第6話 ラル

スパンたちが旅立った日、ラルは一人サマーズの町に残った。いや、一人ではなかった。息子のルイが一緒だ。だが、ルイは、すでに砂になりつつあった。ルイの意識は、消えては、戻り…を繰り返している。意識があるときは、昔の思い出や、これから一人残るラルを心配しているのだが、会話の途中で、ふっと意識を失い、そのまま何時間でも生きているのか死んでいるのかさえ分からない状態になる。

ラルは、砂で汚れた窓ガラスの向こうに、スパンたちが去っていくのを見送っていた。ずっと意識を失っていたルイがふいに意識をとりもどした

「スパンやトーイは去っていくんだ。イブやエヴァも一緒だね。ボクも一緒に行きたかったな。マーリス山から見る夕日は綺麗だろうな。ねえ、パパ。僕らもいこうよ。マーリス山に。マーリス山には、ママがいるよ。そんな気がするんだ。マーリス山に行けば、ママに会える…」

「ルイ?なぜ、スパンたちが出かけるのを知ってる?」

「知ってるよ。砂が、教えてくれるんだ。」

「スパンたちは、西の国いくんだ。マーリス山には行かないよ」

「ふーん。」ルイは少し考える風にして

「最後は、マーリス山に行くさ。絶対。だって、そこにママがいるんだよ。マーリス山には皆が行くんだ。僕も、パパも」

ラルは混乱した。ルイの言葉の意味が理解できなかった。ずっと眠っていたルイがスパンたちのことを知っているはずもなかった。ルイはすでに身体の三分の二が砂になっていた。ラルは、スパンたちよろも、今はルイの側で、ルイだけを見つめていたかった。二人の最後の時に、他人の話をされるのが、ルイはたまらなく嫌だと思った。

「ねえ、パパ。僕の生まれたときの話をしてよ。僕。その話大好き」

ラルはねだられるまま、ルイが生まれたときの話をした。話しながら、自分の声が震えるのを感じていた。

その日の夕日が沈む頃、ルイは息を引き取った。その体は、赤い砂になってサラサラと崩れてゆく。ラルは、ルイを抱きしめた。

誰にぶつけていいのか解らない怒りと、憎しみ。哀しみ。

「ルイ、ルイ、ルイ…」

ルイの体は真っ赤な砂になって崩れてゆく。ラルはルイの顔を見つめた。安らかな、ほんのちょっと笑ったような顔。もう顔だけになってしまったルイ。その顔にそっとキスをする。

そしてラルの手の中で、見つめている目の前で、ルイの頭は砂となって床に降り積もる。

ラルは絶叫する。

ルイの名を呼びながら絶叫する。床に積もった赤い砂を必死で掻き集め、抱きしめる。

その声に答えるものも、ラルを慰めるものもいない。

ただ、砂がサラサラと音を立てているだけだ。

ラルは怒りと悲しみに身を任せた。目につくありとあらゆるもの、力任せに破壊していく。ガラスを割り、カーテンを引きちぎり、家具を引き倒し、そこかしこに物を投げつけ、気が付くと指先から血がぽたぽたと床に落ちている。落ちるその血を赤い砂が美味しそうに吸い尽くしていく。ラルは、床に落ちているナイフを拾いあげた。

自嘲的に笑いながらつぶやいた。

「砂、赤い砂。ルイもエリーも私の友人もみんなお前が連れて行った。でも俺は連れては行けないぞ。俺は…俺は!」

そう叫ぶとルイは鋭いナイフを自分の胸に突き刺した。そのまま床に座りこんだ。痛みで意識が飛びそうになるが、全ての気力を振り絞り、2度、3度と自分の胸を刺した。

ゆっくりと最後の力を振り絞るようにナイフを抜く。その胸から血が滴り落ち、砂がその血を吸い取っていく。ラルは自分の最後がくるのを待った。気力がつき、ゆっくりと床に倒れこむ自分を止めることができなかった。意識が少しずつ遠のいていく。砂がラルの体の上に這い上がる、その感触がラルの最後の感覚となった。ルイの身体は静かにゆっくりと砂に覆いつくされていった。サマーズの街も何もかもが砂に覆われていった。

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