第6話 机の中にあった一つの影

 体育の授業を終え、その後も1年2組の教室とは別の教室で三・四限の授業を受けた。

 午前の授業を受け終えた俺と奈集なつは、空腹の気持ちを抱え自分たちの所属する1年2組の教室へと足を運ぶ。途中売店に寄ると言った奈集と分かれ、俺は一人先に教室へ戻った。

 教室に着くと既に何人かの生徒が、それぞれ机を囲み昼食を取っていた。目に映る生徒の中には、別のクラスの子も混じっていた。

 俺は自分の席に着き机の脇に掛けて置いたカバンから渋い茶色の布に包まれた弁当箱を取り出した。

 弁当を机に置き、次に箸の入った箸ケースをカバンから取り出し、それを手にしていた時だ。机の角に手をぶつけた。

 俺は手に響いてきたその一瞬の痛みに思わず、握っていた箸ケースを床に落としてしまった。

 床に落ちた箸ケースが小さく音を立てる。小さな音を耳にした数名の生徒の視線が一瞬、こちらに向けられたのが分かる。そんな視線は気にせず俺は、身体を曲げ床に転がっている箸ケースに手を伸ばす。

 幸いケースから箸は飛び出し無かったため心の中で少しホッとした。箸を洗いにいくだけで廊下に出るとかめんどくせぇからな。

 伸ばした手でケースを掴み曲げていた身体を起こす。身体を起こす動作をした時、俺の視線が机の中の世界に吸い込まれた。

 机の中の世界には、紙の影が一枚あった。普段から机の中にモノを入れない俺にとってその光景は、異常なことだった。

 俺は恐る恐る伸ばした手でその紙を手に取る。

 …手紙だ。

 机の中の世界で”私はここにいる”と主張するように入ってたその手紙。小さなハートのシールで封が止められてたが、裏面・表面の両面見たが、差出人の名前は無かった。それに宛先の名前すらも…

 「いったい、誰が?」

 誰からの手紙なのか?そもそも俺宛なのか?そんなことを考えるが、俺の手は無意識に手紙の封へ伸びていた。

 「わりぃ、実架みか遅くなった。売店めっちゃ混んでてさぁ。なんでもバレンタインデー限定のチョコパンが売ってて…」

 売店から戻って来た奈集の声に手紙の封に伸びる俺の手が止まる。同時に聞こえていた奈集の声も止まった。

 手に持つ手紙に向いていた俺の視線が、目の前に立つ気配へゆっくりと動いて行く。向かった視線の先にいたのは、俺の席の前で見開いた眼をこちらへジッと送る奈集の姿だった。

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