第3話 帰還方法

「キド、ハルノブ様ですね」

 囲炉裏を挟んで一通りの事情と自己紹介を僕は終える。

「なるほど、私が行方不明の婚約者にそっくりだったと、それなら、恐ろ、こほん、必死の形相だったのにも納得できます」

 耀夏瓜二つのアウラは、湯飲みを手に納得するように理解を示してくれた。

 途中で発言を訂正しているが、僕は特に気に留めない。必死だったのは事実だし。

 ただ会話の中、条件反射で周囲に目を配る。

 異世界と言うだけに、知らぬ文化、知らぬ言語、知らぬ生物があるのは当然なのだが、パッと内装を見渡す限り、異言うより和に近い。

 目の前で燃える囲炉裏、敷かれた座布団、湯を沸かしたのは鉄器、差し出された茶は緑茶で、茶請けはお饅頭(こし餡)、湯飲みだって一般家庭でよく見かける物だ。

 今いる部屋だって木造作り。

 服装は和に近くとも和ではない。

 彼女が着込むのが着物や巫女服なら様になっていただろうが、黒を地色としたワンピースタイプの服飾である。

 部屋の脇に正座で控える金剛力士像のような二人も似たような服装だ。

 もっともこっちは、藍色のノースリーブに同色の長ズボンである。

(なんかモノスゲー睨まれているし)

 湿布の貼られた彼ら二人の顔を見れば、当然と言えば当然だろう。

 恋は盲目と言わんばかり、障害となる二人を僕はぶちのめした。

 己より体躯や筋力の劣る者に手傷を負わされたのだ。

 睨まぬ理由がない。

「お二人のことならお気になさらずに」

 僕の心情を目線で察したのか、アウラは柔和な笑みを浮かべては、次に厳しい言葉をかけてきた。

「護衛を担う者でありながら、近づくのを阻止できず、あまつさえ倒されるなど恥として知るべきなのです」

 可憐な顔とは裏腹に鋭利な言葉で切り込んでいる。

 耀夏の顔で言うのだから、僕は内心ドン引きしてしまった。

 当然のこと、咎められた二人は身を縮こまらせては顔を青くしている。

「ですが驚きました。この者たちは見た通り、相応の手練れです。不意を突くとはいえ、二人を倒すなど、一体どのような鍛錬を積めばできるのですか?」

「え、えっとそれは」

 打ち明けていいのか、僕は一瞬だけ言い淀み躊躇うも、僕は使い手であっても継ぎ手ではないため早々と打ち明けるのであった。

「僕の家は……」


 僕の家は戦国時代から代々、五天鳴剣流なる剣術を継承してきた。

 一子相伝であるが、生活費稼ぎのために江戸時代から剣術道場を営んでいる。

 呼吸をスイッチに、歩法、視界、思考、肉体をただ純粋なまで戦闘に特化したものとする。肉体で言えば、肺に取り込んだ空気を全身に走る血管に送り込んで、筋肉のリミッターを一時的に解除し、身体能力を向上させる。

 もっとも呼吸の切り替えにて、精神や身体強化を基本とするのは、どの流派も同じ。

 五天鳴剣流の場合、地・水・火・風・天の五つの型から成り立ち、遺された書物によれば、実戦に重きを置くため、よく仇討ちの助っ人や代行を行っていたとか。

 中には人外、つまりは妖や鬼を切ったとも記されているが、定かではない。

 むしろ鬼染みた強さに、同業者の中では本当に鬼なのではなかと、疑われたとか、ないとか。

 ただ強さは事実。

 同時、五天鳴剣流は途絶えることが確定していた。


 今なお家族を失った傷は、深く、完全に癒えていない。

「継ぎ手は、兄の元龍(がんりゅう)だった。けど、事故で両親と共に……」

 他人に話すべき領域ではないと頭では分かっていた。

 けれども、アウラに打ち明ければ少しは、僕が胸に抱く蟠りが解けると思ったからだ。

 アウラは悲しそうな表情を浮かべるだけで唇を開かない。

「だから、僕が使えるのは基本的な型だけ」

 一子相伝故に、次男である僕は継ぎ手にはなれない。

 何より僕は、二年前に幼き頃から続けてきた剣道を一度辞めている。

 徒競走のように、誰かと競い合うスポーツならば続けていただろう。

 僕は相手を叩きのめし、傷つけて掴む勝利が、どこか空虚に思えてきた。

 両親に辞めることを伝えれば、好きにすればいい、好きなことすればいい、怒りどころか失望も落胆もなく素っ気なく許された。

 今思えば、水面下で進めていた婿入り話故に認められたとしか思えなかった。

「そうですか、それで、ですね」

 湯飲みに入った緑茶を一口、すすったアウラは、一言、二言頷いた。

「また失望させるようですが、先にお伝えしておきます」

 まさか、耀夏がこの異世界に来ているのか?

 まさかのまさか、アウラは彼女の娘か、孫か、もしくは曾孫なのか!

 それなら瓜二つなのに説明が付く。

 僕は無意識のまま背筋を引き締め、唾を飲み込んでいた。

「元の世界に帰還する方法は、生憎ないのです」

「ふぁい?」

「ぼーぽぼーぽー」

 素っ頓狂な声を上げる僕を笑うように、フクロウ似の鳥が鳴いた。

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