第31話 可愛らしい口実だな

 結局、浴衣は亮子に託して帰ることになった。


 帰り道、智紀は祥太と並んで歩くのは、数年ぶりであることに気付いた。

「帰りはお迎えの女の人は来ねえの?」

 気恥ずかしさを隠すように、ちょっと茶化すようにたずねると、祥太は怪訝そうに言った。

「お前は自分の兄が、女の人をアッシーにするような男だと思っているのか」

「思って……ないです」

 冗談なのに、と智紀は口を尖らせた。


 歩きながら、祥太は唐突に話しだした。

「俺は今日、茉莉花さんと二人で話に行った時に、ご両親と話をするように提案したんだ」

「ご両親?」

 急に切り出された話に、智紀は一瞬ついていけなかった。

「えっと、ご両親って?」

「茉莉花さんは、亮子さんと二人で住んでいる。お父さんとお母さんもいるらしいのだが、亮子さんと折り合いが悪く、別居しているそうだ」

「へえ」

 そう言えばさっき、「息子は見捨てたのに」的な事を亮子が言っていたのを思い出した。

「確かに、茉莉花さんは亮子さんの孫だし、扶養義務はある。しかし、茉莉花さんが世話しているからと言って、亮子さんの息子である、茉莉花さんのお父さんが素知らぬフリをしているのはおかしいだろう。だから、場を設けるから一度ちゃんと話し合ったらどうかと言ってみたんだ」

「それは、その……余計なお世話って言われなかった?」

「言われた」

 祥太は自虐的に笑った。

「お金は出してくれてるんだからいいんだと言われた。十分な生活費と、多めのお小遣いをもらっているから。……あっちはお金で解決しているんだからいいんだと」

 お金で解決する。どちらかと言うと、祥太の考えに似ている。でも。

「不服そうだね」

 智紀が言うと、祥太はため息をついた。

「そうだな。嫌いな考え方ではないんだが、何で気に入らないんだろうな。同族嫌悪かな?」

「さあ、何だろうね」

 智紀は適当に相槌を打つ。祥太にわからないものが、自分にわかるはず無いのだ。



 家の近くの公園に差し掛かったときだった。

「竹中くん!あ、お兄さんも!」

 幸田が公園にいて手を振っていた。

「連絡したのに全然返信無いから。今帰ろうとおもってたとこだよー」

「あ、そういえば」

 智紀は自分のスマホを取り出した。病院に行くときに電源を切ったままだった。

「悪い悪い。てか、今日化学の再テストどうだった?」

「ふふーん、おかげさまでなんとかなりました!モル計算が出来るようになった私にはもう死角はないよっ」

 幸田はドヤ顔で言う。

「ま、私の化学なんて置いておいて。茉莉花さんのおばあちゃんが入院中って聞いて、お見舞い行こうかって誘おうと思ったのに、遅くなっちゃったよ。明日一緒に行かない?」

「あー……俺達今日行ってきちゃったんだよ」

 智紀が申し訳無さそうに言うと、幸田は「ガーン」と気持ちを声に出した。

「何で私を誘ってくれなかったの!私と竹中くんの仲でしょー」

「幸田さんが学校で話しかけるなって言うんじゃないか。勝手だなあ」

 智紀が呆れ顔になると、幸田は更に頬を膨らませて口を尖らせた。

「せっかくお菓子買ったのに。これ美味しいのに」

「明日行ったら?」

 智紀が提案すると、幸田は、うー、と悩みながらブツブツ呟いた。

「一人で行くのなんか気まずいしなー……うん、じゃ、竹中くんにあげる。」

 幸田は智紀に小さな箱を押し付けた。

「勉強のお礼ってことで。じゃ、また明日ね!」

 そう言って幸田はサッサと走って行ってしまった。


「可愛らしい口実だな」

 祥太は意味ありげに智紀を見た。

「口実って……幸田さんはそんなんじゃねえし」

 素っ気なくいう智紀から、小さなお貸しの箱を取り上げて、祥太はニヤリと笑った。

「何言っているんだ。よく見てみろ。ご老人のお見舞いに持って行くには随分と可愛らしいお菓子じゃないか」

「幸田さんの趣味だろ」

「というか、茉莉花さんが教えてくれたんだ。すでに梨衣ちゃんは昨日お見舞いに来てくれたんだと。ちょうど亮子さんは検査の最中だったらしくて会わずに帰ったらしいが」

 祥太はニヤニヤしたまま話す。

「まあ、あの子はとてもいい子じゃないか。智紀にお似合いだと思うぞ」 

「あのさあ。そんなんじゃなねえって」

 智紀はため息をつく。

――兄貴は幸田のことがまるで分かっていないんだよな。もしこのお菓子が智紀に渡す目的だったとしても、その意図は多分恋愛の類じゃないんだよ。


 そう伝えようとしたのだが、さっきまで重い空気をまとっていた祥太がちょっとご機嫌になっているようだったので、そういうことにしておこうかな、と智紀は肩をすくめるだけにしておいた。

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