絶えて久しい。生存の可能性は薄い。

この惑星への移住のために必要な調査は出発前に終了している。まず我々がこの惑星でしたのは移住に適した場所を探すことだった。西の平原は理想的な地形に見えた。明日夜明けとともに調査を開始することにした。

その日の夜、長い宇宙空間での暮らしは、人を狂わせてしまうには十分だったようだ。マーリスは、リーに対してよからぬ思いを抱き、その夫スパンを殺した。リーは私や子供たちも殺すつもりだった。

(間があった。画面の中のイブは何か苦しそうに顔をゆがめている。)

マーリスは…死んだ。その後、リーは東へ、私は西へと別れて暮らした。やむおえない事情からそうなったが、その時リーは私の娘ミントを連れて行った。

リーへの無線もつながらず、彼らが東のあの密林地帯で生き延びたかどうか、分からない。

私の子孫たちにお願いがある。いつか東の地へ行ってその痕跡を探してほしい。今は無理だ。我々が生き残るだけで精一杯だ。

いつか…頼む。



画面の中のイブの映像はノイズとともに消えた。

ヤン博士が言った。

「これが1000年前に残したイブの記録だ。これ意外にも数百本に上る記録があるが、それはすべてこの惑星の開拓に必要な技術の伝授だった。この飛行船の内部にある沢山のデータや資料、材料を使って、我々子孫が文明を再現できるように記録を残している。」

スパンたちは、ただ呆然ととの場に立ち尽くしていた。


カーミラがのんびりした口調で言った。

「みなさん、お茶がはいりましたよ。テーブルの方へどうぞ」

この場に相応しくない――緊張と驚愕に立ち尽くしているスパンたちとは全く正反対の――暖かい午後のひと時を連想させる口調に、スパンたちゆっくりとカーミラを見た。カーミラは午後の日差しの中白いポットを持って立っている。スパンは過去にこんな風景を見たことがあるような気がした。あまりにも平和な、穏やかな午後の風景だった。

「スパンさんの好きな、クランベリーティーをいれましたよ」

みな、お茶の香りに誘われてテーブルについた。お茶を飲みながら、博士は話の続きをはじめた。


200年前、東の人間を探しに西の先祖は海を渡った。そしてイブの願いどおりに東の人間をみつけた。リーは子供たちを守り、その子孫は文明を築いていた。

「東と西の文明で大きく差ができたことは何かわかるかね」

「科学技術の差、でしょうか?」

「芸術性も違うわね」

「自然文化と科学文化の違い?かなぁ」

「そうね、考え方も違うわ」

それぞれが思いつくことを口にした。博士は少し微笑むと

「科学技術も今ではそう差はなくなっている。芸術のしてもそうだ。愛情・友愛・尊敬・慈しみなどは両国共通だろう。」

スパンたちは顔を見合わせた。それ以上の違いは思いつかなかった。

「想像力だよ。」

「想像力?ですか」

「そうだよ。想像力だ。ただし、科学的想像力とは違ってね、心の痛みを理解するための想像力だよ。」

「…?」

「例えばだ」

そういうとヤン博士は突然スパンの腕を叩いた。スパンはビックリして博士の顔を見た。

「失礼。さて、スパン君。今の君の気持ちは」

スパンはポカンとして言葉を忘れている。他のみんなも同じだった。

(博士は、頭が変なのか?)カーミラを見たが、彼はニコニコしている。

「いえ、あの。びっくりしました。何をするんだろうと」

「そうだね。時と場所、性格、いろいろな要素が絡まって人々は突然こんな『殴られる』という不条理に対して傷ついたり、驚いたり、いろいろな感情が動く。西の人間にはその感情が乏しかったんだ。西の人間の興味のあることは、いま私が君をたたいたことによって、君の腕にどのような反応が起こるか、ということであって、君の気持ちには興味が向かないんだ。

“もしも、これが自分だったらどうするか”

“もしも、何々だったら”

そういう風に、自分に当てはめて想像する相手への気持ちだ。

それが、西にはなかった。だから、こんなことになったのかもしれん。」

スパンたちには意味がわからなかった。そんなあたり前の『感情がなかった』と言われても、どうしていいか判らない。

「両国が出会ってからの100年はね…」

スパンたちの戸惑いをよそに、博士は目を細め、まるでその当時を見ていたかのように話し始めた。

両国の出会いは、驚きと、戸惑いの連続だった。どちらの国も、もともと同じ世界の人間であったため、言葉も風習も文明の基礎もそれほど大きな違いはなく、人々は互いの技術を恐ろしいほどのスピードで吸収した。

遠い先祖リーとイブの願いが800年という歳月を経てようやく現実となった。両方の国の交流が盛んになればなるほど、文明の進歩は今までの比にならないほどに進歩した。

しかし、100年が過ぎたころから一部の人々の心に変化が訪れはじめてた。

その頃から、西と東の間に競争心が芽生え始めた。競争し協力しあっている間はよかったが、その競争心は妬みや憎しみ、嫉妬を生み出した。そしていつしか軍隊というものが出来た。軍隊はその競争心の代表的なものだった。設備、装備において自国がどれほど優位に立てるかが国の中枢部にとって重要な課題となった。

