第15話 やれること、できること
と、言うわけで、やってきました白王都!
王専用車両と呼ばれる特別竜気機関車で揺られに揺られて、ノンストップから早五日。
乗り心地は一言でサイコー!
シートはフカフカで簡易ながらシャワーつき。食事も三食ついている。
小さい頃、家族で蒸気機関車に乗った日を思い出して、ちょっと悲しくなったのは内緒。
「ん~ノンストップだから二日速く着いたな~!」
一般車両にトイレはあろうと、シャワーや食堂はない。
では、どこで行うかと言えば要所、要所にある駅構内に食堂や公共浴場が設営されている。
構内だから駅から出る必要もなく、休憩も行えるからしっかりと利用者について考えられている。
運行ダイヤもそうだ。分刻みでしっかりと定められており、驚くべきことに、ダイヤの運行管理にはモールス信号が使用されているときた。
発電機関の恩恵は、ここまで人を便利に発展させるのか、驚きである。
「人、多いな」
カーテンの隙間からホームを覗けば、身なりの良い人たちや騎士がホームに停止した車両前に勢ぞろいしている。黒王が来訪するのだから当然のお出迎えだろう。
「ん~ご当人はいませんね」
横から外を覗いていたアウラの残念そうな顔に僕は察知する。
「もしかして、白王の人?」
「ええ、かなりのご高齢ですから、本殿の方でお待ちなのでしょう」
僕の世界でもテレビで要人が訪日すれば、首相など偉い人が迎える光景を見たことがある。
出迎えに現れぬ理由が、高齢ならば納得できる。
「前方に白い服を来た人たちがいますよね、ほら、一二人ほど」
「ああ、いるね。年齢性別バラバラだけど」
「彼らが以前言っていた一二聖家の現当主の方々です」
一二聖家は確か、初代白王の血を引く一二の家だ。
地球でいう貴族に該当する者たちであり、代々白王はこの一二の家々から輩出されるのを思い出す。
年齢は見た感じ、五〇代から下は僕に近い一〇代までと幅広い。
「けど、どこか空気がピリピリしてるな」
騎士は護衛の任だからこそ、責任の重さを鎧と共にまとっているが、並ぶ一二人の間に流れる空気は緊張ではなく対立の重さが濃い。時折だが横目の目線で衝突し、牽制しあっているときた。
一〇代の少女なんて、牽制し合う大人に呆れて欠伸なんてしてるし、肝が据わっている。
「以前言っていた後継者問題?」
「その通りです。誰もが次なる白王を巡って政治的対立を続けていると聞いています」
魔物の存在により人間同士、戦争をしている暇はなかろうと、水面下では政治的対立があるときた。
ドウツカ大森海から遠く離れた地だとはいえ、いや、離れた地だからこそ生じた対立だろう。
「車両内でおっしゃったように、後継や家について何を言われようと、聞かれようと、沈黙の笑顔で返してください」
「どこの家にも肩入れするなってことね」
当然だろう。一二聖家の問題は一二聖家内で片づけるべきだ。
もし黒王が肩入れでもしようならば、対立は表面化し紛争は免れないだろう。
「では、行きましょう」
アウラに頷いた僕は、渡された無窮の楔を抱えながらホームに降り立った。
アウラが車両からホームに一歩、足を踏み入れたと同時、盛大なファンファーレが鳴り響く。
楽団までいるとは、とんだ歓迎ぶりだ。
構内の天井は高く、東京駅を思わせる赤煉瓦作り。
転生者か転移者が設計、建築に関わっているのか?
まあともあれ、あれこれ一二人に挨拶して握手を交わすアウラの後を僕はついていく。
時折、黒王都で感じた視線を受けるも、風のように受け流した。
沈黙は金だ。
ここは兄から直々に譲り受けた霧の型で乗り切ろう。
「ご健在でなによりです」
四〇代男性とアウラが社交辞令を交える中、僕は呼吸を組み替える。
心音と呼吸を活動可能範囲ギリギリまで落とし、気配を可能な限り削ぎ落とす。
漂う霧のように気配を殺す型、それが霧の型。
基本の型しか使えぬ僕が唯一使える正当後継者の型。
『いいか、晴信、今から教える型は気配を霧のように殺す型だ』
僕が一〇歳の頃、兄が教えてくれたのは単に気まぐれではない。
『コツはそう、火で水を湧かす感じだ。おおう、ちょっと教えたらもう使えるのか。本当にお前は伸びしろと才能の塊だな。ああ、俺がお前に教えたことは親父やお袋には内緒だからな』
当然だろうと、この兄が僕に教えた理由として、いい年だから女に興味を持てと。その型で女湯でも更衣室でも覗いて女に興味を持てと。しょ~もない理由ときた。
名誉のために言っておくが、この霧の型、剣の道以外で、かくれんぼなどに使用したことは認めるも覗き行為に一切使ったことはない。
兄は話し方からして余罪あるようだが、そんなのだから顔は良くても女にモテなかったのではないかと今更ながら思う。
「あら、ハルノブさん?」
一二人と挨拶を終えて次なる移動になった時、アウラは周囲を見渡している。
僕は呼吸を元へと整えれば気配を露わとした。
「すぐそばにいたのですか?」
「ちょっと気配殺していた」
端的に説明すれば、驚いたように目を開いたのも一瞬、にこやかな笑みを浮かべていた。
「流石ですね。あれこれ聞いてくるかと覚悟はしていたのですが」
「世界違えどもゲスな勘ぐりは多いわけか」
