第7話 記憶(1)

-1-


山道は険しいが、それでも登れない山ではなかった。岩のでっぱりや、木の根っ子などを足がかりに少しずつ登っていった。山の麓のほうは木々は枯れていたが、少し上のほうになると、まだ枯れた葉がついている木があった。枯葉を踏むとかさこそと音がした。

2日目にやっと三分の二あたりまで登ってきた。

このころになると山は少しずつその険しさを増してきた。

夕方になって、足元が悪くなるぎりぎりまで登った。

「もうこれ以上は今日は無理だな」

「そうだな」

座り心地のよさそうな場所を探して4人は腰かけた。木々の隙間から差し込む月明かりを頼りに、簡単な食事をとった。

「今日は座ったままで眠らないといけないわね。」

「ああ。エヴァは大丈夫かい?」

「うん。私は大丈夫。」

そういうと小さくため息をつく。

「ほんとに?」

エヴァの表情は月明かりの影になってよく見えなかった。トーイがそっとエヴァの肩に触れたが、エヴァはかすかにうなずいただけだった。月明かりに照らされ枯れた葉が活き活きと輝いて見えた。赤茶けた葉、枯れ草の音、それすら素晴らしいのものに見える。

「ここはまだ、生きてるのね」

「そうだな」

風の音を聞きながらスパンたちはほとんど一睡もできなかった。

明け方になって、冷え込みが強くなると4人は擦り寄って暖めあった。太陽の最初の光が東の空を明るくしたとき、スパンはホッとするものを感じた。月明かりがあるとはいえ、やはり夜の闇にはなにか得たいの知れないものを感じる。赤い砂が闇夜に隠れて忍び寄ってくる。そんな妄想にもとらわれる。


ふ、とスパンは体にむずむずしたものを感じ、あわてて毛布を引き剥がした。この感覚。懐かしい感じがするが、すぐには何が起きているかは思い当たらなかった。

そっとズボンの裾をめくっていくと、それはいた。

スパンの行動にトーイたちは目を丸くしていたが、スパンが指先に乗せてみんなに見せたものは、小さな毛虫だった。虫はにおいを嗅ぐようなヒクヒクとした仕草をみせる。スパンの指の上で右往左往している。

みんな息を殺すようにしてその仕草を見守っていた。

体一杯に命を感じる。生きている命。

トーイが他にもいるかもしれないと、そっと葉の裏側や、石の隙間などを捜してみたけど、他には見当たらなかった。

「虫のお父さんとお母さんからみたら…ううん、虫という種族から見たらこの子が最後の奇跡なのかもしれない。」

エヴァがささやくようにかすれた声で言った。

スパンはそっと虫を木の幹に乗せた。

「つぶさないように気をつけてね」

そっと4人は場所を移動した。何かの弾みに虫を殺してしまってはいけない。

「虫か…なあ、トーイ。虫がいるってことは、まだ望みはあるのかな…」

「ああ。あるさ。」トーイは迷わず答える。

「エヴァが妊娠していることもそうだ。まだ、希望はある…俺はそう信じてる。」

スパンはトーイの顔をまじまじと見つめる。確固たる信念。ゆるぎない自信。そういうものをトーイから感じる。なぜ、トーイはこんなにも、ゆるぎない自信をもって生きていけるんだろう。

「なあ、トーイ。ずっと考えていたんだ。今も考えているんだけど。」

「…」

「僕たちは何かの力に惹かれるようにここに来た…そんな気がするんだ。」

「何かの力?」

「うん。僕は、君も知っているとおりそんなふうに物事を考えるたちではないし、でも、なにか意味があるような気がして。」

「意味…っか」

「ああ、ずっと考えてる。」

スパンははるかかなたの平原へと視線を移す。東から上った太陽は真っ赤な平原に朝の光を投げかけている。

見渡す限り真っ赤な大地。

もう何もない。彼方に望めるはずの海も、広がる草原や森も、そしてスパンたちが暮らしていたサマーズの町も。いまはすべて真っ赤な砂に埋もれている。

1000年前はどんな風景だったのだろう。スパンは遠い過去に思いを馳せる。

山に吹く風が心地いい。

しばらくスパンとトーイはその景色をながめていた。

「大統領の声明発表。覚えてる?」ぼくはトーイに問いかける。

『調査グループの発表は、中央統合研究所の地下実験室で実験中に爆発がおこったのが原因の可能性という報告がありました。爆発の原因は現在調査中です。その影響で地軸が多少ずれてしまったのではとの見解です。そのため、磁気嵐のような異常現象が引き起こされ、国民の皆さんに大変な不安と不便を与えてしまっています。ですが、いま東の政府と西の政府でこの事態の打開策を検討中です。すぐに今までの暮らしに戻れます。