その性能を確かめるための様々な実験が地下で行なわれた。

それは創始者リーとイブのもっとも望まない“戦争”と呼ぶものと似たようなものだった。

核兵器・水爆・毒ガス弾・生物兵器…ありとあらゆる兵器が作られ、地下で実験が行なわれた。いずれそれは両国の脅威となり互いに牽制しあうようになった。

競争心はしだいに恐怖に変わっていった。相手より劣るものを持っていれば、いずれ攻撃され自国も国民も滅んでしまうだろう。自分の地位や権力も失うであろう。ますますエスカレートしていった。一般市民の安全という名目もとに。

地下の実験室で繰り返し、繰り返し、量子爆弾、核爆弾、水素爆弾、ありとあらゆる実験が行なわれた。その衝撃は地上へも及ぶほどだった。

彼らは誰もその結果を想像しなかった。予想もしなかった。

繰り返しの衝撃を受けるうち見えない部分に亀裂が入ってもおかしくはなかっただろう。またその揺れによって他の実験施設に何らかの影響があったとしてもおかしくはなかった。

地中はそのまま大地の中にあり、地表の一部でもあるということに、誰も木がつかなかった。

土が汚れれば、その土に生育する植物はその汚染物質を含む。

汚染物質を含んだ食物を虫や動物、鳥が食べる。

その汚染物質を含んだ植物を食べた動物や昆虫を、また別の動物が食べる。

その植物も動物も死ねば土になる。雨がふる。雨は地表の栄養分を伴って地下へ潜る。それは川へ流れ込み、また、生物の飲料水ともなり、また、蒸発してまた地に雨として振ってくる。

繰り返し、繰り返し、繰り返される。

循環が始まり、連鎖が始まる。

そうしてそれらは世界の隅々までに蓄えられる。

いつか何かの形で現れる日まで。


いくつかの要因が重なった結果だったのだろうか。それとも、もともとこの惑星に存在していたものだったのだろうか。

調べる手立てさえないまま、世界は赤い砂に覆われていった。


西の国で赤い砂が発見された時、すでに砂は海岸線一帯と海の一部にまで広がっていた。は赤い砂で覆われてしまっていた。発見のきっかけは海岸近くの原生林が一瞬にして消えてしまったことだった。そのとき赤い煙があがったと報告されていた。

赤い砂が発生するまえに起きた異常気象については、度重なる爆発の影響で地軸がずれたためと判明したが、赤い砂に関しては原因はわからなかった。

鉄分を多く含んだ砂は触れるもの全てを砂に変えていった。原因も対策もなにもなかったが、西の国の科学技術、またイブが残した――未開発の技術ではあったが――技術があれば充分に対応できると考えていた。

彼らは自分たちの技術は何にも勝るのだと、世界は自分たちの手中にあるのだと、おごりたかぶっていた。

それが自分たちの過ちであったと気づく間もないスピードで砂は襲ってきた。

町は一瞬にして赤い砂の津波に飲み込まれた。

その救出にマーリス山からも駆けつけたが誰一人助けることはできなかった。救助隊に加わった人々は、身体がしぼんだ風船のようになり、その後砂に変わった。

マーリス山にはその時、飛行船と同じものを作るための調査がされていた。その研究員調査団517名がいたが、地上の惨状を聞いて、人々の救出と研究設備に残っている様々なデータを回収するために、一部の人間を除いて町に戻っていった。

そして誰も戻ってこなかった。

山の頂から地上を見ると、日に日に赤い砂漠が広がっていく。山に残った人々は不安に怯え、耐え切れずに全員で山を降りることにした。

ヤン博士はそこまで話をすると、頭を抱え苦しそうに顔を歪めた。

「私が、私がそう提案したんだ。このままここにいるより現状を把握しに行こうっと」

そうして博士はスパンたちに懇願するような目をむけた。悲しみと、後悔と、苦しみと…狂気がいりまじった瞳だった。


下山した博士たちを砂が襲った。乾いた白い大地を歩いていたが、足元から赤い砂が噴出してきた。突然のことに人々は四方八方へと逃げ惑った。あっという間に人々は砂に飲み込まれた。博士は死に物狂いで砂から這い出した。目の前で赤い砂が渦を巻き、他の人々を飲み込んでいった。ふいにその渦から手が突き出てきた。博士は思わずその手を掴み引っ張った。手の持ち主は、博士に手を引かれ這い出してきたが、ざわざわと砂になり最後に博士が握っている掌だけを残して全て砂になってしまった。

どれくらいの時間、博士はそこにいただろうか。サラサラという静かな砂の音で我に返った。マーリス山の施設のもどったとき、そこには真っ赤な砂にまみれたカーミラがぼんやりと座っていた。

カミーラがどうやってここまで逃げてきたのかは判らなかった。博士が何を聞いても彼は首を左右にふるだけだった。

そして、また船の調査を再開した。

なぜか。

他に何もすることがなかったから。

そう言った博士は、さっきまでとは別人のようにうつろな目をしていた。

“絶望…”

ヤン博士もスパンたちと同様だった。サマーズの人間と同じように、運命にあがらうことはしなかった。

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