第30話 そこまで嫌々じゃない

「じゃ、俺は茉莉花さんと下で話をしてくるから。智紀は亮子さんとおしゃべりでもしててくれ」

「え」

 祥太の言葉に、智紀はもちろん、亮子もポカンとした。

「ああ、いいよ」

 茉莉花まであっさりと言うので、智紀は焦った。なぜほぼ話もしたこと無い人と二人きりにされなくてはいけないんだ。ただですら、何となく亮子の機嫌が悪い気がするのに。

 戸惑う智紀に、祥太は耳元に口を寄せてこっそりと言った。

「智紀、頼む。俺は前に茉莉花さんに見損なったって言われてるからな。二人で話をさせてくれ」

「そ、それなら……」

 仕方ない、と智紀は自分を納得させた。ちらりと亮子を見ると、亮子は素知らぬ顔でそっぽをむいている。


「じゃあ」

 と祥太と茉莉花は病室を出ていってしまい、智紀は亮子のベッドの横に残された。

 何も言うとこもなく黙りこくっでいると、亮子の方から口を開いた。

「先日は悪かったね。見苦しいところを見せた」

「あ、いや全然」

 智紀は慌てて答えた。

「何も大事にいたらなくて良かったです」

「お前が、茉莉花に帰ろうと言ってくれたんだろう。多分茉莉花だけなら帰ってこなかった。私は茉莉花にも嫌われている」

「そんな事無いです」

 智紀は即答した。

「あ、えっと。茉莉花さん、見守りアプリの通知が来た時、ずっとソワソワしてました。だから多分、あのままだったら俺がなにか言う前に帰ったと思います」

「どうだか」

 亮子はそっぽを向いたままだ。

「どうせ私は皆に嫌われてる。お前達の婆さんとはえらい違いだからな。お前達の息子も嫁も孫もよく見舞いにきて、うちは茉莉花だけがたまに来るだけだ。ちょっと話をすればすぐに孫自慢されるし」

「あー……」

 智紀は何を言えばいいのかわからず呻くだけだった。

「あの、茉莉花さんも自慢できるお孫さんですよね」

「そんなもん」

「だって。その、茉莉花さん、ちゃんとした大人ですし」

 初めて接触したときから、幸田に「未成年がネットの人と無用心に会うな」と注意したり、本名を名乗れば本名をちゃんと名乗ったり。子どもたちに写真を撮って欲しいとせがまれれば、ちゃんと親に許可をとる。

「高校生の俺が偉そうに言えないけど、すごくしっかりした人だと思います。あ、あと、とってもきれいな写真撮るんですよ。あと、えっと……あの明るいし」

 どんどんなんか理由が薄くなっていくのを自覚して、声が小さくなった。

 亮子は黙って聞いていた。そしてまた、ボソリと言った。

「知ってる。茉莉花はしっかりしてる。息子達は私を捨てたのに、茉莉花だけが私と一緒にいてくれるからな。嫌々なんだろうが」

 亮子はいじけるように言った。


「別に、そこまで嫌々じゃないけど」

 ふと気づくと、病室の入り口に、茉莉花と祥太が立っていた。

 茉莉花は手にはあの古着の浴衣を持っていた。

「おばあちゃんの事はそりゃたまに超むかつくし、嫌いだけど。でもそこまで嫌々じゃないよ」

 茉莉花は素っ気なく言った。


「ちょっと、弟ちゃんのサイズに合わせるためにやっぱりちょっと見せてもらうね」

 茉莉花は亮子の言った事など一切気にせずに、淡々と手にした浴衣を智紀に当てながら、ペンのようなもので印をつけていく。

「茉莉花、何だそれは」

「おばあちゃんには関係無いでしょ」

 茉莉花が冷たく言うと、亮子の顔が険しくなった。祥太が優しい口調で、執り成すように言った。

「弟に合わせてこの浴衣をサイズ直ししたいのですが、俺も弟もやり方が分からないので、茉莉花さんに教えを請うてるんです」

「浴衣のサイズ直し?茉莉花にできるのか」

「教えるだけだよ。ちょっと今おばあちゃんのお世話で忙しくなっちゃったのと、バイト増やさなきゃだめになったからやってあげる暇はないからね」

「そりゃ悪かったね」

 亮子がまた不機嫌そうになったので、智紀はオドオドする。


「その浴衣は急いでいるのか?」

 亮子がたずねたので、智紀は首をふる。

「別に急いでいるわけでは無いです」

「なら、私がお直ししてやる」

「え?」

 全員が、亮子の言葉にキョトンとした。

 亮子は手を伸ばして茉莉花から浴衣を受け取った。

「どうせ来週には退院だ。リハビリでちゃんと動けるようになるまで家で暇してるんだ。その間にやってやる」

「おばあちゃん、いいの?」

「その若いのには何かしらお礼をしないとならないと思っていたんだ。ちょうどいい」

 亮子はそう言うと、マジマジと浴衣を見つめた。

「それにしても古臭い柄だねぇ。もっといいのは無かったのか?」

「その柄がいいの!」

 茉莉花が口を挟む。

 智紀は亮子に笑いかけた。

「ありがとうございます。俺も兄貴も、不器用だから、助かります」

 智紀の言葉に、亮子はそっぽを向いてしまった。


「珍しい……。おばあちゃん、弟ちゃんの事気に入ったみたいだ……」




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