政府を信じて安心してください。』

「結局、打開策もなにも見つからないまま、みんな赤い砂に飲まれてしまった。砂になったというほうが正解かもしれないね。どう形容していいかわからない。」

トーイはゆっくりと頷いた

「そうだな。結局大統領は嘘をついた…といより、大統領も本当のことは知らなかったのかもな。こんな恐ろしい赤い砂だったなんて。海岸で赤い砂が見つかって、あっという間に海や陸地にひろがって、すべて真っ赤な砂漠になってしまった。結局俺たちは、何が原因なのか、何が本当なのか、どうしてこうなったのか、なんて考える暇もなかった。それを知る方法さえもうないな。」

「東には1万人ほどの人間がいたのに生き残ってるのは、たぶん僕たちだけだ。西は、人口3万ほどだったけ…。今どうなってるのかな。」

小さくため息をつく。トーイが気を取り直すように言った。

「でも命ってすごいよな。もう人類が滅亡だってときにも子供がうまれるんだぜ。俺、命のすごさに、感動してるんだ。理屈なんてどうでもいい。俺は、希望はあるって、信じてるんだ。俺が感じた感動は嘘じゃないって。」

スパンの眉間で何かがはじけるような感じがし、その衝撃にめまいを感じた。


“季節は変わらない。永遠にこのままだ”

遠くで知らない誰かの声がした。


スパンは、そしてゆっくりと、崩れ落ちた…。



-2-


宇宙。


スパンの意識は宇宙にあった。

目の前で何かつよいエネルギーがぶつかり合った。

衝撃。

気がつくとガス状の雲が充満している。

なにかに掻き混ぜられちているようにガスはぐるぐると、はじめゆっくりと、そしてしだいに急速に回り始め、やがて停止した。

少しずつ収縮していく。

しばらくするとそれは、ひとつの星となった。

星はどろどろと煮えたぎったようになり、周りをガスが覆っている。

ガスは固まり、雲が現れた。

やがて雨が降り、雷が鳴る。地上に落ちた雷のエネルギーが大地をゆらす。

雷のエネルギーが星に刺激を与えた。

命がはじける。


画面がぐるりと変わる。


スパンの意識は、誰かの中にある。

「ほら、あれがマリアスだ。」

青く輝く星がある。

その男は隣に立っている銀色の髪をした女性に微笑みかける。

「私たちが、目指してきた惑星ね。」

「ああ」

そう言うと男は頷く。男は子供たちを呼ぶ。

「ゼリー、モー、ルイこっちへ来てごらん。これから着陸する惑星が見えてきたよ」

その男の意識がスパンの中に流れ込んでくる。大切なものへの深い愛。不安。悲しみ。恐怖。希望。そしてほんの少しの後ろめたさ。いろいろな感情が彼の心で渦巻いている。

その男の視線がグルっと動いた。

別の家族がいる。知的なりりしい顔をした女性、その横に三つ子だろうか、年恰好が同じような3人の子供たち。そしてとてもあどけない少年のような表情をしている男性。

「マーリス!」

スパンは思わず叫んだ。


再び、画面が大きく変わる。


スパンの意識は巨大なトカゲのなかにある。

トカゲは水の中から、ゆっくりとした動作で岩によじ登り、日当たりのよさそうな場所を陣取ると、じっと目を閉じている。

スパンはトカゲの微妙な心の動きを感じていた。

ずいぶん前にふと、何かを感じた。何かの悲鳴のようなもの。沢山の何かが失われる感じ。

あれはなんだったのだろう。日ごとに不安がひろがっていく。

トカゲはゆっくりと空を見上げる。あの嫌な感じがしてから、ずいぶんとたった頃に、空に、もうひとつの太陽があらわれた。

日がたつごとに嫌な感じが増してくる。

大きな音が遥か頭上から聞こえた。

新しい太陽の中から、黒い点が現れた。あれは、なんだろう。

それは日ごとにどんどん、どんどん、近づいてくる。

その黒い点は、いまは大きな星となってトカゲの頭上に覆いかぶさらんほどになっている。

そしてその星は、海に落下した。その弾みでトカゲは岩にたたきつけられる。

ああ、彼は―トカゲは、もう助からない。


真っ暗になり、やがて、明るくなった。


スパンの意識はまた別の誰かの中にある。

「大丈夫かい?」

老人が顔を覗き込む。

「ああ、はい大丈夫です。」

スパンはちょっと眉間に痛みを感じながら、博士の説明をきいた。

「すでに船は2隻出発した。彼らが無事マリアスに到着したかは、この状況では確認のしようがない。これが最後の一隻だ。この星の上で生きている人間はこの研究所にいる私たち6人だけだ。この外界、濃度の高い二酸化炭素。メタン。窒素。炭酸ガス。人間、いや生物は生きることが不可能な大気のなかでは生きているものは誰もいまい。

