無窮のVENDETTA
こうけん
第零話:復讐と奪還の始まり
綺麗なものは好きだ。
ずっと眺めていて飽きはしない。
逆にあの中は嫌いだ。
清と濁が入り混じりすぎている。
「『なら、清濁の果てにあるものを見て来なさい』」
白黒男女は有無を言わさず中に放り投げやがった!
もうあそこなんて行きたくない!
もう嫌だ!
もう暴れたくない!
もうあんな醜い姿になんてなりたくない!
ボクは、ボクたちは、ただ綺麗なものを眺めていたいだけなのに!
ただ理不尽に奪われてきた。
父も、母も、兄も、妻となる女も奪われた。
犬や猫にすら帰る場所があるというのに、俺にはない。
奪われた。奪われ続けてきた。
新たな地で、新たな人との出会いは傷心を癒していく。
だが、まただ! また奪われた! また一人生き残った!
残ったのは怒りだ! 制御できぬ感情だ!
強烈で鮮烈な感情は、癒えつつあった心の傷口を開かせる!
傷口より膿の如く這い出る感情は一つ――憎悪だ!
今宵の天気は集中豪雨。
森林に降り注ぐ激しい雨音は鼓膜を刺激し、視界を阻害する。
「逃すな、囲め!」
「相手は一人! それも能力も使えぬ無能者だ!」
一、二、三、ふむ、全身鎧の奴らが二〇人。
雨だろうと、それぞれの声、刻む足音に覚えがある。
これは幸先がいい。何しろ、都市を襲った騎士全員だ。
ただの騎士と侮るなかれ。
この異世界の騎士団は、特殊能力を覚醒させた
襲い来る魔物討伐を主とするため一言で強い。二言でモノスゲー強い。
逆に、俺のような特殊能力を一切持たぬ紋無しを
だが、忘れるなよ、天紋=強いとは限らないということを。
「そいつをわ、た、っ!」
俺が腰に携えた物を狙って、騎士の一人が剣に炎を纏わせ切りかかってきた。
その時にはもう俺は騎士の眼下に深々と踏み込み、鞘から抜いた刀で切り捨てている。
上半身と下半身が離婚したことに気づかぬまま、ぬかるみに倒れ込み、両目開いて絶句していた。
「はぁん、流石、兄弟だな。てめえが殺した弟や妹も、そんな顔していたぞ」
憎悪を込めて俺は吐き捨てた。
硬く頑丈な鎧ごと、胴切りされるとは思わなかった間抜けな顔をしている。
「なんで鎧まで切れるかって、そりゃ岩を切るまで修行したからだよ!」
かつては弾かれるだけで切れなかった。だが今では断ち切るまでに至り、握り締めた刀を血の雨が濡らす。
「そこのお前は姉が近々結婚するんだったな! けど、婚約者と一緒に殺しやがった!」
硬い鎧ごと俺は刀を振り下ろし、まずは右腕を、次に左足を切り飛ばす。
泥を噛む暇など与えない。
ぬかるみ踏み抜いた俺は、力を滑らせることなく腰だめに力をため込み、刀の切っ先で兜ごと眉間を貫いた。
「姉の婚約者は庇って眉間を槍で貫かれて死んだ! いや、お前が殺した!」
執拗にまとわりつく血を刀から振り飛ばす。
雨がある程度そそぎ落とそうと、水より濃いものは早々に落ちない。
「ええい、距離をとれ!」
遠距離から弓矢などの飛道具でしとめる気だろう。
セオリーとして上出来だが、俺がその対策を用意していないと思ったか。
俺は腰元から小刀四本を左手で掴めば、弓矢構える騎士に向けて投擲する。
目を狙おうと目元を覆うバイザー部に弾かれ、反響音は雨音にかき消される。
「だが、一瞬手を緩めただろう! それで充分だ!」
ただ当たればいい。一瞬の虚を生み出しさえすればいいのだ。
弓矢構える騎士の眼前に、脚部をバネのようにして引き絞り、風のように踏み込んだ。腰の捻りを加えた横一閃薙ぎを左から右に振るい、首を順次切り飛ばす。
「てめえは父親の首を切り落としたな!」
一人、また一人と仇を討とうと、俺の胸に渦巻く憎悪は鎮火するどころか、増していく。
足りない。血が足りない。焚火に薪をくべるように、苛烈さを増す。
元凶が生きている。元凶が離れた地でふんぞり返っている。
俺から新たな居場所を、新たな家族を奪った奴が生きている。
「はぁはぁはぁ」
豪雨の中、俺は息を切らす。
ぬかるみに倒れ伏す騎士だった亡骸。
自らの家族を手にかけた罪深き者たち。
まとわりついた返り血は、降り注ぐ雨でも落ちず、罪過のように赤き染みを作る。
「ぽーぼー」
近場の木から猛禽類の悲哀を込めた鳴き声がする。
騎士たちの鎮魂歌でも歌っているのか、それとも俺を窘めているのか、どっちだか。
「……
全てを失った俺を受け入れてくれた女。
ただ一人となった俺を認めてくれた女。
雨で冷えた身体が、彼女の温もりを求めてやまない。
「取り戻す。絶対に! 絶対にだ!」
さあ、復讐と奪還を始めよう!
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