第11話 対ハルノブ殺法パート三五

「お、ハルノブ、この前はありがとな、助かったぜ」

「あら、ハルノブさん、いらっしゃい」

「おう、ハル坊、今日も精が出るな」

 中央にある大通りに足を踏み入れるなり、立ち並ぶ商店の人たちに声をかけられる。

 ドウツカ大森海と隣接しているとはいえ、誰もが黒王アウラの張った結界により、魔物の脅威に晒されることなく商売に励んでいた。

 ほとんどが開闢者向けの品揃えが多くも、黒王住まう都市である故、巡礼者向けの品々も扱っている。

 タオルとか、ペナントとか、ブロマイドとか、そう、早い話おみやげ屋である。

 日本だと写真は江戸末期に外国から伝わったそうだが、こっちの世界ではスマートフォンのように気軽に安価で撮影と行かずとも、しっかりとしたモノクロ写真が普及していた。

 大まかであるが、文化レベルは明治末期から大正期ではないかと思う。

 発電機となる竜気機関と送電する電線もあることだしね。

「おめえさんが修理してくれた棚、前より頑丈だから使い勝手がいいぜ」

「ハルノブさん、休憩に一杯どうですか?」

「おう、ハル坊、これ持ってけ」

 お茶や饅頭を笑顔で渡してくる。

 好意的に接してくれるのは大変うれしいが、生憎仕事中。

 脱走中のドスドニドを見つけださねばならない。

 そのうち戻ってくるなら手間省けていいが、尾っぽを抜かれたショックで、あっちこっち爆走されて衝突事故を起こされては目も当てられない。

「ドスドニドが逃げただあ?」

「そういえば、なんか西側にある広場に走っていくドスドニドを見かけたわね」

「おう、こう、カクンカクンと人混みをかき分けて走っていたな」

 こういう時こそ、人と人との繋がりは大切だ。

 僕はいただいた饅頭を頬張れば、お茶で胃に流し込む。

「みなさん、ありがとうございます!」

 僕はお礼を言えば、西側へと駆け足で向かう。

 道中、探し鳥らしき足跡を見つけては痕跡を追跡する。

「お、ハルノブだ!」

「ぬあああに、ハルノブだと!」

「お前ら出合え、出合え、ハルノブが出たぞ!」

 西側にある広場たどり着くなり、今度は元気活発な一〇歳男児たちがお出迎え。否、来襲。誰もが将来、聖陽騎士団入りを目指しているそうで、広場に集まってはチャンバラごっこを楽しむ少年グループだ。

「今日こそはとっちめてやる!」

「魔物一匹、みんなでボコせば圧倒的!」

「成敗!」

「死に晒せやゴラッ!」

 木刀片手に六人の子供たちが散り散りになっては、円の動きで僕を取り囲んできた。遊びではなく夢と憧れをもって騎士団入りを目指しているだけに、その連携は子供騙しではない。