君は最後までこの研究所で私の助手として勤めてくれた。ありがとう。しかしもう何も研究することはなくなった。必要なデータはすべてこの飛行船に積み込んである。マリアスに到着したら、このデータをもとに人々の生活に役立ててくれ。そして、二度と同じ過ちをおこさないように。頼んだよ。」

「博士は、本当に船には乗られないのですか?」

博士は温かな感情を瞳にたたえてスパンを見つめた。

「博士、一緒に行きましょう。まだ人々は博士を必要としています。」

「すまんなぁ。スパン。私は、この星とともに最後を迎えたいんだよ。私の妻も父も母も友人もみんなこの星で眠っている。ここで、最後を迎える、それが今の私の望みなのだよ。さあ、センチな別れはこれまでだ。さ、行った行った。」

博士は、手をぶらぶらさせる。その目には涙が滲んでいる。

「パパ」隣にいた、理知的でりりしい女性が博士に抱きつく。

「パパ…」

「ああ、イブ。いい子だ。お前が私の娘で本当に私は幸せだったよ。ありがとう」

強くイブを抱きしめると、無理にイブを自分から引き離そうとする。イブは泣きながら、

「やだやだ…パパ」と博士にしがみつこうとしている。

「イブ。ごめんよ。これが私にとっての一番の幸せなんだよ。この惑星で、最後を迎えたいんだ。ごめんよ。イブ」

博士はそう言うとイブの体を押しのけながら、イブの後ろに立っていた屈強な若者に託す。

「マーリス。頼む。イブと、スパンの家族を頼む。無事マリアスに送り届けてくれ」

そういうと、博士は飛行船の発着室から出て行った。

飛行船の入り口で、幼い子どもを抱いた女性が悲しい目をして彼らをみていた。


画面が大きく変わる。


真っ赤な空間。

天も地も赤い。

どちらが天でどちらが地だ。

上も下も、右も左もわからない。


そんな空間にスパンの意識はあった。

スパンはその空間でぼんやりとしていた。

どれくらいの時間そうしていたのか。


コニータの気配がした。

「コニータ…」

スパンはそっと呼んでみる。

「スパン」

声のするほうに振り向くとコニータがいた。白いドレスをきて、たたずんでいる。

「コニータ」

スパンは微笑む。コニータも微笑む。

「生きてたんだね。」

とスパンはコニータに手を伸ばす。

「ええ。生きてるわ。」

そういうと、コニータはスパンの手を取る。スパンはそっとコニータを抱きよせる。

スパンは再びコニータの体温を感じることができた。涙がスパンの頬をつたわる。

「スパン。私は生きているわ。この赤い砂の中で。私たちは砂に姿をかえただけなの。死んでしまったわけではないわ。でも砂になった私たちはスパンあなたに思いをつたえられない。」

コニータ、コニータ、コニータ…

スパンはただコニータの胸に顔を埋めて泣き続けていた。

コニータはやさしくスパンの頭をなでてくれる。

「僕は…僕は壊れそうだ。不安で怖くて、どうしていいのかわからない。トーイのように信念も自信もない。ただ、ただ、僕は怖くて怖くて、逃げ出したいよ。全てを捨てて逃げたい。どうしたらいいの、怖くて、このままだと壊れてしまう」

コニータはやさしくスパンの額にキスをすると、顔を覗き込む。コニータの微笑がスパンをつつみこむ。

「スパン。終わりがきてもそれは、ハジマリなの。ハジマリは終わりに繋がっている。マリアスは終焉の時を迎えたわ。でも、それは新しい世界のハジマリなの。絶望は絶望でなく希望。生まれてくる命は絶望の中の希望。命が生まれる限りそこに未来はあるのよ。」

「未来…」

コニータがスパンの目を見つめながら、ささやく。

「あなたは見えない力に曳かれてる。それは、あなたが運命そのものだからよ。スパン自分を信じて。」

コニータの微笑が凍りついた。そして真っ赤な霧となって、姿は消えてしまった。

コニータの体温も、触れた手の感覚もまだあるのに、コニータは消えてしまった。

「自分を信じて。」

コニータのささやきが、耳に残る。

真っ赤な空に、大地に、スパンは叫んでいた。

コニータ!コニータ!コニータ!コニータ!



