第38話 逃亡と再建の始まり

 再び意識を取り戻した時、俺とアウラは槍構える騎士たちに取り囲まれていた。

 意識がまだはっきりとせずとも己の半分が喪失した感覚が強い。

 また隣にいたはずの耀夏の姿はない。

 いや、いなくていいのだ、いなくて……。

 混沌が境界にて陰陽分かたれたように、喪失した俺の半分共々元の鞘に戻っただけだ。

 今直視すべき問題は――

「お前たちを白王殺害の容疑で拘束する!」

 どうする?

 アウラを抱き寄せながら俺は満身創痍中、思考する。

「なにが殺害容疑だ! ジジイの自業自得だろうが! 周りの惨状見てよくいえるな!」

 無窮の楔を握る俺が果敢に言い返そうと、苦い顔の騎士たちは槍を引くことがない。周囲に目を配れば散々たる有様だ。白王暴走の結果、新大聖堂は半ば崩れ、多くの人々が犠牲となった。例え食われなくても瓦礫や将棋倒しによる負傷も多い。一二聖家の席も巻き込まれたからカエルラの安否も確認できない。

「ご容赦を!」

 騎士たちが槍を手に一歩踏み込んだのと同時、巨大な影がステージを呑み込んだ。

「があああああああっ!」

 巨大な影の正体は遺跡にいた転生ドラゴン!

 巨大な両足で着地した衝撃でステージに亀裂を走らせれば、騎士たちを弾き飛ばして包囲網に綻びを生む。

「邪魔、どいて! どかないと、痛いよ! 当たると痛いんだからね!」

 立ち上がろうとする騎士たちをドラゴンは尾で薙ぎ払う。

 バシバシと叩きつけては、騎士たちが紙切れのように吹き飛んでいく。

 それでも相手は騎士だ。壁だろうと床だろうと、全身を叩きつけられた程度で動けなくなるほど脆い存在ではない。

「忠告は充分したからね! どうなっても知らないからね!」

 転生ドラゴンは口を裂けんばかりに大きく開く。

 尾っぽの先から背びれにかけて黒いプラズマが昇っていく。

 おい、待て待て! そのシーケンス、怪獣映画で散々見たぞ!

