第10話 こんにちは、木戸晴信です

 ええっと、みなさん、こんにちは、木戸晴信です。

 異世界アルトブルム大陸に飛ばされてから色々と大変でした。

 ええ、本当にもう。

 図書館で魔物と戦闘に次ぐ戦闘。相手が人間ではない魔物とはいえ、真剣握り全滅させたけど、僕とて無傷とはいかず擦り傷、打撲で寝込む始末。

 骨折がなかったことと、アウラが調合した薬の効果で一週間後に完全復活!

 ドウツカ大森海から採取された薬草を調合した物のようで地球ビックリな効果ときた。

 何より驚くのは、あの時、校庭に刀を投げたのはあろうことかアウラ。なんでも黒王たる力の一端で投げて渡したとか。騎士を派遣するよりも武器を投げた方が、迅速に状況打破に繋がると判断したからだとか。

 結果として僕はその刀あって魔物を討伐できた。

 もし騎士派遣を優先し避難誘導や魔物足止めを現場任せにしていたら、僕はおろか学校の人たちは……考えただけでも恐ろしい。

 右も左も分からない僕にアウラは、いやこの都市の人々はよくしてくれた。

 小学校が図書館の隣に併設されていたから全快後は大変。校庭に魔物が出現し、それを僕一人で倒したのを校舎から子供たちが目撃していたのだから、ちょっと出歩けば興味を持って寄ってくるったら寄ってくる。

 話を聞いた親御さんたちも、僕が異世界転移者の余所者だろうと、好意的に接してくるから、ここでの暮らしに息苦しさを感じることはなかった。

 同時、懐郷は日々を過ごす度、重さを増してもいた。


 環境は人を否応にも変える。変えてしまう。

「両者、そこまで!」

 天下の往来で喧嘩(刃物あり)をしていた酔っぱらい二人の間に割り込んだ僕は、腰に携えた木刀を抜くなり、波のような動きで顎下に叩き込んで黙らせる。

「まったく、酒を飲むは自由だが、喧嘩は余所でやれ、余所で」

 木刀を腰元の固定具に戻しながら僕は愚痴を零すしかない。

 酔っぱらい二人は、脳震盪にて白目剥き出しに倒れている。

 辛うじて生きているため、捕縛と説教は警察も兼ねた駐屯騎士団がしてくれるだろう。

「じゃ失礼するよ」

 野次馬たる人垣をかき分けながら、その身に視線を受ける。

 視線の数だけ、驚愕、不満、嫉妬と様々な色が入り混じっていた。

(人間、場所が変われば、心情も変わるもんだね)

 今一度、心の中で僕は思い返す。

 地球にいた頃、僕は人を傷つけるものだと忌避し剣を手放した。

 けれど、この異世界で生きるために再び手にとった。

 家族親戚知人友人、住処、財産ゼロ。姫巫女こと黒王アウラの後ろ盾一。

 天紋持たぬ身だが、先の魔物討伐の実績が背中を押し、僕はここ黒王都にてあれこれ働くことで生活費を稼いでいる。

 世の中、何をするにもお金だよ、お金! うん、お金!

 仕事を言うならば、黒王都内限定なんでも屋。

 アウラ直々の斡旋にて、この黒王都内にて困っている人を助け、迷惑者をとっちめる。

 実力行使もやむを得ないため、腰には人間用に木刀と対魔物用に刀を下げていた。

 ただ、なんでも屋を行う上でアウラ直々に注意を促される点があった。

『ここ最近になって、黒王都近隣の森で隠者の目撃例があります。あ、そちらの世界で陰者とは、俗世の交わりを捨てて隠れて暮らす者の意味があるそうですが、こちらの世界では、この世ならざる者、つまりは幽霊の意味もあります。駐屯騎士団が現在、調査中とのことなので、うっかり森に入り込まぬよう、お気を付けください』

 ドウツカ大森海は、広大なんて枠が当てはまらぬ規模。

 極稀に世捨て人や借金逃れで森にいた事例が結構あるとか。また幽霊のほうも、この世に何らかの未練があると森に留まり彷徨っているとか。 

 基本無害だが、ここ異世界である!

 そう、異世界!

 異世界の幽霊は、普通に生きた人間のように接触、干渉できるから恐ろしい。

 まあ刃で干渉できる意味もあるから、僕的にはある意味助かっていたりする。

「うん、本当に色々と助けられっぱなしだけど……ずっとお世話になりっぱなしはシャクだよね」

 現在、僕は黒王の館ことアウラの家で居候の身。

 あくまで異世界からの客人扱いであるが、男としていつまでも衣食住の世話になるわけにはいかない。

 今着ている学生服のような灰色の衣服や、腰に携えた刀とて借り物。

 俸禄だって貪っておらず、男の矜持と見栄で食費や滞在費をアウラに渡していたりする。

 耀夏が、この世界にいる可能性がゼロでないため探し出す必要がある。

 よって、必要なのが、情報と金、うん、一番を敢えて言おう。金だ!