-3-


冷たいものが、額にふれる。

目をあけると、イブ、トーイ、エヴァの顔が見える。

イブが顔をクシャクシャにして泣いている。

「スパン。大丈夫か」

スパンの意識は、まだあの赤い空間にある。

「もう、2日も眠りっぱなしで、このまま砂になってしまうのかと…」

イブはそう言うと、また泣き出した。

少しづつ現実がもどってくる。

(ああ。そうだ。そうだった。僕はトーイと話をしていたんだ。)

「人類が滅亡だってときにも子供がうまれる。希望はあるって、信じてるんだ。」

そう。トーイとそんな話をしていた。そしたら急に眉間のあたりが痛くなって、そのまま気を失ってしまったのか?

スパンは起き上がる。額からぼろ布が落ちる。掴むと濡れている。

「水…?」

エヴァがスパンの前に水のボトルを突き出した。その手が震えている。

スパンは、自分のために貴重な水を使ってくれたことに対して何か言いたかったのだが、言葉にならなかった。スパンは、ボトルを受け取ると一気にその水を飲み干した。


スパンは2日間眠り続けていた。

そうトーイが言った。

スパンはマーリスの山の頂を仰ぎみ、暮れ行く大地を見下ろす。

「トーイ。明日の朝、出発しよう。」

「スパン。無理するな。もう2、3日ここでゆっくりしても大丈夫だ。」

「いや、そうじゃない。」

「食料や水もあと少しなら、なんとかなるし…体調がもどるまで…」

トーイの言葉をさえぎって、スパンは言った。

「いや。時間が、ないような気がするんだ。できればあす中には頂上まで行きたい。」

「…わかった。」

トーイはなにかいいたそうにしているが何も言わない。イブもエヴァも不安そうにスパンをみている。スパンは笑ってみせる。

「大丈夫だよ。明日は頂上につくさ」


夜の闇の中で、スパンはじっと空の星を見つめている。星は寒さのせいか激しくまたたいている。この2日間、夢を見ていたのだろうか。じっと、自分の心の中を彷徨ってみる。すると、コニータの言葉が何度も何度もくりかえされ、思い出される。

「あなたが運命そのものだからよ。スパン自分を信じて。」

コニータの微笑を思いだし、目を強く閉じる。コニータの体温もまだこの手に残っている。

コニータ…。


明け方、エヴァのすすり泣きで目が覚めた。トーイがなだめているが、なにか興奮しているようだった。

「スパン、あなたが意識を失っている間エヴァの様子が、少しね、変だったの。急にはしゃいでみたり、沈んでみたり。泣いてみたり。そのたびトーイがなだめて落ち着いていたんだけど」

「エヴァ、大丈夫だよ。スパンも元気になったし今日は頂上までつけるから。」

「妊娠期特有の、あれじゃないかなっと…おもってるんだけどね」

イブはエヴァに水を飲ませようとしていた。エヴァは激しくそれを拒絶すると、懇願するように、ヒステリックに話しだした。

「私不安なの。自分は間違っているのじゃないかって。この子が生まれても、なにをしてあげられるの?!この子をただ苦しめ、悲しませるためだけにこの世に生み出そうとしているのかもしれない。そう思うと…そう思うと…」

エヴァは激しくしゃくりあげ、大声で泣き出した。今まで心の中に溜まった沢山の思い、不安、恐怖、哀しみその全てを吐き出すように。

「スパンも!スパンも倒れて、そしたら、きっとみんなも死んじゃうわ。私と子供だけが残ったら、どうやって生きていくの。どうしたらいいの。死ぬためだけに子供を生むの?この子、誰が育てるの!?」