 カウントダウンのように黒いプラズマが転生ドラゴンの首裏まで至った時、口内から凄まじい極太ビームが放たれていた。

 耳を劈く爆音に次いで、爆風が身体を叩きつける。

 俺はアウラを抱き寄せ、飛び散る破片から身を守った。

「だから、どいてって言ったんだよ、ぺっ」

 口内に残ったビームの残り火と共に転生ドラゴンは吐き捨てるように言った。

 土煙が晴れれば、着弾地点である壁面が消し去られ、外への脱出ルートを形成していた。

 また鎧を失った騎士団たちが倒れ伏している。

 いや、よくよく見れば、残り火のように燻っている転生ドラゴンのビーム飛沫に触れた鎧や武器が消失していく。

 無機物だけを消し去るビームを放ったのか。

 俺は、ゲーム好きの引きこもり転生ドラゴンではないと、伊達に災禍の波と戦い続けてきたドラゴンではないと、その実力に震えてしまう。

 ガチでやりあったら、どうなるか、武者震いしてしまった。

「ここは僕に任せて、君たちは逃げて!」

 転生ドラゴンからの呼び声に俺は我に返る。

 そうだ。戦いたいとか、不謹慎さは後回しだ。

「お、お前なんで! 外に干渉する気はないんじゃなかったのか!」

「君とはゲームで対戦する約束をしているんだよ! こんなところで捕まったら困るんだ! ほら、急いで!」

「感謝する!」

「ハルノブさん、あのドラゴンは!」

「遺跡で世話になったドラゴンだよ!」

 俺はアウラを抱き抱えれば、穿たれた穴を通じて新大聖堂の外へ駆けだした。

 当然、俺とアウラを拘束せんとする別動隊の騎士が後方から迫るも、転生ドラゴンからの尾の一打で阻止される。

「荷崩れだ! 気をつけろ!」

 新大聖堂の外に飛び出した俺が屋台の真横を通過した途端、積み上げていた木箱が崩れて騎士の追跡を妨害する。

「今のうちだ、兄ちゃん!」

「黒王様がいたぞ! 西の裏路地だ! 追いかけろ!」

「駅を封鎖しろ! 機関車に乗って逃げる気だ!」

 なんだ。なんだ。あっちこっちから声がする。声という声に騎士団は混乱し、追跡に支障が出ている。

「ムサシ、そっちには騎士団が張っているわ」

 物陰からの声に俺は思わず足を止めた。

 声の主であるカエルラは土汚れがあろうと無事な姿に息を飲み、そして安堵した。

「無事だったのか」

「小さい故にはずれて九死を得たのよ。他の当主は……いえ、時間がないから手短に言うわ。西門と南門は完全に封鎖されているの。けど、逆に東と北の門は封鎖されていない。逃げ出すならそこがチャンスよ」

 それにと、手綱を引けばドスドニドのランボウを引っ張り出していた。

「新大聖堂前にいたのよ。居ても立ってもいられなかったみたい」

「そうか。けどよ」

 ランボウの忠誠心には傷み入るが、先ほどから場をかき乱す声が分からない。

「白王殺害だなんて、あなたが無罪であるのは誰だって知っているわ。この声わかる? 今まであなたが助けてきた人たちよ。頼みもしてないのに、無実であるのを信じて逃亡の手助けをしてくれているの」

 ただ復讐を完遂するために行ってきた行動が、予期せぬ形で返ってきたのに驚いた。

「けど、状況があなたを白王殺害犯に仕立て上げている。いい、今は逃げなさい。後は一二聖家であるルキフゲ家がどうにかするから、今はどこでもいい、黒王様と逃げ続けて!」

「カエルラ・ルキフゲ、あなたは……」

「黒王様、後はお任せを」

 軽く会釈したカエルラは、顔を引き締めるなり路地裏から飛び出していた。

「聖陽騎士団よ、集いなさい! 白王殺害犯は北門に向かっています! 満身創痍といえども油断は禁物! 白王を殺害するまでの力を持つ者です! 北門の騎士たちと挟撃して対処するように!」

 一二聖家だからか、カエルラの声に騎士団は集う。

 けど、一応、俺の雇い主で殺害犯を招き入れた疑惑があろうと、騎士団が大人しく従うのが果てしなく謎だ。

「いえ、彼女の声には王の力がありました。少なくとも私はそう感じたんです」

 俺の疑問にアウラは驚き気味に返す。

 なら、カエルラは、白王として相応しき力を持っていることになる。

 白王の爺さん、未来は育っているぞ。

「行くぞ、ランボウ! まずは白王都からの脱出だ!」

 アウラを前に乗せ、ランボウの手綱引く俺は東門を目指す。

「それからどうするのですか?」

「そうだな、さっき出会ったドラゴンの遺跡にもかくまわせてもらうつもりだ」

「ドラゴンの、ですか」

「それから、そう、それから、逃げるついでに困っている人を助ける!」

 復讐の過程だったとしても、過程により生じた善行が俺とアウラの逃亡を手助けしている。

 なら困っている民、騎士どころか十二聖家だって助けてもいい。

 助け、助けられるというのはそういうことだ。

「最後に、黒王都を再建する!」

 再建は最後の最後になるだろうと、遠い道のりとは感じなかった。

 たぶん、きっと未来を見据えていたからだろう。

「いいのですか、ハルノブさん、あなたは……」

「いいんだ。あっちはあっちで、

 当然のこと、アウラからは、きょとんと合点の行かぬ顔をされた。

 まあ詳細は事が落ち着いてからでいいだろう。

「ぽーぼぼーぼー!」

 待ってと言わんばかり、ポボゥがアウラの胸に着陸する。

 直感で分かる。こいつは、いや、こいつらはただの獣、害のない獣だ。確証はないが、俺はそう感じた。

「いたぞ! あそこだ!」

「追え、追うんだ!」

 仕事熱心でなによりだ!

 俺はランボウの手綱を握っては東門を駆け抜けた。


 さあ復讐と奪還は終わった。

 これからは逃亡と再建を始めよう!

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