第25話 虐殺
「全ては太極のために!」
「新たな秩序の贄となれ!」
「白王様、万歳!」
なんだこれは!
なんだよ、これは!
黒王都を見下ろせる場所まで辿り着こうと、今まさに黒王都では、聖陽騎士団による虐殺が行われていた。
武器も持たず、ただ普通に暮らしていた住人を駐屯騎士団が一方的に蹂躙していく。
よく立ち話をした商家の人々が、僕に絡んできた子供たちが、誰も彼もが見ている前で殺されていく。
中には開闢者と共に武器を取ろうが呆気なく屍を晒す。
「そんな、こんなことが!」
アウラは両膝をつき悲嘆に暮れる。
信頼に篤き騎士たちが、守るべき民に刃を向けるなど倒錯しているのか!
「黒王アウラを見つけ出せ!」
「どこだ、姫巫女はどこだ!」
「連絡ではもう辿り着いているはずだ!」
虐殺を続ける騎士たちが、口々にアウラの名を走らせる。
あいつら、アウラを狙ってこの虐殺を引き起こしたのか!
肺腑が、急激に膨れ上がる感覚が、僕に立ちこめ、腰に下げた刀が震え出す。
怒りによる震えが伝播していた。
「た、助けないと!」
アウラに躊躇などなかった。
そうだ。黒王故にアウラは隠に属する全ての天紋を使用できる。例えば動は陽に静は隠に位置しているからこそ、虐殺続ける騎士団を静止させるなど容易いことだ。
「黒王アウラが命じる! 騎士団よ、動くな!」
黒王都にアウラの凛とした声が響き渡る。
そう、ただ響き渡るだけであった。
虐殺は止まるどころか加速する。
「いたぞ、あそこだ!」
「無紋もいるぞ!」
響き渡った黒王の声は、騎士団に居場所を知らせる結果を生む。
「そ、そんな、私の天紋を打ち消せる者など!」
ショックを隠しきれぬアウラは顔面蒼白となる。
まさか、アウラの静を打ち消した者がいるってことか。
けど、アウラは黒王だ。王だぞ。天紋の力に並び立つ者なんて……一人だけいる!
「白王の爺さんなのか!」
王として同等同格の力を持つ白王の爺さんが、静の反対である動でアウラの声を打ち消したのか。
けど、なんで? 飄々とした爺さんだけど悪い人には見えず、後継者問題はさておき、どこか愛嬌があって、紋のありなしで差別せぬ人柄に親しみと好感を持てた。
「白王様にその命を捧げよ!」
「くっそっ!」
頭上から騎士の一人が抜き身の剣を振り下ろしてきた。
ありえぬ人物に心を乱した僕は、呼吸でのアクションを失念。
咄嗟に抜いた刀で受け止めるも、刃交わる衝撃は僕の骨身に痺れを走らせる。
「ふ、ふざ、ふざけるなああああああ!」
怒りが僕の呼吸を爆発させる。
濡れた衣服は急激に上昇する体温により蒸発、力の限り交差する刃をかち上げれば、右から左へと横薙ぎの一閃を入れ胴を断った。断ったはずだった。
「き、切れてない、だと!」
刃は確かに鎧の胴を抜けていた。
怒りのまま人を初めて真剣で切った衝撃よりも、目の前で起こった衝撃が僕の現実だった。
鎧の下に楔帷子でも着込んでいたのか、いや、確かに手応えはあった。なのに、どうして切れていないんだ!
「うっ、うあああああっ!」
僕は裂帛の気合いを雄叫びとして、今一度切りかかる。
全身鎧である故に関節部を集中して狙う。
降りかかる刃をいなして弾き、間合いに踏み込めば、フェイスガードの隙間に剣先を突き入れた。
視界確保故の隙間。
虐殺を間近で見せられた僕に、日本での倫理観など当に消失していた。
「なっ!」
突き入れた刃先は、硬き音を上げて跳ね返される。
「我が身体は鋼鉄! そのような刃一切通じぬ!」
騎士がここで打ち明ける。
フェイスガードを上げれば、金属化した肉体を僕に見せつけてきた。
切れない。硬すぎて切れない。
いくら刃を振るおうと、その硬さに弾かれる。
このまま続ければ刃は、刃こぼれを起こし、下手すれば折れる。
「ハルノブさん!」
アウラが僕の背中に触れる。
触れられた背中を通じて寒気が走り、握る刃が揺らめきを纏う。何かが刀身に付与されたのか!