 ただ、その言動はもうちょっと控えめに行くべきだと思う。

 合戦などの戦いの場において、声で己を鼓舞し相手を威圧するのは一種の戦法であるが、子供たちだとチンピラのようで全然、威圧さがない。

 例えるなら……そう猛虎の真似するニャンコである。

「悪いけど、こっちは仕事中なんだ。相手は後でね」

「お前ら、対ハルノブ殺法パート三五で行くぞ!」

「全員、抜剣!」

「もう抜いてるだろ! 今日こそは誘導を渡してやるぞ!」

「話を聞け! 後、誘導じゃなくってそこは引導だ!」

 遊びで引導を渡されるなど、僕としてはたまったものではない。

 以前、稽古を頼まれたけど、子供たちが白熱しすぎた結果、やむを得ず全員ノシたのが悪かったか、僕を見つける度に勝負を挑んでくるようになった。

 子供といえども侮るなかれ。

 可愛いニャンコだって爪は鋭く、牙もある。

 毎回負けようと、どこがどう悪かったか、連携は機能していたか、自分たちの失敗を反省し、僕がどう動くかを徹底的に研究している。

 親御さんから話を伺えば、勉強はやらないのに僕の研究や作戦立案は熱心にしていると苦笑された。

「ああ、もう仕方ないな!」

 今回も軽くノシて仕事に戻ろう。

 自棄になりかける自分を抑えながら木刀を抜く。

「死ねよやああああっ!」

「子供が突きをするな、突きを!」

 猪突猛進に木刀の切っ先を僕に向けて突撃してきた。

 突きは危険だから一定数の年齢まで禁止、なんて規則、異世界では通じないどころか、突き禁止などないから困る。

 理由として魔物の存在である。

 この世界の剣術などの戦う術は、対魔物用として磨かれ培われてきた。

 人間のルールなんて魔物にとって知ったこっちゃない。

 奴らは問答無用で殺しに来る。

 だからって人間相手ならば、突きをしていいわけでもない。

 困ったことに、正面の一人の突きを避ければ右から二人目が、その次に左から三人目の突き。最初の二人が合流するなり、ポケットから取り出したロープの両端を持って僕を転ばせんと迫る。素直にひっかかる気はないため、反転と身を屈めた際に生じた慣性を脚部集わせ、踏み出すエネルギーとして一本の木に向けて駆ける。枝葉の先が視認できる距離に至った時、足下にあるものに目がついた。確認するよりも先、四人目が木の幹の影に潜んで襲撃、と見せかけて繁る枝葉破って真上から飛び込んでくる。

 大上段の構えから僕の頭頂部狙って振り下ろされた一撃を、僕は握る木刀を下からすくい上げては、腰と手首の捻りを加えて接触の衝撃を受け流す。

 子供ともいえども重力落下の加速度を加えた一撃は、木刀を介して僕の腕に響くが顔をしかめるほどでもない。

 今使ったのは水の型。

 攻めるのではなく、受け流しや乱戦に特化した型。

 水は器により形を変える。器により形を為す。器、即ち相手の攻撃に対して水流浮かぶ木の葉ように攻撃を流し、相手の力を波に乗せてカウンターの一刀入れる。

「クッソ、脳天かち割れると思ったのに!」

 刀身で受け流した子供の襟首を僕は掴んで、水平に広場の上へとポイ! 石ころのように五回ほど転がれば仰向けに停止、威勢良く起きあがるなり手足ジタバタの悪態をつく。

 紋持ちとはいえ、未覚醒で一〇歳にも満たない子供に僕の背丈を超える跳躍など行えるはずがない。もっともカラクリは単純だ。

「突きや罠による波状攻撃で僕を指定ポイントまで誘導し、それから木に登った一人が真上から一撃を入れるか、まあ作戦として悪くないが、練度が足りないね」

 何しろ足下には目立つような赤い×印がある。

 ここまで誘導しろと、敵側にまで教えてどうするのか。

 指定ポイントまで追い込み、一撃を入れる作戦は悪くないが、成功を前提としている故に、失敗をカバーする作戦の立案にまで達してないのは、未熟な証だ。一方で連携の錬度といい、広場転がる受け身といい、着実な成長をしているから油断ならない。

「お前ら、もう一度行くぞ!」

 性懲りもなく同じ作戦を実行してきたため、あえて僕は釣られてみた。

「脇を絞め、剣を振る時は握る手だけでなく腰にも力を入れろ! 踏み込みは力強く、前のめりに倒れ込むよう突撃するんだ!」

 二番煎じに見かねた僕は、敵に塩を送る。

 子供たちの飲み込みは早く、先と違って踏み込みは鋭くなり、突撃速度も上がっている。

 だからこそ、僕は迎え撃つために、水の型を維持するための呼吸を行った。

 多対一に有効なのは水の型。全方位からの受け流しに特化しているからだ。

「せい!」

「あべしっ!」

 まずは最初の突撃者の突きを木刀で流しては、その額にデコピン一発を入れる。

「ほらよっ!」

「「ぶへっ!」」

 左右から挟み込むように突撃した二人の突きをしゃがみ込む形で回避、次いで立ち上がると同時、下から上へと木刀を鯉の滝登りのように切り上げては二つの剣先を弾き飛ばす。唐突に空っぽとなった両手に真上で回る木刀と事態の変化を把握できずにいる二人に僕は手刀を額に入れた。

「おのれ~ならば、これでどうだ!」

「俺らの決戦秘密兵器でトドメをさしてやる!」

 秘密兵器まで用意しているとは、相手が子供だろうと脱帽するしかない。

 ただ人の匂いに混じる鳥臭さに僕は顔をしかめた。

「待・て・コ・ラ」

 僕は茂みの中より引っ張り出された一匹の鳥につっこむしかない。

 黄みのかかった尾っぽが目を引く、探し人ならぬ探し鳥のドスドニドだからだ。

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