「大丈夫だ!エヴァ。俺が、ずっと俺がそばにいるから。誰も死なないから。」

すがるような目でエヴァが訴える。

「頂上には何があるの? もし何もなかったら? 西へ下る? その西も赤い砂に覆われていたら? そしたら、そしたら、どうなるの?」

「大丈夫だよエヴァ。そんなことはないから。心配ないから。」

「心配ない、心配ないって、どうして?どうしてそんなことがいえるの」

トーイが苦しそうに顔をゆがめ、言葉をつまらせた。トーイは大きく息を吐くと、激しく頭を振る。そして、スパンをすがるような、食い入るような目でみつめた。

スパンはこんなトーイを見るのは初めてだった。強い意思を持ち、スパンを励まし支えてくれたトーイ。

スパンは子供の頃、マースの木に登って下りれなくなったことがあった。そんなスパンを励まし、自力で木から下りれるよう励ましてくれた。

「スパン、そこまで登れたんだ。きっとおりれるよ。そうそう、右足をだして、ほら次は左足、大丈夫、俺がいるから。」


トーイは大きく深呼吸をすると、気持ちを落ち着けようとしている。

「ここまできてスパン、君が倒れて、目的地はもう目の前で、でももし目的地に何もなかったら、全て赤い砂に覆われていたら?もう、不安で、不安で、エヴァは、いや、俺も、イブも…」

スパンは、やさしく、トーイの肩に手をおいた。

「俺ら、心が押しつぶされそうなんだよ。」

トーイの目にみるみる涙が浮かんだ。

イブがスパンの背中に顔を押し付けている。スパンの背に哀しみ、不安、苦しみが伝わってくる。スパンは泣きたくなった。

「僕もずっと不安だったよ。自信もなくて、ただ怖いからじっとサマーズにいたんだ。でも何もしない自分はもっと怖くなった。このままでいいのかって。コニータを黙って死なせてしまった自分はなんてだめなやつなんだろうって。

ただ、サマーズを出て行きたかった。どこか、どこでもいい、サマーズ以外のどこかであるなら、って。ただ僕は現実の恐怖や責任やそんなものから逃げたかったのかもしれない。

そんな僕に君たちは付き合ってくれた。トーイ、エヴァ、イブ、ありがとう。

でも、今は違う。」

(そうなんだ。そうなんだ。エヴァ。君がいたから、僕たちは今、ここにこうしているんだ。絶望の中に希望を求めて、今、ここにこうしているんだ。)

スパンは、大きく息を吸うと、わあわあと泣いているエヴァの頭にそっと触れた。

「大丈夫だ。エヴァ。誰も死なない。そして、僕たちはきっと明日にたどりつける。」

エヴァは驚いたようにスパンを見た。

トーイはスパンに大きな力を感じた。

イブはスパンに不思議な自信を感じた。



「絶望の中の未来…」

スパンは口にだして言ってみる。

「絶望の中の未来。」

もう一度繰り返してつぶやいた。スパンは、エヴァの瞳をみつめ、コニータの言葉をつぶやいた。

「命が生まれる限りそこに未来はある。」

コニータの言葉が響く。

「そう生まれてくる命はそこに未来があると信じて生まれてくる。だから、まだすべてが終わったわけじゃぁない。」

スパンの弱い心に、強い力が湧くのを感じた。

スパンたちは頂上に向かって登り始めた。



山はかなり険しかったが、頂上に近づくにつれてゆるやかな道になった。

このあたりでは木々が枯れずに立っている。緑ではないが、まだ枯れていない葉が枝に残っている。木々の間を縫うように歩いているが夕暮れが迫ってくると急に足元が暗くなってきた。

「あともう少しで頂上だよ」

スパンは後ろにいるみんなに声をかけた。

「スパン、もう足元が暗くてよく見えない。月がでるまで待たないか?」

トーイが言った。

「あと少しだよ。もうそこが頂上だよ。ほら」

スパンは前の方を指さした。でも前方には思い思いに育っている木が立ちはだかり、頂上は見えなかった。かわりにそこには鬱そうとした薄暗い空間があった。

「エヴァがつまづいたりしては大変だから。少し休憩して、月がでるのをまとう。」

イブがスパンをつっつく。スパンは、自分の気持ちが先走っていることに気がついた。

「すまない。ちょっとあせっていたようだ。」

風が吹くたびに木立が揺れ、葉が擦れあう音がする。エヴァが大きく深呼吸をした。それに習うようにイブも深呼吸をする。

「もし、今が水の月なら、ここは青々とした木々が茂っているかもしれないわね。」

「そうね。きっと素敵だったでしょうね」

「ね、トーイ。そのころにここに来てみたかったわね。」

日が沈み、あたりは真っ暗になった。月がでるまでの少しの間、仮眠を取ることにした。皆、よほど疲れていたのか、深い深い眠りに落ちていった。

スパンは繰り返す深い眠りと浅い眠りの谷間で、コニータの笑顔が浮かんだり消えたりするのを見ていた。

ときおり何か物音が聞こえるのだが、スパンの体は鈍い眠りを貪って、ピクリとも動かなかった。


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