第16話 白王

 それから鳥車に揺られ揺られて、白王都中央にそびえる居城にたどり着いた。

 鳥車の車窓越しに見えた居城は、どこか僕の世界にある修道院の建築様式に近い。まあ、白王とか王がついているけど、陽神を信仰する宗派の最高責任者だ。建築様式に政治面より宗教面が色濃く出るのは必然だろう。

「まるでルネッサンス期に飛び込んだみたいだ」

 石造りの建造物の内装は広々としており、天井には壁画が描かれている。

 白衣の男と黒衣の女が共に並び立ち、武器持つ人々と魔物の群が対峙する壁画。

 どうやら過去に起こった魔物の大量発生、災禍の波を再現した壁画のようだ。

 他の壁画には聖虹武人の活躍が描かれ、年齢、性別、武器の違いがあろうと、共通してその足下には切り捨てられた魔物の群が描かれている。

「圧巻だな」

 無紋にして天紋を越える者こそ聖虹武人。

 特別な能力もないただの人間なのに、天紋を凌ぐ力を持つ姿は僕に情景を抱かせる。

「こほん、ハルノブさん、お気持ちは分かりますが」

 首を天井に見上げていた僕に、アウラが軽く咳払い。

 空間に反響する咳払いで我に返った僕が、首の角度を元に戻せば、苦笑いをする案内人の姿が映る。

 おのぼりさんよろしく興奮したのが悪かったか、いやいや、壁画に見とれて足を止めた自分が悪いのだ。

「では、改めましてご案内いたします」

 案内人は何事もなかったかのように案内を再開する。

 カーペットの敷かれた通路を案内されることしばらく。

 ひときわ大きな扉の前まで通される。

「中で白王様がお待ちです」

 扉を開けもせず、案内人は折り目正しくお辞儀をすれば、僕とアウラを置いて歩き去っていた。

「普通、来賓が到着したら、中からドアを開いてくれるんじゃないの?」

「ええ、普通は、ですね」

 アウラが一含みありそうな笑みで返している。

 駅の時みたく、来賓が到着したならば、楽団の派手な演奏と共に出迎えると思ったが違うようだ。

「自動ドアならぬ手動ドアか」

 ドアの開閉は、セルフサービスときた。

 扉に施錠は施されておらず、軽く手を添えて押すだけで簡単に開く。

 鍛錬の癖で室内の空気を読んでしまうも、読んだ瞬間に僕は眉を潜めてしまう。

「一人、しかいない」

 改めて中に入れば室内は広く、奥に玉座が鎮座している。

 周囲に目を配れば、城下を見下ろせる窓辺から日が射し、シャンデリアが天井に吊されている。まあ内装は絵に描いたような玉座の間のようだが、問題は人一人しかいない点だ。

 仮にも白王が座する間である。護衛の一人も配置しないのはいささか疑問だ。

「なんか首ガックリさせてるし」

 肝心な白王らしき人物は、玉座に鎮座している。

 白の法衣を着込んだ、服装からして位が高そうな人物。

 ハゲの字とは無縁の白髪頭、顔は首を深くうなだれさせているため分からず、右手は左胸の部位を力強く掴んでいるため、法衣にしわが走っている。カーペットの上には杖、いや、先端に白き輪の装飾が施されているから錫杖だな。錫杖が転がり落ちていた。

 抑えた手からして心筋梗塞か、生憎、僕は医者ではないため分からない。

「くんくん」

 僕は意図的に吐息ならぬ、鼻息を出してアウラの反応を伺い見る。

 アウラは眉根一つ表情変えず僕に目線向けるだけで、死体のように動かない人物に反応を起こさない。

 僕の次なる行動に期待している色彩が目にあった。

 故に乗らねば、このウェーブにと、僕は木刀ではなく真剣の柄を掴む。

 静寂な空間に冷たい金属が滑る音が木霊した。

「最短で、最速で、最大限に」

 呼吸を組み替えるなり、刀を力強く握る僕は玉座へ猛進する。

 相手は首を深くうなだれさせている。

 ならば首を落とすため、上段からの構えでギロチンのように刃を振り下ろす。

 振り下ろした瞬間、大慌ての声が玉座の間に響いた。

「待て、待たんか!」

 発生源は玉座から。僕は刃がうなじに接触する寸前で止める。

 やっぱりこの爺さん、死んだフリをしていたよ。

 端から見れば心筋梗塞で死んだように見えるけど、僕の鼻と耳は誤魔化せないよ。

 だって加齢臭はしても死の匂いは一片もなく、しっかりと心臓の鼓動を把握したからだ。

 倒した敵がまだ生きているか、既に死んでいるか、迂闊に近づかず、匂いや心音で判断するのは戦う上で基本中の基本だ。

 戦場では血と硝煙の匂いが混じって判断し辛いが、血一滴ない空間では真っ先に把握できる。

「い、いきなり首を切り落とさんとする者が、どこにおるか!」

 九九の高齢に相応しく皺の多い顔だが、目は若者のように活き活きしているときた。

 けど、いい歳して逆ギレとは、なんかムカつく。

 発端は自分の死んだフリなのに、その口、切り落とそうか。

「アウラ、やっぱり切る」

「まあまあ、落ち着いてください。毎度毎度のお茶目なジョークですから」

 刀を構えた僕にアウラが、苦笑しながら止めに入る。

 受け答えからして、この爺さん、毎度のこと笑えないジョークを行っているようだ。

 ジョークによる誤解を拡大拡散させぬため、人払いをしていたとしても、年寄りが心筋梗塞で死んだフリなど笑えないぞ。

 特に九九の高齢ならば、なおのこと。

「なんじゃにんじゃもんじゃ、アウラちゃん、君さ、随分とまあ血気盛んなのを連れてきたね」

「なかなかの腕前でしょ?」

「ほんにの~その歳で相応の腕みたいだし、ガチで焦ったわ! 本当に首跳ねられるかと思ったわい!」

 なにこの飄々としたジジイは!

 服装や顔立ちから相応の貫禄を感じていたけど、一皮むければ、とんでもないジジイときた。

 迷惑なので本当に心臓止めてやろうかと、僕は納刀しながら重々思う。

 ふと別なる思考が過ぎる。元の世界にいた頃、ぶっ殺してやるとか、そんな物騒な発言、一欠片も浮かばなかった。この世界の倫理観に染まってきたのだろうか。

「では改めて、わしの名はシュメオ・ソルメン・バナルリウス。ようこそ異世界の者よ」

 僕が白陽王の発言に思わず刀を抜きかけた。

 いや、なんで抜きかけたと言えば、そう、カッとなって、そうカッとなったから、単にムカついたってのもある。冷静になればどうして知っているかと思い当たる節がないこともない。

「アウラ?」

「はい、お手紙であなたのことを少々」

 王同士の書簡なのだ。公務の一面もあれば、互いの近状を報告しあう私的な一面もあるのだろう。

 親と子、いや曾祖父と曾孫のほど年齢が離れていても、二人の王の間柄は、話し方からしても、歳の離れた気の合う友人感が強いようだ。


 混ぜるな、危険という言葉が似合うほどに……――

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