何しろ年頃乙女である黒王の隣に男が控えているのだ。
僕の立ち位置として護衛だとしても、政治的に見れば、お披露目か、ご挨拶かと勘違いする輩が現れてもおかしくはない。
僕には行方不明の婚約者がいるも、そんな都合、勘ぐる側に一切関係ないのだから。
黒王都が和風なら白王都は洋風に近い。
大通りは正誤なく揃えられた石畳、立ち並ぶ家屋は石造りが目立つ。
黒王一行はドスドニドが引く馬車ならぬ鳥車に揺られ、その一台の中から僕は町並みを覗きながら率直な感想を抱く。パレードは何度か見たことがあるも、まさか異世界に来て、自分が見られる側になるとは思ってもいなかった。大衆は来訪した黒王アウラを一目見ようと集まり、警護の騎士たちと押し問答を繰り広げている。
アウラは窓越しに大衆へと笑顔で手を振り、場慣れしている姿である一方、僕はまた気配を殺してどっしり座って身を潜め中である。
屋根のないオープンな馬車、じゃない鳥車で助かった。
「ん?」
ふと鼻孔を不快な匂いが突いた。
この深く澱みのある匂いは覚えがある。
「ハルノブさん、どうしました?」
急に忙しなく目線を動かし出したのだから、対面して座るアウラが不安そうな顔で訪ねてきた。
「しっ!」
嗅覚だけでなく視聴覚に意識を集中させながら、僕は人差し指を唇に当てる。目、鼻、耳じゃ足りない。皮膚を使え、産毛を際立たせろ。空気を感じろ。澱んだ空気を。
大通りは歓迎の熱気に包まれている。熱気に紛れているからこそ、大衆の誰もがすぐ足下で渦巻く冷たい悪意に気づいていない。だけど、その熱気だからこそ、真逆の気が居場所を僕に自ら教えてくれる。
「そこかっ!」
僕は鳥車の扉を蹴破って外へと飛び出した。
突然飛び出したのだから、内に外にと歓迎の熱気は水を差されたように沈下する。
石畳に着地したと同時、身をバネのように縮ませては、捩りを加えた重心移動で冷気の方向に矛先を向ける。
不気味なほど静まり返った大衆の視線を受けようと僕の心は不動。
「風の型・疾風一閃!」
されどその身は疾風の如く。
一歩、ただ一歩、力強く踏み出せば風圧が僕の全身を叩く。
大衆の隙間なき隙間を風のように走り抜け、澱んだ冷気が形を為したと同時、トラックのタイヤサイズの首が大衆の宙を舞っていた。
「ひ、ひいいいい、お、オーガだ!」
「ま、魔物!」
悲鳴は一瞬、首のない巨漢に誰もが絶叫するも、黒き霧となって霧散した時には静けさを取り戻していた。そして大衆の視線は納刀する僕に必然と集う。
「な、何が、起こったんだ?」
「オーガが、出て、そしたら首がなくて、そしたら……っ!」
唐突な事態故、誰もが状況に理解が追いついていない。
後から知ったことだが、オーガは魔物の中でも相当危険なランクらしく、天紋覚醒者でなければ相手にしてはならぬと聖陽騎士団及び開闢者組合より厳しく決定されているとか。
「あの、子供が、あれ? どこに?」
「さっきまでここにいたのに?」
時が経つと共に状況を把握する者たちが現れ始めた。
誰もが周囲をキョロキョロと睥睨しているけど、オーガの首を落とした僕は、霧のように気配を殺しては、素知らぬ顔で鳥車に戻っていたりする。
「あら、ハルノブさん、お帰りなさい」
僕の乗車に気づいたアウラが、顔をほころばせながらお出迎え。
アウラの合図にて御者が鳥車を再発車する。
一度沈んだ歓迎の熱気は、先の出来事を消し飛ばすように盛り返している。
「もう突然飛び出したから何事かと思いましたよ」
「ごめんごめん、嫌な気配がしたから。けど飛び出して正解だった」
「まさか、この地にまで魔物が出現するなんて、いったい何が起こっているのでしょう?」
「神様はなんて?」
「さっぱりと」
アウラは困ったように肩をすくめていた。
黒王とて人の子、いくらこの世界の神の声を聞くことが可能だろうと、神様も知らないときた。
ならこの事態は神の認知外の出来事なのか、それとも、事態の当事者(神)であるが故に人間にはダンマリを通しているのか。
ゲスの勘ぐりであろうと人でない故に深読みしてしまう。
「聖陽騎士団があろうと限界があります。今回は大通りでしたが、人家、それも寝静まった時に魔物が出現でもしたら目も当てられません」
確かにアウラの言うとおりである。
戦場で夜討ち朝駆けの奇襲が行われるのは、その時間帯こそ心身共に、一番緩みが生じるからだ。
しかも、戦闘訓練のくの字もない一般家庭が、就寝中に襲われようならば、眠れぬ夜を過ごすのを強要される未来しか見えなかった。
(異世界人だから、そっちの問題で僕には関係ないとか切り捨てるのは簡単だけど)
この世界に来て数週間、簡単に切り捨てられぬほどに、僕は様々な人たちとの縁を培っている。
捨てるのは簡単だ。
けれど元の世界で縁があったからこそ、僕は一人になっても孤独にはならなかった。
(僕にできること、やれることをやる。ただそれだけだ)
関わり続けた者たちと関わり続ける。
そして、敵ならば切る。
味方ならば切らぬと僕は決意を抱くのであった。
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