「無駄なことを!」
「えええいっ!」
無駄なんてない!
無意味に殺されて良い命なんてない!
僕は幾度となく刃を振り下ろし、鋼鉄化した騎士と剣戟を繰り返す。
ピキっと不吉な音が騎士の持つ剣から走る。
僕は好機として鍔迫り合いから力任せに押し込んだ。
騎士の剣は氷のように砕け、勢いのまま僕は騎士の鎧に刃を押しつける。
「鎧表面に霜が! ならば!」
アウラの付与した正体に気づいた僕は、刃を返すなり、峰を霜走る鎧に叩き込んだ。
鎧に蜘蛛の巣上の亀裂が広がり走る。
「やっぱり、低温脆性か!」
金属が低温になると、脆く破断するようになる現象のことだ。
教科書知識だが、物体の温度を下げると、分子構造は柔軟性を失ってしまう。
つまりは外からの衝撃を流す、吸収することができなくなる。
この状態で強い衝撃を与えると、耐えきれず破断に至る。
「触れたら凍傷レベルじゃ済まされないぞ!」
靄落ちる刀身の温度は、恐らく超低温だろう。
太極において熱は陽、冷は隠の位置となる。流石はアウラだ。
「はああああああああっ!」
腹に力を、刃に冷気を、僕は裂帛の気合いを込めて、大上段から刃を振りかぶり、峰打ちにて騎士を兜ごと破砕。騎士は無数の金属片となって大地に散らばっていく。
「ここは退こう!」
人を殺した現実に打ちのめされる暇など、現状が与えない。
鼻につく花火の、いや、これは火薬の匂い。ほんの少し離れた位置でライフル銃を構える騎士たちがいる。
そのすぐ隣には弓矢を構えた騎士たちさえ。
「くっ!」
僕一人ならどうにかできるが、すぐ背後にはアウラがいる。
矢でも鉄砲でも既に放たれている。
同時、不可視の波動が僕に激突する。
意識を揺さぶる衝撃が走るなり、刀身から冷気が唐突に消え失せる。
白王の爺さんめ!
「ぐっ!」
僕は地の型で構え、飛来する弾や矢の軌道を感覚だけで切り落とす。
回避行動を行えばアウラに当たる。
だから地のように不動で構え、致命に至る飛翔物だけを刀身で叩き落とす。
当然、致命に至らぬ矢や弾が僕の肩や太股に被弾した。
「は、ハルノブさん!」
「い、いいから!」
僕の背後でアウラが泣き叫ぼうと、被弾一つない姿に安堵する。
「桶狭間、いや長篠の戦いみたい撃ち方して!」
矢や弾が切れれば、後方に控えた騎士と交代する。
撃っては交代し、交代しては撃ってと、次発射までのラグがない。
アウラが僕を援護しようと黒王の力を使う。
両者の間に岩石が割って入るも晴天からの落雷により砕かれた。
次いで地割れが走り、僕とアウラを容赦なく分断する。
「アウラ!」
「ハルノブさん!」
全身に走る激痛だろうと、やせ我慢して駆けだした僕の身体から血が飛び散る。
僕は構わず手を伸ばす。
互いの手が触れ合う瞬間、背後から飛翔する影が、アウラの背面を貫いた。
正体は槍。
槍はアウラの胸部を貫いた穂先で、僕の右頬に創傷を刻み、飛び散る血が顔を染める。
「こ、これを!」
吐血しようとアウラは、腰元に下げた黒き剣を僕に押しつける。
「信じて――ますから!」
そして、王の力で僕を河川へと突き飛ばした。
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