 異世界を探し回るにも、魔物対策で武器を買うにも、生活するにもお金が必要であった。

「特に言語が理解できたのは助かった」

 力だけでも、知識だけでも、一人で生きていくのは難しい。

 特に異世界言語の知識を一文字も知らない僕が、普通に見聞きどころか、読み書きできている。

 創作物において、異世界転移ではチート能力がお約束だが、僕にとってのチート能力はこの異世界言語の取得だろう。

「姫巫女の血か」

 改めてアウラとの出会い(イベント)を思い出す。

 ゴブリンの凶刃に倒れた僕は、死んでもおかしくなかった。

 けれど、アウラが自らの血を一滴飲ませたことで、傷と毒は癒え、知識を授けられた。

 その知識こそ、異世界言語である。

 なんでも姫巫女こと黒王の血には、万物を癒し、知識を授ける力が陰神から与えられているとか。

 ただ、これは秘匿中の秘匿。王の血縁者でしか知らぬ極秘。

「ならなんで、僕に教えた?」

 王の血に連なる者しか知ってはならない秘密。

 なのに、アウラはその秘密を僕に打ち明けた。

 打ち明けた理由は、助けられたからこそ助けたから。

「うん、建前だね」

 本音は見えないし、見せようとしない。

 同時、僕ならば他人に口外しないと信頼を寄せている。

 もちろん、助けられた手前、口外する気などない。

 もし黒王の血の秘密を知られれば、善悪関係なしに救いを求めて人々が殺到するだろう。

 そうなれば救うために血を流し続け、アウラ自身が救われぬ結末しか見えなかった。 

「あ、ハルノブちゃん、ちょうどいいところに!」

 ふと民家を横切った際、上から声をかけられた。

 僕が顔を上げてみれば、木造二階建て民家の二階窓から中年女性が手招きしている。

「どうしました?」

「あ、さっきね、うちのドスドニドが暴れて逃げ出しちゃったの!」

 聞くなり僕はあんぐり口を開けるしかない。

 ドスドニドは、地球で言うダチョウのような地上性の鳥だ。

 心地よい眠りを誘発するフサフサモフモフの体毛に体長は小さくとも二メートルを越え。飛べぬ翼の代わりに強靱な脚部を持つことから、馬のような騎馬から、家畜や物資運搬、果てはママチャリのような買い出し用の足として幅広く運用されている。

 ばんえい競馬の馬顔負けの重量物を曳くなど、その牽引力は半端ではない。

 なお肉質や味は鳥なのに豚である。

 蛇足だが、豚似の家畜がいるも味は鶏肉だから、地球生まれの僕は混乱した。

 牛は、そのまま牛だったが。

 ともあれ――

「うわ~すげ~」

 敷地内のドスドニド小屋の現状を目撃した僕は、語彙力低下をまた引き起こしてしまう。

 しっかりとした木組みの小屋が、内側から破砕されている。

 ご丁寧に鳥の足跡が太い丸太に刻み込まれているときた。

「うちの子がね、ドスドニドの羽で羽根飾り作るとか突然言い出してね、尾っぽの羽引っ張ったみたいなの」

「それに驚いたドスドニドが暴れ、小屋を破壊して脱走したと」

「そうなのよ。逃げた子は尾っぽの先が黄色いからすぐ分かると思うの、あ、人間のほうの子は無事だから安心していいわよ」

「なにが安心だよ、人の尻を太鼓みたいに叩いたババアが言うか!」

 家の奥から涙声の子供が怒り叫んでいる。尻叩きや太鼓は異世界でもあるようだが、次の瞬間、太鼓をバチで叩いたような音と悲鳴が響く。

「ぎゅんわああああっ! に、兄ちゃん、助けてくれ! 依頼だ! 依頼! 俺の尻割るクソババアとっちめて晒し首にしてくれ!」

「ごめん、その依頼は受けられないわ」

「うえ~ん、兄ちゃんのケチ! 将来、姫巫女様の尻と太股に潰されてしまえ!」

 泣き言が響くも、僕には悔し紛れの冷やかしと受け取った。

「さてと、どこ行ったかな」

 悲鳴をバックコーラスに、微々たる罪悪感を抱きながら僕は逃げたドスドニドの痕跡を探して歩き出す。

「家の場合、いたずらとかしたら、尻叩きだけでなく鍛錬メニュー増量だったな、まあ全部が全部兄さんだったけど」

 兄とて人の子、僕が生まれる前は、近所でも有名ないたずら小僧だったとか。詳細は誰もが口を噤んでいるため不明だが、僕が生まれてから落ち着いたのは確かなようだ。唯一聞けたのは、竹刀を打ち合う音よりもいたずらがばれて母さんによる尻叩きの音が道場から響いていたことのみだ。

「あ~いかん、いかん」

 亡き家族との思い出を思い返すと哀愁が否応にも漂ってしまう。

 今の目的を直視しろ、思考を切り替えろ。

 頭を振るった僕は、到達すべきは生活費と路銀稼ぎ、目の前にあるのは脱走したドスドニドの捕獲であると思考を切り替えた。

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